王子様を預かった(だけの)はずなのに、気づいたら息子になっていた
父視点です。
「もう、いやだ」
妻と二人、ベッドに入り、すでに眠りそうな妻へボソリと声をかける。
もう寝たかと思った妻は起きており、そんな俺の言葉によしよしと背中をさすった。
「仕方ありません。あの子ももう二十四です。むしろ遅すぎるぐらいです」
清々しいぐらいの正論にいっそ吐き気もしてくる。
うっとえずけば、更によしよしとやさしく背中を撫でてくれた。
「……預かるんじゃなかった」
そうだ。そもそも、そこから間違っていた。
ひょんなことから王宮の一室で監視されながら生きている王子のことを知り、あれこれ手を尽くして我が家で預かることにしたのだ。
かなり強引な手も使ったが、一人娘であるルフィナに懐いている姿を見て、自分のしたことは間違っていなかった、と感慨深く見守っていたのに……。
「恩を仇で返すとはまさにこのこと」
まさか、大事なルフィナに懸想するなんて……。
いや、この際それは仕方がない。ルフィナは性格もよく、あんなにかわいいのだから、そりゃそばにいれば好きになるだろう。
むしろ、ルフィナを好きになったのであれば見る目があるとも言える。情操教育が間違っていなかった証明だとも言える。
「あの子はあなたが作ったルールをちゃんと守っていました。結局、あなたは負けたのですから、こうなることも仕方ありません」
背中を撫でる手は優しいのに、言葉が辛辣。
『あなたは負けた』の破壊力たるや……。
「俺だってもっと若ければ、ヴィレイスに負けたりなどしない」
「そうですね。もう五十ですからね」
うぐぐと唸りながら、声を絞り出す。
妻はそんな俺にはまるきり興味はないようで、はいはいと適当に同意した。
「遅くにできた子ですから、ルフィナが大事なのはわかります。けれど、ずっとあなたが守って行くことはできないでしょう?」
「できる。俺は二百まで生きる」
即座に反論すると、隣からくすくすと笑う声が聞こえてくる。
「あなたは本当におかしなことばかり……。私は安心しました。あなたが二百まで生きなくても、ルフィナは幸せになれそうです。……私にとってはあの子も自慢の息子ですから。自慢の息子と自慢の娘が両方幸せになるなんて、滅多にないことです」
楽しそうに話す妻の言葉に、なぜか胸がぐっと痛んだ。
「……俺に息子はいない」
ヴィレイスは私を父とは呼ばない。
それはそうだ。
私とヴィレイスには血のつながりはないし、あくまで預かっているだけにすぎない。
ヴィレイスもその辺りのことはよくわかっていて、私のことはクライフ伯爵とあくまでも家名で呼ぶのだから。
「これからも娘だけで良かったんだ」
「はいはい、そうですね」
適当な返事とは裏腹に、背中を撫でる手は相変わらず優しい。
「……結婚したら、父、母と呼んでくれるかもしれませんね」




