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活動報告小話集(短編の視点変更や後日談など)  作者: しっぽタヌキ
異世界の黒の魔女とおっさん戦士
8/10

本編後のトウコとガルズの旅(ガルズ視点)

 トウコと旅に出て三か月。

トウコは何をするのも楽しいらしくて、いつもきらきらと瞳を輝かせていた。

けれど時折、ふとその瞳が陰る。

きっかけはよくわからない。

ただ、その瞳がさみしさでいっぱいになっているのだ。


 俺がいるんだから、俺を頼ればいい。


 でも、トウコはそんな時ほどよく笑う。

さみしい、さみしいって瞳を揺らすのに、一人でなんとか乗り越えようとする。





 この街で一週間。そろそろ違う街へ立つか、とトウコに言えば、トウコはにこにこ笑って頷いた。

夕食時、この街の名物を旅の思い出にとたくさん頼んだが、その時はまだちゃんと笑っていたはず。

トウコの瞳が陰ったのは、席を立った時か。

部屋に戻る頃には瞳がゆらゆらと揺れていた。


 もしかして、あれが必要になるかもしれない。


 トウコと別れ、自分の部屋に入った後、ごそごそと荷物を探ってそれを取り出した。

トウコの好きな果実のお酒。

中身が無くなる毎に買い足してきたそれ。


 部屋にある小さなティーテーブルにそれを置くと、トウコの部屋の側の壁に寄りかかって立った。

さすがに壁越しに声が聞こえるほどではないが、もし起きていてうろうろしているようなら物音が聞こえるはずだ。

一人で部屋を出るほど不用心ではないと思うが、もし部屋の扉を開ければ物音で気づくことができる。


 ……我ながら情けない姿だ。


 こっそりトウコの好きな酒を用意して、常備しておく。

もしかしたら、さみしさで眠れないのではないかと、隣の部屋の気配を伺う。


 腕を組んで壁にもたれて立っている自分。

そんな滑稽な姿にフッと鼻で笑った。


「なにやってんだろうな、俺は……」


 部屋の中で一人ごちれば、隣の部屋からガタガタと窓を開ける音。

やはりトウコは眠れなかったようで、外を見て気分転換でもしているのだろう。

自分の見立てが間違っていなかった事に、口元が綻びそうになり、慌てて口を結ぶ。

もたれていた壁から身を起こし、酒の置いてあるティーテーブルへと向かった。

そして、トウコの好きな酒を手に取ると、窓へと向かい、ガタガタと音を鳴らして窓を開ける。

トウコの部屋の方を向けば、トウコがこちらを見ていて……。


 真っ黒の夜空と同じ、トウコの黒い髪が風に靡いてサラリと揺れる。

少し泣いていたようで、濡れた瞳に星がきらきらと輝いていた。


 ……きれいだ、と思う。

この世界にはないその色が。


「眠れないのか?」

「……うん」


 声をかければ、トウコは目をウロウロとさまよわせる。

きっとあまり見られくない姿だったのだろう。


 ……いつもそうだ。


 傍にいるのに。

一人じゃないのに。


 俺がいるのに。


「飲むか?」


 トウコが一番食いつくのは優しい言葉でも、美しい宝石でもなくて、おいしい酒。

それを知っている俺がトウコを釣ろうと手に持った酒を見せると、トウコは眉間にぎゅっと皺を寄せた。


「……そっちに行っていい?」


 その顔には不満がありありと浮かんでいるが、言葉は正直だ。

まんまと釣れたトウコに、思わずフッと笑ってしまう。


「ああ。ちゃんと鍵かけてこいよ」

「わかってるよ」


 声をかければ、トウコははいはい、と生返事をして窓を閉めた。

それを確認すると、俺も窓を閉める。

ティーテーブルへと向かい、手に持っていた酒を置き、グラスを二つ置いた。

そうしているうちにトウコが部屋にやってくる。

ティーテーブルを挟んで、二人で向かい合わせに座った。

 

「おつまみはないの?」

「ねーよ。もう寝るところだったんだからな」

「そっかぁ」


 残念そうにしながらも、グラスに酒を注いでやれば嬉しそうに目が細まる。

俺には少し甘いこの酒も、トウコにはちょうどいいらしい。

おいしそうにゴクゴクと喉を鳴らして飲んでいた。


 ……トウコはどうやら早く酔おうとしているらしい。


 あっという間に飲み干し、おかわりを要求する。

いつもよりかなり早いそのペースに小さく息を吐いた。

こうやって一緒に飲んでも、俺が何も言わなければずっとにこにこと笑っているんだろう。


「トウコ、無理しなくてもいい」


 しなくてもいい。

俺の前では。


「……してないよ」


 精いっぱい優しく声を出したのに、トウコはフンッと鼻を鳴らして、お酒をあおった。

言葉だけでは足りないか、と思わず溜息が出てしまう。

強がりなトウコの本音が聞きたくて、その頭に手を伸ばした。


 大丈夫だ、と。

俺には話してもいいんだ、と。


 気持ちが伝わるようにゆっくりと撫でる。


 黒い髪。

異世界から来たあかし。


 寝る前だったからか、いつものスカーフは巻いていない。

直接触るその髪は滑らかで……。

トウコは俺に撫でられたまま、小さくボソリと呟いた。


「……さみしい」

「ああ」


 そうだ。

そうやって言えばいい。


「……自分がわかんない」

「ああ」


 やっと話してくれた本音が嬉しくて。

もっと縋って欲しくて。


 優しく頭を撫でているのに、トウコはぎゅっと唇を噛んだ。


「ごめんね……こんなのめんどくさいよね」

「……別に、これぐらいどうってことねーよ」

「でも、私、めんどくさい」


 さっきまでよろけていたはずなのに。

精いっぱい優しい声を出して、ゆっくりと頭を撫でたのに。


 トウコはあっという間に立ち直ろうとする。


「……ちゃんとしたい」


 してるよ。

いつだってお前はちゃんとしてる。


「早く元気になって、一人でも大丈夫だってガルズに見せたい」


 ……わかってる。

トウコはきっと一人でも大丈夫。

この世界の事を知れば、自分の道を決めて、自分で歩いて行けるやつだ。


「……ガルズ、いい年なのに。私の面倒見てたら、もっと行き遅れになる」

「……ほっとけ」


 けれど、トウコからそんな話を聞くと、なぜか胸が痛い。


 一人でも大丈夫だ、と。

俺がいなくてもいいのだ、と。


 ――俺はここにいるのに。


 思わず、頭を撫でる手が強くなってしまう。

それでもトウコは何も言わずに、じっと俺を見上げた。


「……私、ガルズに頼ってばっかりなのに、何も返してない」


 黒い瞳が宿屋の小さな灯りの下できらきら輝く。

その瞳に俺が映っているのを見ると、心がふわっと温かくなった。


「……そうでもねーよ」


 黒い瞳にそっと笑いかける。


「俺はお前が頼ってくれたら嬉しいし……笑ってる所を見たら、幸せだなって思うよ」


 そうだよ。

こうやってお前と二人でいる時間が。

幸せだって思ってるよ。


「……ガルズってバカだね」

「俺もそう思う」


 トウコの言葉に思わずハハッと声を上げて笑ってしまった。

本当に馬鹿だ、と自分でも思う。


 この旅はたった一年。

王城でレイベーグの囲いから出られなかったトウコを連れ出しただけ。

レイベーグは自分の気持ちに気づいていなかっただけで、それに気づけばトウコに対する態度も変わるだろう。

巡礼の旅を供にして、トウコの事で話したからわかる。

レイベーグは見どころのあるヤツだ。

王城に戻ったとしても、トウコがさみしさで苦しくなる事はきっとない。


 ……トウコはレイベーグといると、嬉しそうに笑っていた。

二人はすれ違っていただけで、俺との旅が終われば、向き合っていけるだろう。


 ――そうすれば、俺の役目は終わりだ。


 自分で決めたこと。

一年後には王城に戻る、と。


 けれど、戻りたくないと思ってしまう俺がいる。

そんな自分にフッと笑ってしまうと、トウコは唇を尖らせて俺を見ていた。


「……ガルズといたら、私、弱くなる。なんかもう全部捨てて飛び込みたくなる」


 ……なんだそれ。

口説き文句か。


「……なに笑ってるの?」

「いや?」


 どうやら俺は笑っているらしい。

けれど、それを止める事ができなくて……。


 その顔のままトウコを見れば、トウコは不満げな顔をしていた。


「……私、今、ガルズに文句を言ったんだけど」

「そうか」


 そうやって、むっと眉根を寄せた顔も。

星の下でさみしさに瞳を揺らした顔も。

酒を飲みながら、明るくにこにこ笑う顔も。


 ……どうしようもねーな。


 勝手に湧き上がってくる気持ち。



 ――本当に。

――すべてを捨てて飛び込んでくれればいいのに。



 ゆっくりとトウコの頭を撫でれば、トウコは嫌がるようにぶるぶると頭を振った。

動物のようなその行動に、ハハッと笑って手を離す。

すると、トウコはそんな俺の顔を見て、少し考えるような素振りをした後、小さく笑った。


「ありがとうね……」

「ん?」

「……さみしくない」


 照れたようにちょっとだけ。

その顔にまた勝手に気持ちが湧き上がった。


 ああ。

くそ……かわいいな。


 ――俺の事、好きになってくれねーかな。

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