本編後のトウコとガルズの旅(トウコ視点)
旅に出て三か月。
この世界はなかなか面白い。
レイベーグと一緒にいた頃には知らなかったことがこの世界にはいっぱいあった。
ガルズが見せてくれる世界は広くて大きくて、たくさんの人があふれている。
元の世界と一緒。
色んな人がいて、色んな生き方をしていた。
でもなんでだろう。
きっかけなんてない。
ただ無性にさみしくて。さみしくて苦しくなる。
いつものように魔獣を倒して、お金を得て。
そして、街の宿屋に宿泊した。
夕食を食べて、後は寝るだけだ。
明日は新しい街に行く事にしたから、今日はしっかり寝ないといけないのだけど……。
……眠れない。
新しい街へ行く興奮のせいか。
この街を出ていく哀愁のせいか。
わからないけど、ただひたすらにさみしくて。
自分が一人ぼっちで、この世界から見放されているような……。
ぐるぐると巡る思考に振り回されて。眠れないまま、ベッドの上でゴロリと寝がえりを打った。
……諦めるか。
さっきからベッドに横になってはいるものの、目を閉じても一向に眠気は襲ってこない。
こんな時は一度寝るのを諦め、ちょっと体を動かしたり、気分転換をすると、少しは落ち着くはずだ。
経験則からそれを導き出すと、ベッドから身を起こし、窓際へと歩みを進めた。
ガタガタと音を鳴らして窓を開ければ、少し肌寒い風が頬を撫でる。
「おー。星がきれいだ」
真っ黒の夜空を見上げれば、小さな星がキラキラと輝いていた。
なんだか、それが無性に胸を締め付けて、目頭が熱くなる。
元の世界と一緒。
異世界にも星がある。
さみしい時に見上げる星は、いつも涙で滲んで。
余計にキラキラして見えるよね。
誰にともなく心で話しかけて、自分でそうだね、って返す。
そうして夜空を見上げていると、ふと隣からガタガタと音がした。
その音に反応し、そちらを見れば、眉間に皺を寄せたガルズがひょこりと顔を出している。
「眠れないのか?」
「……うん」
空を見上げて、自問自答してるなんて……。
そんな姿を見られてしまった。
なんだかバツが悪くて、目をウロウロとさまよわせてしまう。
「飲むか?」
すると、ガルズが窓の外にひょいっと何かを出した。
それは私の好きな、果実のお酒。
「……そっちに行っていい?」
……悔しい。
なんだかガルズにすべてを見透かされているみたいだ。
けれど、お酒の魅力に負けて、チラリとガルズを見れば、ガルズはフッと口端を上げた。
「ああ。ちゃんと鍵かけてこいよ」
「わかってるよ」
ガルズは私の事を子ども扱いする。
いつも通りの保護者みたいな言葉を受けて、急いで窓を閉めた。
そして、イスの上にかけてあった上着を適当に羽織ると、ガルズの部屋へと向かう。
きちんと鍵をかけて、隣の部屋へと入れば、ガルズのクルミ色の目はいつものように優しく迎えてくれた。
部屋の中にある小さなティーテーブルに私の好きなお酒とグラスが二つ。
木の椅子に腰かければ、ギッと小さく音が鳴った。
「おつまみはないの?」
「ねーよ。もう寝るところだったんだからな」
「そっかぁ」
残念、と肩を竦めると、ガルズがグラスにお酒を注いでくれる。
それを手に取り、琥珀色の液体を口に入れると、胸の中がふわっと熱くなった。
ほのかに香る柑橘のような香りと甘い花の蜜。
それらがアルコールの強さを和らげてくれて、思わずもう一口ゴクリと飲み込む。
かなり度数の強そうなお酒なのに、飲み易くて危険だ。
そうして、ゴクゴクと飲みながら、なんでもない事をガルズに話す。
胸にはあいかわらずさみしさが渦巻いていたが、悟られないように笑顔で誤魔化した。
酔って寝ちゃおう。
それがいい。
酔っぱらってしまえば、勝手に眠くなって、気づけば朝だ。
朝日を浴びて、次の街へと向かえば、人々の喧騒と忙しさにこのさみしさに気づかずにすむから。
ガルズの持っていたお酒。
私の大好きなお酒。
もったいないけれど、あまり味わう事なく、一気に飲み干した。
早く酔って、早く寝たい。
おかわり、とガルズを見上げれば、クルミ色の目が優しく私を見ていた。
「トウコ、無理しなくてもいい」
低くて落ち着く声。
……いやだ。
そんな風に言わないで欲しい。
「……してないよ」
せっかく全て追いやろうとしてるのに、私の心を見ないでほしい。
フンッと鼻を鳴らして、お酒をあおる。
ガルズは、はあと溜息を吐いて、私の頭をよしよしと撫でた。
小さなティーテーブルを挟んで、ガルズの大きな手が優しく触れる。
いつもはスカーフ越しなのに、今は寝る前だったから、髪に直接触れられている。
黒い私の髪。
異世界から来たあかし。
……ガルズの手が優しいから。
話すつもりなんてないのに、勝手に口から言葉が出た。
「……さみしい」
「ああ」
ほっといてくれていいのに。
「……自分がわかんない」
「ああ」
もう大人なんだから、自分で立ち上がれるのに。
「ごめんね……こんなのめんどくさいよね」
「……別に、これぐらいどうってことねーよ」
「でも、私、めんどくさい」
異世界に来てしまって、黒の魔女になって。
一人ぼっちになった私を広い世界に連れて行ってくれたガルズ。
「……ちゃんとしたい」
迷惑をかけたくない。
こんなにたくさんのものをくれたこの人に。
「早く元気になって、一人でも大丈夫だってガルズに見せたい」
眠れない夜。
いつもそばにいてくれた。
さみしいって言えば、一人じゃないって言ってくれた。
「……ガルズ、いい年なのに。私の面倒見てたら、もっと行き遅れになる」
「……ほっとけ」
ガルズが私の言葉をケッと吐き捨てる。
頭を撫でる手が強くなって、ちょっと痛い。
「……私、ガルズに頼ってばっかりなのに、何も返してない」
「……そうでもねーよ」
クルミ色の目が少し細くなって私を見る。
「俺はお前が頼ってくれたら嬉しいし……笑ってる所を見たら、幸せだなって思うよ」
……わかんない。
なんでなんだろう。
私を甘やかして、この人に何の得があるんだろう。
私ばっかり得してるのに、どうしてそんなに優しい目で私を見るんだろう。
「……ガルズってバカだね」
「俺もそう思う」
ガルズがハハッて笑う。
小さな宿屋の部屋で輝く銅色の髪。
元の世界になかったその色が。
本当にすごくきれいだと思う。
「……ガルズといたら、私、弱くなる。なんかもう全部捨てて飛び込みたくなる」
そんなのやだ。
なんかかっこわるい。
そんな自分を認めたくなくて、口を尖らせてガルズを見れば――。
「……なに笑ってるの?」
「いや?」
クルミ色の目を優しく細めて、本当に嬉しそうに笑っていた。
「……私、今、ガルズに文句を言ったんだけど」
「そうか」
むっと眉根を寄せて、ガルズを見上げたが、その顔は相変わらず嬉しそうで……。
私の頭をゆっくりと撫でる。
それが嫌で、ぶるぶると頭を振れば、ガルズはハハッと笑って、手を離した。
銅色の髪がきらって光る。
そうして楽しそうに笑うガルズを見たら、なんだか胸が温かくなって……。
「ありがとうね……」
「ん?」
「……さみしくない」
さっきまであんなにさみしかったのに、なんだかもうさみしくない。
一人じゃないから?
私の話を聞いてくれたから?
……ガルズが笑ってくれたから?
――わかんない。
まだもうちょっとだけ。
あなたに縋る私を許して欲しい。