本編のガルズ視点
きらびやかな空間にきらびやかな衣装。
俺には程遠いそれらに、眉を顰めてただぼんやりと立ち尽くしていた。
とりあえず参加してるが、正直どうでもいい。
そもそも俺はこんなところに呼ばれるようなヤツじゃないのだ。
ただの雇われの傭兵で、今回の巡礼の旅はこの見た目で選ばれたようなもの。
高い金と割と楽な仕事内容に惹かれて、請け負ってみたが、道中はそれなりに楽しく過ごせた。
銀の王子は礼を欠いても気にしないヤツだったし、黒の魔女は見た目より楽しいヤツだったから。
適当に飲み物をもらい、それに少し口をつける。
芳醇な香りと深みのある色に高級な葡萄酒なのだろうと言うことはわかったが、あまり俺の好みではない。
めんどくせえ。
やれやれと溜息をつけば、遠くにいた黒いドレスが風を切って歩いて行くのが見えた。
黒いドレスの持ち主は周りなど何も映していないような瞳で、まっすぐに歩いて行く。
そして、扉から振り返ると、その何も映していない瞳に少しだけ光が点いた。
目線の先にいるのは、銀の王子。
その姿に胸が焼かれるような痛みが走る。
そんな自分が滑稽で、思わず左頬の傷跡を撫でた。
『ほっぺの傷! かっこいいね』
『ああ? 顔に傷があるっていうのは力の無さの表れだ。男にとっちゃ恥ずかしい事なんだよ』
『そうなの? でもさ、強い敵の攻撃を受けても、生き残ってるって事でしょ?すごいね』
『……傷もつかずに勝つのがかっこいいんだよ』
『いや、傷つきながらも勝利したって言うのがかっこいいんでしょ』
俺の方が十二も上なのに、俺を見てバカだなぁって笑う。
その黒い瞳はいつも寂しそうで、見ているこちらが苦しくなった。
黒いドレスが出ていった後の空間は最初よりも更にどうでもいい物になって、立ち尽くしていた足を動かし、銀の王子の元へと向かう。
銀の王子の横ではきれいな女が微笑んでいた。
「おい。トウコはどこに行った?」
「……トウコはこういう場が嫌いなんだ。いつも途中で抜ける」
「なるほど。じゃあ、俺が抜けても問題ないな」
「……わかったよ」
銀の王子の耳に近づき声をかける。
銀の王子の了承を受け、俺はその空間を後にした。
王城内の与えられた部屋に戻り、手早く服を着替える。
いつものラフな服装に着替えれば、先ほどまでの嫌な気分も少しは楽になった気がした。
そうして王城を出て、トウコの家へ向かう。
しかし、そこにトウコの姿はなく、仕方なくトウコを探す羽目になった。
あいつ、こんな時間に一人でフラフラと出ていくなんて馬鹿じゃないか。
家人にトウコの行きそうな場所を教えられ、何軒か訪ねた後、王都の宿屋兼酒場でようやくその姿を見つけることができた。
「見つけた」
扉を思いっきり開けてしまったために、かなりの音が響く。
その音にトウコがこちらを振り向き、黒い瞳をしばしばと瞬かせた。
その瞳はわずかに濡れていて……。
こんな所で一人で泣いてるんじゃねーよ。
心の中でごちて、トウコの隣へと座る。
そして、麦酒を飲みながらトウコと話していき、銀の王子がトウコにしていたことがなんとなくだがわかった。
異世界から来て、一人で寂しがってたトウコ。
唯一、銀の王子だけが居場所だったのだろう。
トウコの周りから人を遠ざけ、自分だけが味方だと言って聞かす。
そうして、トウコが自分から離れないように依存させていったのだ。
「なるほどな……」
銀の王子の事を思い、胸にごうごうと炎が上がる。
トウコはいつも銀の王子といると楽しそうだった。
銀の王子もトウコといるのが楽しかったのだろう。
だから、トウコをずっとそばで囲っておくつもりなのだ。
俺は胸の炎を落ち着かせるため、ぐいっと麦酒をあおった。
「トウコ。お前は王子が好きか?」
まっすぐにトウコを見る。
もし、トウコが王子を好きならば、それでもいい。
王子に筋を通すように言えばいいだけだ。
でも。
そうでないなら。
「……わかんない。依存なんだろうって自分でも思う。……でも、やっぱりレイベーグが婚約者と一緒にいるとつらかった。自分が捨てられるような……居場所がなくなっちゃうよな」
トウコは話しながら、俺の目から逃れるように目をウロウロとさまよわせた。
俺はトウコを見つめたまま、言葉を続ける。
「トウコが望めば、王子と婚姻できるんじゃないのか?」
俺の言葉にトウコの目が大きくなった。
トウコだって状況ぐらいはわかっているのだろう。
けれど、俺の言葉にトウコは首を振った。
「……それは違うと思う。あの菫色の髪の子はきっとレイベーグが好きだよ。私が来る前にちゃんと育んできた物があると思う。……私はレイベーグの未来を壊したくない」
そして、小さく言葉を紡ぐ。
「私はこの世界の異分子なんだよ。……そんな私がレイベーグの世界を壊しちゃダメだ」
それは銀の王子を思っての言葉。
銀の王子への依存へ悩みながらも、必死に自分の足で立とうとしている言葉だ。
その答えに俺は一度上を向いて、ふうと息を吐く。
そして、じっとテーブルを睨むトウコの頭にぽふっと手を置いた。
「この国にいて辛くないか? ずっと王子をそばで見るのか?」
王子から離れたいと言うなら――
トウコは俺の手を嫌がることなく、黙って受け入れる。
そして、ボソリと呟いた。
「……辛い。こんな所いたくない」
――俺がお前を。
「……わかった。俺が連れて行ってやる。」
「え?」
「こんな国、いる必要ない。……なにが王子だ。くそが」
王子には恨まれるだろうが知った事か。
「お前がこの国にいたのは、王子のそばにしか居場所がなかったからだろう?」
年下のお前が悩んでる事に付け込む。
「俺がお前の居場所になってやる」
その黒い瞳に俺を映せばいい。
「この世界を見せてやる。俺は名の通った戦士だからな。お前ひとり養うぐらい訳ない。いずれお前にもっといい居場所ができればそれでもいい」
王子に囲われた狭い世界なんて捨てちまえ。
「行こう。俺と」
出会ったのはたった一年前。
黒の魔女と傭兵として出会った。
歳が十二も離れているのに、屈託なく笑いかけてくれる所が好きだった。
明るくて元気なお前なのに、ふと気づくと何も映していない瞳でぼんやりとしている。
「ガルズ……バカだね。ちょっと巡礼の旅を一緒にしただけで、そんな事言っていいの?」
「いいんだよ。旅では四六時中一緒だっただろ」
「そっか……」
お前がいるから楽しかった。
何もない草原での休憩もめんどくさい教会での礼拝も。
「私の魔法も役に立つかな……」
「役に立つさ」
俺に縋ればいい。
俺を利用すればいい。
トウコの黒い瞳が潤んで……そして、それを隠すように両手で覆った。
「俺は一カ所に留められるのが嫌いなんだよ。巡礼が終わればこの国に用はない。俺の力とお前の魔法があればどこにでも行ける」
「……ガルズって男前なんだね」
トウコが両方の掌で目をぐいぐいと強く押す。
「まあな。……俺はお前が泣き止めばそれでいいんだよ」
そうだ泣いて欲しくない。
その黒い瞳が潤んでいるのを見ると、年甲斐もなく胸が張り裂けそうになるから。
「今の苦しい気持ちも……世界を見て回れば、いつか振り返れる時が来る。そうしたらここに戻ってきてもいいんだ。だから……」
――幸せにするから。
「行こう。俺と」
王都を見下ろす丘の上。
馬に跨り、特に愛着もない街を見下ろした。
「トウコ、まずはどこへ行こうか?」
「んー、お酒がおいしい所!」
白いシャツと藍染のスラックス。そこに皮の腰巻を巻いたトウコが馬に乗ってニコニコと笑う。
頭に巻いた色鮮やかなスカーフが風に靡いて、きれいだな、と思った。