第9話「友人」
昼前の道は予想以上に空いていた。
平日という事もあってか、すれ違うのは緑色のナンバープレートをつけたバンや、荷物を満載したトラックばかり。
俺はカーステレオから流れてくる音楽に耳を傾けつつ、尾上駅に併設されている鈴河鉄道博物館を目指す。
博物館のある尾上駅には、30分ほどで到着した。
愛車を館の駐車場に入れると、急いで通用門へと向かう。
門の前では、士が俺を待っていた。
「よう、思ったより早かったじゃないか」
士が、そう言いながら手を挙げた。
俺も手を挙げつつ答える。
「ああ、この時間じゃ道が混んでる事はないからな」
「確かに。それじゃ、中に入るか」
士が開けてくれた通用門を通って、博物館の中へと入る。
休館日の館内は、静まり返っていた。
ホールに展示された幾多の車両が、無言で俺たちを出迎える。
(しっかし……昼間だってのに、何となく不気味な感じがしないでもないな……)
照明を最低限しか点けていないこともあってか、まるで廃墟のような雰囲気だ。
いつもは大勢の来館者が歩き回っている場所だけに、なおの事違和感がするのかもしれない。
「さて、相談ってのは何の事だ?」
館の中央に展示されている真っ黒な蒸気機関車を眺めながら、士が聞いてくる。
だが、俺は逆に士に話しかけた。
「その前に一つ聞いておきたいんだけど、士は『Evorrior』って言葉を聞いたこと、ないか?」
さすがに知っているとは思えないが、一応質問してみる。
士は暫く顎に手を当てつつ首を捻っていたが、やはり思い当たらなかったらしい。
「悪いが、知らないな。……だが、それがどうかしたのか?」
不思議そうな顔で聞いてくる士に、俺は昨日の夜の出来事を話した。
――――――――――
話が終わった時、左を向いていた時計の短針は右側へと傾き始めていた。
「にわかには信じられないが……」
話を聞き終えた士は、そう感想を漏らす。
無理もない。
実際俺だって、いまだに疑いたいくらいだ。
「ああ、俺だって正直有り得ないと思う。でも、実際に存在する以上、それは認めなくちゃならない」
俺の言葉に、士も同意した。
「ああ、それは正論だな。……しかしお前、わざわざそんな危ない話に首突っ込むのか?」
これは聞かれるだろうと思っていたが……やはりか。
確かに、俺がどうしても関らなくてはならない理由はない。
それは、俺だって判っている。
だが、人は理屈だけで、損得だけで動いているわけではない。
「ああ、それはもう決めたんだ。今更考えを変えることはしたくない」
士に向かって、はっきりとそう告げる。
「……どうしても、か?できる事なら俺は、友人にそんな危ない事をしてもらいたくはないが……」
士は俺の方を向きながら、再び問いかけてくる。
だが、俺の答えは変わることはない。
「心配してくれることには礼を言うよ。でも、俺は、俺自身の意志に、素直でいたい」
助けられたまま、借りを作ったままでいたくはない。
今度は、俺が彼女を助ける番だ。
俺の言葉に、士は諦めたらしい。
「……わかった。お前が頑固なのは今に始まったことじゃないしな。手伝えるかどうかはわからないけど、俺も協力するよ。……だが、命を粗末にするような事はするな。この約束だけは、必ず守ってくれ」
微妙に歯を見せる苦笑い。
何度となく目にしてきた、いつもの士の表情。
だがその声は、心底真面目だった。
本気で俺のことを心配してくれている。
そんな友人の気持ちが、嬉しかった。
「わかってる、俺だって当然、死ぬつもりはないよ」
そう答えた俺に、士は満足そうに頷いた。
この話題については、これ以上話す必要はなかった。
10年来の友人とは、会話というコミュニケーションに頼らずとも、意志は通じる。
少なくとも俺は、そう信じていた。
お読みいただき有難うございました。
友人という存在は何時の世でも変わらず、ありがたいものですね。
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