第8話「青白い空」
「……眠い……」
俺はそう呟きながら、ベッドから体を起こした。
カーテンの隙間からは朝、というより昼の陽光が差し込んでいる。
枕もとの時計に目をやると、短針は既に上を向いていた。
既に10時を回っている。
にもかかわらず、目の前の光景はぼんやりと霞がかっていた。
意識が、完全には覚醒していない。
寝ぼけた頭で、昨日の出来事を反芻する。
「えっと、昨日の夜は、峠に走りにいったんだよな。それで……」
そこまで思い出した瞬間、昨晩の出来事が一気に脳裏に甦った。
異形の者同士の戦いに巻き込まれて。
危うく殺されかけて。
気が付けば、自分も彼らと同じ姿になっていて。
襲い来る「敵」を倒して。
そして、「彼女」に出会った。
「彼女……」
俺は急いで時計の脇に置いた携帯電話を掴むと、アドレスを開く。
「中嶋 晄 クリスティーナ」
そこには、昨日登録したばかりの彼女の名前と連絡先が、はっきりと記されていた。
その小さな画面に表示された文字が、昨日の出来事は夢ではなく、全て現実のものである、と告げていた。
「今夜は手伝うって約束したんだよな……」
そう言いながら、カーテンとガラス戸を開いて小さなベランダへと出る。
天気は快晴……だが、残念ながら、この街では抜けるような青空が広がる事はない。
どんなに天気が良くても、この街の空は常に白く濁っている。
街中に立ち並ぶ工場からの煤煙による影響だ。
「それにしても、なぜ、俺の体に生体兵器なんて物騒な物があったんだろうか……」
青白く霞がかった空を見上げながら、そう呟く。
彼女の話によれば、Evorriorになるにはいくつかの条件を満たしている必要があるそうだ。
まず、体内のDNA、つまり遺伝子配列がEvorriorを使用するのに適した形でなければならない。
その上、「A,P,E」と呼ばれるナノマシンを投与された者でないと使う事は出来ない。
つまり、誰かが俺に適正がある事を知った上で、少なくとも昨晩よりも前に、俺に気づかれる事なくナノマシン投与をしていたという事になる。
しかし、一体何の為だ?
俺を実験台にしたかったとしても、先ず拉致するなり何なりするだろう。
今の状況を見る限り、投与だけ行い、放置したとしか思えない。
一体、何故?
俺はベランダに立ったまま、しばらく考え込んでいた。
が、いくら考えた所で、答えは出ない。
その答えを知っているのは、少なくとも俺ではないのだから。
「……そうだな。今俺が考えたって、答えなんて出るはずもない」
今は、俺自身の意思で解決できる問題について考える方が、建設的というものだ。
「……にしても、俺は本当にこんな途方もない力を正しく使えるんだろうか……」
力。
俺の意思とは無関係に齎された力。
一人の人間が持つには、大きすぎる力。
何時の日か俺は、その力に魅入られてしまわないだろうか……。
再び考え込むが、やはり、答えは出ない。
「……一人で考え込んでも埒は明かない、か。……よし、あいつに相談してみよう」
こんなときに頼りになるのはやはり、友人だろう。
俺は手に持ったままだった携帯で、電話を掛ける。
何度かの呼び出し音の後、良く知った声が、電話越しに聞こえてきた。
「はい、渡良瀬です」
「士か?」
「おっと、その声は大作だな。こんな時間に掛けてくるとはまた珍しい……って今日は休みか。どうしたんだ?」
電話越しの士の声は、いつもと変わらない。
昨晩は現実離れしたことが続いただけに、こんな些細な事でも安心してしまう。
「いや、ちょっと相談したい事があってな……」
「相談?何か厄介事か?俺にできる事なら力になるぜ」
間髪入れずに「力になる」と言ってくれる友人に感謝しつつ、俺は話を続けた。
「……確かにちょっと厄介な事に巻き込まれててね。直接会って話したいんだが、いいか?」
「ああ、どうせ今日は俺も休館日で暇だし、構わないよ。ウチに来るか?」
士の家は、俺の家から車で20分ほどの距離にある。
だが、どちらの家にいるにしても、誰かやってこないという保証はない。
それに、実際にEvorriorになって見せるという話になれば、家の中は好ましくない。
「出来れば、誰も来そうにない場所がいいんだ。他の奴に聞かれると、まずい事になりそうな話でね」
「うーん、誰も来そうにない場所か……」
電話の向こうで、士の唸る声が聞こえる。
確かに、近場でかつ、真昼間から誰も来そうにない場所というのは難しいかもしれない。
だが士は心当たりがあるらしく、こう提案してきた。
「よし、じゃあ館を使わせてもらおう」
「かん?」
何のことやらわからず聞きなおす俺に、士は説明してくれた。
「俺の博物館だよ。あそこなら、今日は休館日で誰もいない。誰かに聞かれる心配もないだろ?」
確かに。
あそこなら広い敷地と建物があるし、休館日である以上誰も来る事はない。
「そりゃまさにおあつらえ向きだな。今から行って大丈夫か?」
「問題ないだろう。俺の方が早く着くだろうし、鍵を開けて待ってるよ」
「悪いな。話が終わる頃には昼過ぎになるだろうし、飯ぐらい奢らせてもらうよ」
「お、そりゃいいね。よし、それじゃまた後でな」
「ああ、また後で」
そういって電話を切る。
さて、そうと決まれば急がなくては。
向こうの方が近いとはいえ、呼び出しておきながら、待たせるのは悪い。
急いで着替えを済ますと、財布と愛車のキーを掴んでアパートを出る。
駐車場では、愛車がいつものように俺を待っていた。
ドアを開けて乗り込むと、エンジンを掛ける。
F6Aエンジンは、いつも通り快調に鼓動を刻み始めた。
ギアを一速に入れてクラッチをつなぎ、ゆっくりと愛車を発進させる。
パーキングを出た愛車は、昼前の閑散とした道を鈴河鉄道博物館へ向かって走り出した。
お読みいただき有難うございました。
さて、友人に相談する事を決めた大作。
友人は彼にどのようなアドバイスを与えてくれるのでしょうか。
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