第7話「Evorriorの選択」
「生体……兵器!?」
彼女の口から発せられた言葉に、俺は驚愕した。
「そう。人体を元にして、ナノテクノロジーを活用した生体兵器。科学技術によって生み出された、進化せし戦士。それがこのシステムの名よ。」
「ちょ、ちょっと、あまりにも突飛過ぎるぞ。そんな非現実的な技術があるわけ……」
思わず俺の口からそんな言葉が漏れる。
しかし、彼女は俺の言葉をぴしゃりと遮った。
「その疑問はナンセンスね。どんなに非現実的であっても、現実に存在している以上、存在に対する疑問を持っても仕方が無いでしょう?」
「……まあ、確かに現実は認めなきゃならないか。」
そう言った後、俺は聞いたばかりの単語を反芻するように口にする。
「……Evorrior、ね。……あれ、でもさっき俺が戦った奴の事を、たしかEvoldierって呼んでなかったか?」
俺の言葉に、彼女は話を続けた。
「良く覚えていたわね。そう、あれもEvorriorの一種ではあるわ。ただ、EvorriorとEvoldierは似て非なるもの。Evorriorに換わって、世界中の国々や軍事産業が極秘裏に研究を続けているものよ」
「似て非なるもの?一体何処が違うんだ?色以外の見た目は殆ど変わらなかったじゃないか」
問いかける俺に、彼女は俯く。
「見た目だけはね……。Evorriorはシステムを持つ者でも、その力を使わない限りは普通の人間と同じ状態でいられる。でも、兵器に人間性なんて物は不必要。つまり、EvoldierはEvorriorから人間性という部分を取り去った、ある意味では純粋な、生体兵器なの」
「つまり、人間を完全に兵器へと変貌させてしまうって訳か……」
人間を変貌させる事によって、一人の人間の未来を奪う。
そして、さらに大勢の人を殺すための兵器にする……。
そう仕向けた人間は、何の痛みも背負うことなく。
「酷い、話だ……」
俺の口から、思わずそんな単語が飛び出す。
それを聞いていた彼女も、肯定するようにこう言った。
「そうね。確かに酷い話だわ。……でも、この事実を知る人が皆、これを良しとしているわけじゃないのよ。だからこそ、私が派遣されて来てるんだから」
「派遣?」
「ええ。この町で最近、普通の人が何の前触れもなく行方不明になる事件、あなたも知ってるでしょう?」
「ああ、新聞なんかで読んでる。でも、それとさっきの奴と、何の関係が……」
そこまで話したとき、俺の頭に、ひとつの答えが浮かび上がった。
「……まさか」
「あなたも気が付いたみたいね。行方不明になっている人の一部は、先ほどあなたが倒したEvoldierのように、実験素材とされている可能性があるのよ。もしくは、さっきのあなたのように、偶然目撃してしまって、証拠隠滅のために消されたか、どちらかでしょうね」
「……マジかよ」
「Evoldierの開発には、実戦テストが不可欠なの。そのために行われるのが、「Victim・Trial」。開発した特性の違うEvoldier同士を戦い合わせて実戦データを取るのよ」
「実戦テストだって……?」
実験台にするだけでは飽き足らず、互いに殺し合いをさせるなんて……。
俺たちの街で、俺たちの日常の直ぐ隣で、そんな陰惨な事が起きていたなんて。
「最悪、だな……」
思わずそう呟く俺を安心させるかのように、彼女はこう言ってくれた。
「でも、この街が本命だという確証も無い。この峠のように、市街地に近すぎる場所でのTrialはリスクが大きいし、囮の可能性が高い」
「囮?」
「そう。私たちのような妨害勢力を分散させるために、Victim・Trialの実施者は大抵複数の場所で囮作戦を実行する。本命の実施場所が特定されれば、この街の事件も終わるわ」
そこまで言うと、彼女はくるりと俺に背を向けた。
「さて、私が今できる説明はこの程度よ。何も知らないのも問題だけど、知りすぎてもあなたに危険を及ぼす可能性があるわ」
どうやら、立ち去ろうとしているらしい。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
一応の説明をしてもらったとはいえ、このまま置いていかれては、こっちも困ってしまう。
「俺はこの後、どうすればいいんだ?」
俺の問いかけに、彼女は厳しい目つきと共に答えを返してきた。
「その質問はナンセンスね。あなたがどうするか決められるのは、私でも、他の誰でもない。あなた自身だけでしょう?」
「……」
俺は、言い返すことが出来なかった。
確かに、彼女の言うとおりだ。
自分がどうするのか決めるのは、他の誰でもない。
自分自身だ。
黙りこむ俺に、彼女はさっきの顔に戻ると、こう言った。
「私個人の意見を言わせてもらえるなら、こんな力なんか使わずに、今までどおりのあなたの生活を続けるべきだと思う。私たちの世界に来れば、元の世界に戻る事は難しくなるわ」
さらに彼女は俺の顔を覗き込むと、微笑んだ。
「ね、そのほうが幸せに生きていけるでしょう?」
確かに。
ここで何も無かった事にすれば、俺はまた、明日からいつもと同じ生活に戻れる。
昼間は運転士として、夜は走り屋として、変わらぬ生活に。
そう遠くないうちにこの町の事件が終わるというのなら、俺が無理に関わる必要なんか無いのだろう。
だが、そう考えていた俺の目に、彼女の両手が映った。
その手は、赤黒く変色していた。
元が褐色の肌とはいえ、その色は明らかに普通ではない。
あれは、火傷によるものだ。
彼女がその傷を負った原因は、ひとつしか考えられない。
……あの時。
俺を守ろうとした、あの時だ。
彼女があの時、あの行動を取っていなかったら、今頃俺はあの世にいるだろう。
本当に、このまま帰ってしまって、いいのだろうか。
守ってもらうばかりで、いいのだろうか。
いや。
少なくとも、俺は、そうは思えない。
「決めたよ」
俺の言葉に、彼女は再び微笑んだ。
「じゃあ、このまま帰ってくれる?」
「……いや、帰らない。この街にそんな危ない奴らが蠢いてるって言うのに、何にもせず、与えられた平和にすがって暮らすわけにはいかない。さっき君が言ってくれたように、俺にはどうやら、そんな奴らとも戦える力がある。俺は君を手伝って、この街からさっきみたいな危ない奴を一掃したいんだ」
俺の言葉に、彼女はその大きな瞳をさらに大きくしたまま固まっていた。
こんな答えが返ってくるとは予想していなかったのだろう。
それでも何とか平静を取り戻すと、先ほどの厳しい口調で言った。
「……本気で言ってるの?私たちの側に来てしまったら、元の生活は送れないわよ?」
「それはもう聞いたよ。でも、俺はそうしたいんだ。……それにさっき、君はこうも言ったよな?「あなたがどうするか決められるのは、他の誰でもない。あなた自身だけでしょう?」って。だから俺はそう決めた。それに、俺がどうしてこんな物騒な力を持たされたのかも知りたいしね」
俺の言葉に、彼女はやれやれといった風に肩を竦めながら、溜息をついた。
「まったく、あんな事言うんじゃなかったわね。……わかった、手伝ってもらうわ。でも、一つ条件を出させてもらえる?」
「条件?」
「私が協力してもらうのは、あなたが自由に使える時間だけ。つまり、これまでの生活に支障が出ない範囲で協力してもらいたいの。それが条件。この事件が解決したら、あなたには元の生活に戻ってもらいたいから……」
「わかった。それでいい」
と、そこまで答えた時、俺はとても重要な事を聞いていないのに気が付いた。
「……ところで、一つ質問があるんだけど、いいかな?」
俺の問いかけに、彼女もこう返す。
「奇遇ね。私もあなたに聞きたいことがあるのよ」
「じゃあレディーファーストって事で、お先にどうぞ」
「いえ、あなたが先に聞いてきたんだし、いいわよ。先に質問して」
「えっと……」
「えーと……」
こういう雰囲気になると、お互い遠慮してしまう。
「「あの」」
お互いに質問を切り出そうとしたものの、ものの見事に被った。
こういう時に限って、変にシンクロしてしまうものである。
ま、とりあえず質問しない事には始まらない。
「君、」
「あなた、」
「「名前は?」」
……って、また被ってるし。
お読みいただき有難うございました。
彼女に協力する事を決めた大作。
この街の事件を見事解決できるのでしょうか?
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