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第3話「ダイニング・カーと紙面の事件」

「今日はどこに行きます〜?」


 聞いてくる美弓に、駅の正面出口を出つつ答える。


「折り返しの乗務は13時半発だろ。『スバル』でいいんじゃないか?」

「じゃあ決まりですね〜。急がないと席埋まっちゃいますよ〜」


 そういうと、美弓は駅に沿って伸びている道路を歩き始めた。

 俺も急ぎ足でその後に続く。


 俺たちが歩く道の右手には、尾上駅の構内が広がっている。

 しかし、その構内に止められているのは、俺達が乗務して来た電車ではない。

 あれよりさらに年代物といった風な古い客車や、果ては真っ黒な蒸気機関車まで鎮座している。

 まるで戦前にでもタイムスリップしたかのような光景だが、それもそのはず、この中は博物館になっているのだ。

 「鈴河鉄道博物館」と呼ばれているこの博物館には、この鉄道を走ってきたかつての車両や、歴史的な価値のある車両などを保存展示している。


 そういった展示車両を眺めながら歩くと、5分もしないうちに目的地に到着した。


 博物館の入り口のそばのホームに止められた2両の客車、それが俺たちの目的地。

 この車両は、博物館の敷地内ではなく、外からも自由に立ち入りが可能だ。

 ホームの入り口には、「列車食堂 昴」という看板が立っている。


 既に美弓は中に入ってしまっているらしく、姿が見えない。

 俺もホームに止められている客車のドアを開けると、中へと入った。



「いらっしゃいませ!」


 車内に入った俺を、威勢のいい女性の声が出迎える。

 この食堂車レストラン「昴」の店長兼シェフ、「長伏(ながぶせ) 真理子(まりこ)」オーナーだ。

 このレストランがいつも繁盛しているのは、元食堂車改造のレストランという物珍しさだけではなく、彼女の料理の腕前による物の方が大きいだろうといわれるほど、この界隈では有名な料理人シェフである。


「ごめんね〜。今満席なのよ。ちょっと待ってもらえるかしら?」


 オーナーはすまなそうに言う。

 確かに、車内に置かれたテーブルは全て埋まっており、見渡す限りでは空席がなかった。

 先に来て席の状況を聞いていたらしい美弓が不満そうに言ってくる。


「も〜、先輩、やっぱり席がないじゃないですか〜。だから『急がないと』って言ったのに〜」

「そう言われたって仕方ないだろ。ただでさえこの店はいつも混んでるし、今はお昼時なんだからさ」

「ん?大作じゃないか?」


 俺たちが入り口で揉めはじめたとき、奥の方のテーブルから俺を呼ぶ声が聞こえた。

 声の主の名は「渡良瀬(わたらせ) (あきら)」。

 眼鏡をかけた大柄な男で、紺色のスーツに白のワイシャツ、そしてストライプのネクタイという風貌だ。

 一見サラリーマンのようだが、実は先ほど横を通ってきた鉄道博物館の館員だ。

 ついでに言うと、俺の10年来の友人でもある。

 お互い鉄道と車が好きで、休みがうまく合えば二人で峠に走りに行ったりもする間柄だ。


「お、席がないのか。俺のテーブル空いてるから、使いなよ」


 士の言うとおり、座っている4人掛けのテーブルには他には誰もいない。

 これ幸いと俺たちは士のテーブルに座らせてもらうことにした。


「先輩〜、何頼みます〜?」


 美弓が聞いてくる。

 どうやら彼女は既に何を注文するか決めているらしい。

 というより、彼女の場合、この店で頼むのはいつも「トルコライス」ばかりなのだが……。

 急かされながら俺もメニューを見る。

 ラーメンやカレー、カツ丼と言った定番メニューから、美弓のお決まりメニューであるトルコライスやちゃんぽんといった、ちょっと普通の定食屋では見かけないような珍しい料理までいろいろある。

 ちなみに、長崎名物料理が多いのは、オーナーの真理子さんが長崎出身だからだそうだ。


「よっしゃ、じゃあ俺は皿うどんにしようかな。こっち注文お願いしま〜す!」


 時間もあまりないことだし、急いで俺もメニューを決めて店員さんを呼んだ。


「は、はい!少々お待ちください」


 俺の声に反応して、厨房の方から真理子さんとは違う女性の声が聞こえた。



「ご、ご注文はお決まりでしょうか?」


 注文を取りに来てくれたのは、俺たちとそう変わらない年頃のウェイトレスだった。

 彼女の名前は「大庭(おおにわ) みのり」。

 さっきから少々吃音が出ているのは、彼女が極度の上がり症だかららしい。

 だが、それを克服しようと、ウェイトレスという人と話すことの多い仕事を選んでいるのだそうだ。

 それは正直に凄いと思う。


「俺は皿うどん。彼女はトルコライスで」

「か、かしこまりました」


 みのりさんは相変わらずどもりながらも、手にしたメモに素早く注文を書き込むと厨房へと戻っていった。


 料理が運ばれてくるまでの間、俺は何をするでもなく、今はもう動かない客車の窓から外を眺めていた。

 この食堂車はかつて幹線を走る花形の特急列車に連結されていた。

 きっと数え切れないほどの人が流れ行く車窓を話の種に、楽しく談話しながら食事していたんだろう……。

 なんて、ガラにもなく詩的なことを考えたりしてみたりする。


 と、何か紙が擦れるような音が俺を現実に引き戻した。

 音のした方を向くと、それは俺の前に座っている士が新聞を広げた音だった。


 どうやら士はもう食べ終わっていて、ブックスタンドから新聞を持ってきたらしい。


「ありゃ、また例の事件の続報が載ってるよ。最近この町も物騒だねぇ」

「え、どれですか〜?私にも見せてくださいよ〜」

「ああ、これで見えるかな?」


 美弓の言葉に、士は左手に持っていた新聞を逆さにすると、テーブルの上に広げてくれた。

 俺も概要ぐらい知ってはいたが、美弓に釣られてついつい覗き込んでしまう。

 広げられた地方新聞には、「鈴河連続失踪事件これで7人目」というタイトルが踊っていた。

 

 連続失踪事件。

 名前のとおり、最近この町で起きている失踪事件のことだ。

 ごく普通の生活をしていた人が、突然いなくなってしまうのである。

 性別や年齢もバラバラ、失踪者同士の個人的な接点もないらしく、新聞や週刊誌なんかは「現代の神隠し?」なんてタイトルまで挙げる始末だ。

 警察も捜索願が出ている以上探さないわけにも行かないらしいのだが、遺留品一つなければ、自殺にしても殺害されているとしても死体も見つからない、という状況ではどうにも捜しようがないらしい。



 そうこうしているうちに、みのりさんが注文したトルコライスと皿うどんを持ってきてくれた。

「お、お待たせしました。ご注文のトルコライスと皿うどんです」


 そういって、俺たちの前に料理を置く。

 良く見ると、持っているお盆の上にはもうひとつ、湯気の出るコーヒーカップが乗せられていた。

 みのりさんはそれを士の前に置いていく。

 どうやら、俺がボーっとしている間に追加で注文していたようだ。


「それじゃ、いただきますか!」

「はい、いただきます〜」


 そういって食べ始めた俺たちの横で、士もコーヒーを飲み始めた。



「あの〜、ちょっといいですか〜?」


 そう言いながら、俺の横でまるで小学生よろしくトルコライスにがっついている美弓が顔を上げた。


「さっきから気になってたんですけど、士さんって左利きなんですか〜?」


 ……しまった!

 そういや美弓に士の話をしたことなかったんだ!

 あまりに自然に会話していたんで気づかなかったけど、士と美弓は初対面じゃないか!


「ああ、これかい?昔、怪我で右手が不自由になったものでね。まあ、もともと左利きだからそんなに困ってはいないけどな」


 あわてて説明しようとする俺の前で、士は苦笑いをしながら言う。


「ふ〜ん、大変ですね〜」


 美弓もさすがに怪我についてこれ以上聞くのは悪いと考えたらしく、それだけ言って食事に戻った。

 危うくお互い気まずい思いをするところだったが、美弓もそんなに無神経な人間ではない、ということだろう。



「おっと、俺はそろそろ戻らないといけない時間だ。二人とも乗務がんばってな」


 士がそう言って席を立つ。

 腕時計を見ると、針は1時を回るところだった。

 こちらもそろそろ駅に戻らなくてはならない。


 会計を済ませて、「昴」を後にする。


 ホームに上がると、先ほどとは違う電車が、銀色のボディを光らせながら俺たちを待っていた。

 白い手袋を嵌めた手で、ブレーキハンドルを差し込む。

 ブレーキハンドルを動かす手に合わせて、圧力計の針が上下していく。

 床下では、空気ダメの圧縮空気を補充すべく、コンプレッサーが回転を始めた。

 いつもと変わらない、出発前の始業点検。問題なしだ。


 さて、午後の乗務も安全運転で行かなくては。 


お読みいただき有難うございました。

登場人物が増えましたが、相変わらず鉄道ネタ続きで申し訳ありません。

次回は再び、峠に向かいます。いよいよSFバトル物らしき展開に?

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