第28話「探究心」
昼食を終えた俺たちは、再び尾上駅へと向かっていた。
(ちなみに、晄は1人前キッチリ平らげた。やはり「痩せの大食い」と呼ばれるタイプの人種らしい)
「この後は、どうするんだ?昼間の調査でも、俺にできる事があるなら協力するぞ?」
歩きながら、晄に尋ねる。
夜は先日と同じように赤谷山に向かう事は判っているが、勤務明けである午後はフリーである以上、協力できる事があるなら手伝いたい。
この事件は一刻も早く解決しなくてはならない。
……いつ、新たな犠牲者が出るか判らないのだ。
だが、晄の答えは俺が予期していた物ではなかった。
「気持ちはありがたいけど、昼間はあまりあなたに協力してもらえるような事はないのよ。白昼堂々戦闘になるという事はまず考えられないし」
「でも、戦闘以外でも協力は出来るんじゃ……」
……確かに、調査、諜報といったような活動は素人には難しいだろう。
だが、1人でやるより2人でやった方がいいこともあるはずだ。
俺はそう言おうとしたが、俺が話し出すよりも先に晄が口を開いた。
「正直言うと、昼の調査では殆ど情報は掴めないのよ。向こうだってちょっと調べただけですぐに尻尾を掴まれるほど馬鹿じゃないし。よろう、出てきてくれるのを待つのが今の所一番確実性の高い行動、と言わざるを得ないの」
「とはいえ、何もつかめないと言うわけじゃないんだろう?」
なおも食い下がったが、晄は譲らない。
「まあ、そうだけれど、それよりあなたには夜に備えて、きちんと休んでおいてもらいたいわ。肝心な時に疲労で100%の力が発揮できないのでは困るし」
「休む、か……」
この情勢で、そうそう休んでもいられない。
そう思ったが、口に出す前にまたも先を越されてしまった。
「休める時に休んでおく事も重要よ。人間は24時間動けるようには出来ていないんだから。夕べだって泊まり勤務で、ロクに寝ていないんでしょう?」
「……判った、じゃあ午後は休ませてもらうよ」
確かに、泊まり勤務では深夜帯や早朝の列車をメインに運転する事になるので、おっつけ睡眠時間は短くなりがちだ。
彼女の行っている事は論理的である。
焦って無理をしてもいい結果が出ないと言う事は、これまで峠に通ってきた間に嫌と言うほど学習している。
とりあえず納得した所でそういうと、晄はにっこりと微笑んだ。
「そうそう、素直でよろしい。それじゃ、私は行くわね」
そう言われて辺りを見渡すと、俺たちは既に尾上駅の前まで辿り着いていた。
駅前で晄と別れた後、俺は一人、ワークスを走らせて自宅へと向かった。
アパートの駐車場に車を入れ、エンジンを切る。
アフターアイドリングの排気音が消えると、辺りは急に静かになった。
自宅に入り、制服を着替え、ベッドに寝転がる。
俺は天井を見つめながら、思考を巡らせた。
「……休んどけ、と言われてはいるけど、そういうあいつは、ちゃんと休んでるのかな……」
ふと、そんな事を呟く。
先ほどの口ぶりから察するに、彼女は昼間も調査活動を続けているらしい。
もちろん、夜もだ。
という事は、殆ど24時間に近い状態で働いている事になる。
「人間は24時間動けるようには出来ていないんだから」などと言ってはいたが、その実本人はそれを実践できていないのではないだろうか。
「それに、調査って一体どういう事をやってるんだろうか……」
夜は一緒に赤谷山へ向かっているものの、昼、何をやっているのかもわからない。
それだけではない。
彼女がどうしてこの街へ来る事になったのか。
この街でどうやって暮らしているのか。
彼女が何処からやってきたのか。
これらの疑問の答えを、俺は何一つ持っていない。
……つまり、俺は彼女について殆ど知らないも同然、という事だ。
「でも、何でだろ?今まで、こんなに他人のことを知りたいと思ったことなんてなかったのに……」
他人のプライバシーには極力関与しない、それが俺の考え方だった。
どんなに仲の良い友人でも、教えたくない事もある。
相手だって同様だろう。
これまでずっとこの考え方でうまくやってきているし、考えを変える必要もないと思っていた。
だが今考えている事は、これまでの持論とはずいぶんと方向性が違う。
彼女の事を、全て知りたい。
「何で、だろう……」
再び同じ台詞を呟く。
この疑問に対する答えも、俺は持ち合わせてはいなかった。
お読みいただきありがとうございました。
心理描写もなかなか難しいもので、今回もまた悪戦苦闘しております。「ここは変じゃないか?」という点等ございましたらご指摘いただけるとありがたいです。
ご意見、ご感想お待ちしております。