第26話「3年前の事件と記憶」
「ちょ、ちょっとまってくれ。……それって、すごく重要な事じゃないのか?」
予想していなかった話を、まるで世間話でもするかのように話し出した晄を、俺は慌てて問いただした。
だが、慌てる俺とは対照的に、晄は落ち着いた口調で話を続ける。
「そんなに慌てる事ないじゃない。結論から言わせてもらえば、二人とも特に問題とすべき点はなかったわ」
「あ……。そういう事か……」
考えれば、至極当然だ。
問題があったのなら、真っ先に話をするだろう。
逆に、問題がなければ別に急いで伝える必要はない。
そもそも、あの2人が生体兵器なんて物騒なものと関係なんてあるはずがない。
俺だって偶然巻き込まれなければ自分がEvorriorだなどと知る事もなかったのだ。
ひとまず落ち着きを取り戻した俺に向かって、晄が少し遠慮がちに口を開く。
「……それにしても、2人とも『3年前の事件』の被害者だったのね。一見では気がつかなかったけど」
「3年前の事件」。
事件名を出さず、あえてこんな言い方をしているのは、事件当時もこの町にいた俺に配慮しているという事だろう。
「……あの2人の事を調べれば、当然判るか。……言っとくけど、2人の前でその話はしないでくれよ」
「判ってるわよ、そんなに無神経な人間じゃないわ」
「そうだと思うけどさ、念のために、な」
晄に釘を刺しつつ、俺は3年前に起きたあの忌まわしい「事件」の日のことを思い返していた。
3年前の4月に起こった事件。
あの事件が起きたのは、赤谷峠の中腹に立てられた鈴河大学研究棟の一般公開日だった。
研究所ではちょうど、敷地内に植えられていた桜が見頃を迎え、辺り一面が桜色に染まっていた。
だが、満開の桜を見に多くの人が集まっていた研究所が、一瞬にして惨劇の場に変わった。
研究所で行われていた遺伝子工学に関する研究に反対する環境保護団体の過激派が、研究所内で自爆テロを起こしたのだ。
建物の大部分は吹き飛び、5階建ての研究棟は原形を留めないほどに破壊された。
死者の数は、判っているだけで数百人。
正確な数字はいまだに判っていない。
爆発の至近にいた人などは、いまだに遺体が回収できずに行方不明扱いになっているからだ。
負傷者の数は千人を超す大惨事となった。
この街では、この事件に関する話はタブーになっている。
自分自身が怪我を負った人や、自分は無事でも家族や友人に被害者、犠牲者が出た、という人が多すぎるからだ。
先ほどの晄の言い回しも、俺の友人が被害者だから、という事だろう。
「特に、岬さんの前ではこの話はうかつに出来ないわね」
3年前の春を思い出していた俺は、晄の声で現実に引き戻された。
「……?春奈さんが?」
俺は思わず聞き返した。
春奈さんも被害者の一人だという事は士から聞いていたし、「彼女の前であの事件に関する話はしないでくれ」と言われてはいるが、それは彼女に限った話ではない。
特に、と断りを入れる理由はないはずだ。
「……ひょっとして、彼女の病状を知らない?」
「ああ、士からも聞くなと言われていたし……」
そう答えた俺に晄は躊躇っていた様子だったが、しばらくして口を開いた。
「彼女、事件による影響で、3年前以前の記憶が全く無くなっているようなのよ。その上、身元も不明。現在の戸籍は、事件による身元不明者の特例措置で暫定的に登録されているようね」
「……なんだって!?」
俺は思わず、大きな声を上げてしまった。
確かに、春奈さんの昔の話は聞いた事がない。
でもまさか、そんな理由があったとは知らなかった。
「そんな理由があったのか……」
それっきり、2人ともしばらく黙り込んでしまった。
少し経ってから、晄が話しだす。
「……この話に触れるのはやめておきましょうか。ここで私たちが話し合った所で何も変わらないし、私たちには先にやらなきゃならない問題が残ってるわ」
「……そうだな。その通りだ」
俺もそう言って、この話を無理矢理に頭の隅へと追いやった。
そうしなければ、気が滅入ってしまいそうだった。
お読み頂きありがとうございました。
なにやら暗い話題になってしまいましたが、今後のストーリー上、この事件に触れないわけには行かないので、ご了承ください。
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