第25話「ダイニング・カーと彼女の呼び名」
駅を出た俺は、駅に沿って伸びる道路を歩いていた。
昼に勤務上がりとなったときには、昼飯を『スバル』で、というのがいつもお決まりのパターンである。
話の続きは食事をしながらという事にしたので、晄も一緒だ。
5分も歩かないうちに、俺たちは目的地へと到着した。
早速、古びた客車のドアを開けて車内へと入る。
「いらっしゃいませ!」
いつも通り、長伏オーナーの大きな声が車内に入った俺を迎えてくれた。
「あら、遠藤君。仕事上がりかしら?今日はずいぶん遅かったのね?」
「ええ、今日はちょっと駅で話し込んじゃっていて……」
「そうなの。話って、あちらの女性と?」
そういって、オーナーはちらりと俺の背後に目をやる。
後ろを見ると、晄が俺に続いて隣の車両のドアを開けていた。
「え?……ええ、そうです」
「あら、デート?いいわね〜」
「違いますよ!」
「ふふ、いいじゃない、ムキにならなくても。応援してあげるわよ?」
「だから違いますって!」
からからと笑うオーナー。
俺は一生懸命否定しているのだが、オーナーはぜんぜん信じていないらしい。
先日の春奈さんといい、何故俺の周囲には誤解する女性が多いのだろうか……。
少なくともそういう関係ではないのだが……。
これ以上説明しても信じてもらえそうにないと判断した俺は、デッキのドアを開けて車内に入ってきた晄を促し、テーブルに着いた。
さすがに2時を回っているので、店内にお客の姿はない。
窓越しに見える鈴河鉄道博物館では、小さな子供が数人、展示されている車両の運転台に座ってはしゃいでいる。
席に着くと、みのりさんがオーダーを取りにやってきた。
「ご、ご注文はお決まりでしょうか?」
「うん、俺は焼定。晄さんは?」
晄は既に昼食を済ませてきたと言っていたから、コーヒーか何か、軽く頼むのだろう、と思っていたのだが……。
「じゃあ、私は皿うどんにしようかしら」
「……え?」
なんと、キッチリ一人前注文している。
昼飯は食べてきたと聞いたはずなのだが……。
……大丈夫なのか?
みのりさんが厨房に戻ると、すぐに俺は晄に問いかけた。
「……昼飯は食べてきたんじゃなかったのか?無理して付き合わなくてもいいのに……」
「別に無理はしてないわよ?このくらいは十分いけるわ」
晄は涼しげな顔で言う。
表情から察するに、本当に無理して頼んだというわけではないようだ。
ひょっとして、痩せの大食いという人種なのか?
晄の体型からは想像も出来ないが……。
「まあ、無理してないってならいいけど……」
何となく釈然としないが、本人がそう言っているので一応納得する事にした。
そんな俺に向かって、今度は晄のほうから声をかけてきた。
「ところで、一つお願いがあるんだけど、いいかしら?」
「? お願い?一体どんな?」
「私の事を呼ぶ時の呼び方についてなんだけど」
呼び方?
さっきは「晄さん」と呼んだけれども、何か問題があったのだろうか?
「私、年上の男の人から「さん」付けで呼ばれるのって好きじゃないのよね」
「何故?敬意を払われてるんだから、問題ないんじゃ?」
俺は基本的に女性を呼ぶ時は「さん」付けで呼ぶ。
年齢が上だろうと下だろうと同じだ。
女性には敬意を払うべき、というのが俺の考え方なのだが……。
「自分より年上の人に「さん」付けで呼ばれると、年増に見えてる様に感じるのよね。いってる人はそんなつもりはないだろうけど、どうしても気になるのよ」
「そりゃもちろんそんなつもりはないけどさ。……かといってどう呼べばいいんだ?」
「さん」付けが嫌というのはわかったが、そうなると今度はどう呼べばいいのかがわからない。
「『晄』と呼び捨てでいいわよ。私はそのほうが気楽で好き」
「うーん、呼び捨ては俺の主義に反するんだけど……」
「あら、意外にフェミニストなのね。でも、本人が良いと言ってるんだから問題ないでしょ?」
「……まあ、そうだけど。……じゃあ、『晄』でいいのかな?」
「ええ、OKよ。……さて、それでは本題の方に入らせてもらおうかしら」
おっと、そうだった。
晄は「話がある」と言って来ていたのに、余談ばっかりでちっとも彼女の本題を聞いていなかったな。
「わかった、話ってなんだい?」
「先日会った、あなたの友人2人に関する調査が終わったので、その報告よ」
「……え?」
俺の友人2人、つまり士と春奈さんのことだろう。
士にEvorriorについて話してしまっているので、2人に関する情報を集めさせてもらう、と言っていたが……。
それって、かなり重要な事なんじゃないだろうか?
お読みいただきありがとうございました。
女性の呼び名って難しいですよね。
英語でも男は「Mr.」のみで済むのに、女性は「Miss」や「Mrs.」「 Ms.」といくつもあります。(もっとも、最近は「Ms.」への一本化が進んでいるようですが)
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