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第22話「所により一時、雷が」

 

 俺の運転する貨物列車は鈴河の街を走り抜け、尾上駅に到着する。

 電車ならばホームに到着するのだが、貨物列車はホームとは離れた位置にある専用の到着線へと止めることになっている。


 通常の電車ならばホームに止めて終わりとなるのだが、貨物列車は到着後にもまだ仕事が残っている。

 運んできた貨車を行き先ごとに仕分けする「入換作業」だ。

 出発する前にも入れ換えは行っているが、こちらでは到着した貨車をそれぞれの仕分線に入れなくてはならない。


 貨物列車が到着するとすぐに、構内の詰所から構内の作業掛たちがやってきた。

 これから、運んできた貨車を行き先別に側線へと仕分け、駅に溜まっている帰りの列車の貨車も仕分けて編成組み上げをしなければならない。


 だが、この尾上駅では貨車を入れ換えるために必要な操車場の長さが十分にない。

 大規模な貨物ターミナルならこんな心配も無いだろうが、なにぶん小さな駅である。


 そこで、少ない距離と時間で貨車の入換を迅速に行うための方法が、「突放入換」だ。

 最近の貨物駅ではあまり使われない入換方法だが、この鉄道では未だ現役なのだ。



 俺は連結手の指示に従って入れ換える貨車を連結すると、いったん貨車を牽いて駅を出る。

 そして、しばらく走ったところで停車。

 窓を開けて、後ろの貨車のデッキに乗った連結手の指示を待つ。


 編成の中ほどで連結器の切り離し作業をしていた連結手が再び貨車のデッキに飛び乗ると、手に持った青い旗を振りはじめた。

 確認した俺は、短く警笛ホイッスルを鳴らした後、ゆっくりと列車をバックさせる。

 

 仕分線の手前100m程まで加速してきたところでブレーキ。

 今は入換中で貨車にはブレーキ管を繋いでいないので、機関車のみの単弁ブレーキだ。

 10キロにも満たないほどの低速で走っていた列車は、機関車1両のブレーキ力でも十分止まる。


 だが、連結を切り離された先の貨車は、機関車によるブレーキの影響を受けない。

 惰性で列車から切り離されたまま、仕分線を走っていく。


 惰性で走る貨車の最後尾がポイントを通過するところで、デッキから連結手が飛び降りた。

 転轍機の脇に降り立つと、すぐにポイントを切り替える。

 ポイントが切り替わった事を確認した俺は、警笛ホイッスルを鳴らすと再び列車をバックさせた。


 貨車を工場ごとに分けると、それぞれの工場の専用線から小さなディーゼル機関車がやってきて、貨車ごと荷物を持っていく。

 そして、代わりに原材料を降ろして空になった貨車や、工場で出来上がった製品を乗せた貨車を新たに置いていく。

 そういった貨車も上りの列車のために入れ換えておかねばならない。


 行ったり来たりを繰り返しながら、貨車を入れ換え終った頃には、時計の針は13時半を過ぎていた。


 この後上りの貨物列車が鈴河港まで走るのだが、俺の今日の乗務はこの入換まで。

 昨日の昼からの通し勤務だったので、これで勤務明けとなるわけだ。



「やれやれ、さすがに1時半ともなると腹減るわぁ」


 乗務終了の報告をした後、そんな事を呟きながら詰所のドアを開けたのだが、中には先客がいた。

 

「あら先輩、上がりですか?」


 よく見知った、童顔の女性。

 中にいたのは美弓だった。

 どうやら、彼女はこれから勤務のようなのだが……。

 

「あ、ああ、今日の勤務はこれで明けだけど……」

「そうですか」


 ……なんだか、いつもと雰囲気が違う。

 やたらとこちらを見る視線が鋭い。


 その上、口調も違う。

 いつもの間延び口調ではない。

 

 彼女が普通の口調になるのは、この2つの場合だけだ。

 

 ひとつは、乗務中。

 もうひとつは……非常に機嫌が悪い時。


 今は乗務中ではない以上……考えられるのは後者のみだが……。

 

「……えーと、大原さん。ひょっとして、何か怒ってる?」

「いえ、別に。ただ、先輩にちょっと伝言があるので待ってただけですが」


 ……「別に」と言われても、ぜんぜん信じられないんですけど……。

 というか……あからさまに怒気が伝わってくるのですけど……。


 何故?


 俺が何かしたのか?

 少なくとも身に覚えが無いのですが……。


 相変わらずこちらを睨みつけたまま、美弓が話し出した。


「先輩がいるなら呼んできて欲しいと頼まれたんです」


 頼まれた?

 いったい誰に?


「えっと、誰か来てるのかな?」

「ええ、改札外の待合室に。……それにしても意外でしたね、先輩にあんな美人のお友達がいるなんて」


 美人の友達?


「しかも外人さんですか。いつからお知り合いで?」


 外人さん?


 ……あ。

 とりあえず、俺の記憶の中には、該当する人は一人しかいない。


 まあ、正確に言えば外国人ではなくハーフだけれども。

 って、今はそんな事を考えている場合じゃないか。

 彼女がここに来ているという事は、何らかの情報が入った、ってことだ。


「そ、そうなのか。わざわざ知らせてくれてありがとう」

「いーえ、どういたしまして。……私はこれから乗務なんでもう行きますけど、今度ゆっくりお話を聞かせてもらいたいですね、『彼女』について」


 美弓はそういってそっぽを向くと、そのまま詰所を出て行ってしまった。

 俺は、詰所に一人取り残される。


「……にしても、何で美弓はあんなに怒ってたんだ?」


 別に怒るような事じゃないと思うのだが……。

 と、また余計な事を考えている場合じゃないな。


 とにかく俺は晄に会うべく、詰所を出て駅の待合室へと向かった。


お読みいただきありがとうございました。


今回は久しぶりに鉄道ネタ全開です。

こんなマニアックなネタ、読んでもらえるのかどうか不安ですが、作者の趣味という事でご容赦ください。


ご意見、ご感想お待ちしております。

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