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第2話「その男、運転士(Driver)」

 鈴河駅3番線。こじんまりとしたホームに、2両編成の電車が停車していた。

 こげ茶一色に塗装されたその電車は、全体的に古めかしい形をしている。

 古びたホームとあいまって、駅の中だけが昭和の時代へとタイムスリップしたかのような雰囲気だ。

 実際この電車が作られたのは昭和30年、既に半世紀以上の時を生きてきた古豪である。


 ホームの屋根から下がった時計の針は11時25分を指している。

 お昼時だけあり、乗客の数はまばらだ。


 11時30分、ホームに発車ベルが鳴り響く。


「…尾上行普通電車、出発します…」


 ホームに駅員のアナウンスが響く。もっとも、そのホームにほとんど人影はない。


「…ドアが閉まります、ご注意ください…」


 アナウンスとともに、電車のドアは閉まっていく。


 運転席に座る男は、ドアが閉まった事を示す知らせ灯が点灯したのを確認し、


「知らせ灯良し、出発、進行!」


 と、信号喚呼する。

 そして右手に握ったブレーキハンドルを回してブレーキを解除。

 エアーの抜ける音と共に、ブレーキ圧力計の針がゼロを指し示す。

 続いてゆっくりと左手の主幹制御器マスコンを回した。


 軽いショックの後、電車はゆっくりと動き出す。

 運転士は電車のスピードを上げつつ、進路上に障害物がないか、目を皿のようにして前方を注視する。


 乗客から見えるよう運転台の後に取り付けられたネームプレートには、「運転士 遠藤大作」と書かれていた。

 そう、この電車を運転しているのは、大作であった。彼の生業は運転士なのである。



――――――――――



 

 俺の運転する電車は市街地を抜け、工場の立ち並ぶ工業地帯へと向かっている。この町は昔からアルミ精錬の街として栄えた工業都市だ。

 今でも町の中心産業は精錬や金属加工など。

 さらに、戦後は製紙工場も立ち並ぶようになった。

 しかし、町の発展に伴って、市街には悪臭が漂い、港にはヘドロが堆積するようになった。 学生時代の友達も、大抵この公害に塗れた町なんか嫌だと言って都会へと出ていっちまった。


 だが、俺は自分の生まれたこの街が好きだ。


 それに、俺はこうも考えている。

 人は工場が作り出すモノによって豊かさを享受しているのだから、同時に発生してしまう負の産物から顔を背けてはならない、と。

 まあ、この持論を展開すると、「変わってる」と言われはするが。


 30分ほどで、電車は終点尾上駅へと到着する。今日の停止位置誤差は……マイナス5センチってところか。

 ま、悪くない。

 電車の保安ブレーキを掛けてマスターキーを抜けば、この乗務は完了だ。


「遠藤先輩〜!」


 ホームに降り立つと、反対側の運転室から降りてきた車掌が俺を呼び止め、走り寄ってきた。

 俺とそう違わない年頃の女性である。彼女の名前は「大原(おおはら) 美弓(みゆ)」。

 俺の1年後に入社した後輩で、去年見習期間を終えて車掌勤務に配属になったばかりの新顔だ。

 俺とは1歳違うだけなのだが、持ち前の童顔のせいか、まだ10代の様にも見える。

 童顔を本人はあまり気に入っていないらしいが、たまに30代に間違えられる俺にとって、若く見えるってのは羨ましいんだけどな。


「あ、大原さん、お疲れ」


 駆け寄ってきた美弓に右手を上げて答える。美弓も、


「お疲れ様です〜」


 といつもの緊張感ゼロの間延びした口調で返事を返してくれた。


 並んで駅の端にある乗務員詰所へと向かいながら、美弓が思い出したように尋ねてきた。


「そういえば先輩、一昨日は遅くまで駐車場に車無かったですけど、また赤谷峠行ってたんですか〜?今度行くときは私も連れてってくれるって約束したのに〜!」

「う……やっぱバレたか……」

「当然でしょ!お隣さんなんですから〜!」


 実は彼女、最近車にはまっており、峠の走り方を教えて欲しいと頼まれているのだ。

 彼女は俺のアパートの隣の棟に住んでいるので、彼女が在宅中に俺が出掛かれば大抵ばれてしまう。

 もっとも、俺の愛車ワークスは排気音の大きいスポーツマフラーを装備しているため、彼女のように気にかけていなくとも出かけるのを知るのは難しいことではないのだろうけど。


「わかったわかった、次は一緒に走りにいくから、そう怒らないでくれよ」


 とりあえずこの状況を回避せねばと、提灯の如く頬を膨らませている美弓にそういってみる。

 しかし、その程度では美弓の怒りは収まってくれないらしく、こう切り返されてしまった。


「先月も同じ事言って、しっかりすっぽかしてくれましたよね〜?」

「ぐ……」


 そう言われると返す言葉がない。


 こっちもわざとすっぽかしているわけではない……。

 のだが、俺は思い立つとすぐに走りに行ってしまうので、たいてい峠についてから約束を思い出すのである。


 言葉に詰まる俺を見て、美弓はニヤつきながらこう切り出した。


「もう12時過ぎちゃいましたね〜。今日は何食べるんですか〜」

「……わかったよ、昼飯奢れってことだろ」

「さすが先輩〜。勘がいいですね〜」


 そういって美弓はしてやったりという顔をする。


 ……この顔から察するに、どうやら最初からこういう展開に持っていくつもりで昨夜の話をしていたらしい。

 外見や口調とは裏腹に、美弓は結構抜け目がないのだ。

(こりゃ完全にはめられたな……。まあ確かに約束すっぽかしたのは事実だし、昼飯くらいで手を打てるなら大人しくしといたほうが無難か)

 そんなことを考えながら、俺は美弓とともに折り返し列車乗務までに昼食を済ますべく駅を出た。




お読みいただき有難うございました。


相変わらずSFらしくないですね……。

後1〜2話でそれっぽくなると思いますので、もうしばらくお付き合いください。


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