第18話「エンカウント」
俺と晄を乗せたジムニーは、北ルートから分岐する林道を走っていた。
当然未舗装で、申し訳程度に砂利の敷かれた凸凹の悪路である。
普通の車なら走る事すら難しい路面状態だが、ジムニーは悪路をものともせずに走り続けている。
さすが、オフロードでこそ真価を発揮する車だ。
だが、車内の方はとんでもない勢いで揺れている。
丸でカクテルシェーカーの中にでも放り込まれているのかと錯覚するほどの振動だ。
振動で舌を噛みそうになりながらも、俺は晄に何とか質問した。
「ま、まだつかないのか?……うわっと!」
「後5分もすれば着くわ。もう少し我慢しててくれる?」
こういったオフロードを走るのに慣れているのだろうか、俺の問いかけに晄は平然とした顔で答える。
「わ、わかった……痛っ!」
一方の俺はといえば、返事をした拍子に下からの突き上げをもろに喰らい、天井に頭を強打してしまった。
ジムニーの屋根は申し訳程度に内装材が張られているだけの頑丈な鉄板である。
当然、とても硬い。
つまり……非常に痛い。
「痛……」
「大丈夫?」
助手席で頭を抱えている俺を心配してか、晄が声を掛けてくれる。
気遣ってくれるのは嬉しいのだが……。
スピードを落として揺れを軽減するという所には考えが及んでくれないらしい……。
激しい揺れに耐えること5分、ようやくジムニーが止まった。
「ここが……目的地?」
「ええ、そうよ」
俺の問いかけに、晄は短く答える。
そう言われて俺も辺りを見渡すが、暗くて今ひとつよくわからない。
それでも、だんだんと慣れてきた目を凝らしてみると、周囲は森ではなく開けた土地である事がわかった。
茶色の土があるだけの、何の変哲も無い空き地である。
周囲に人工物は何も無い。
ヘッドライトの照らす場所以外は、星明りでようやく周囲が見える程度なので、はっきりと断定は出来ないが、別段異常があるようには見られない。
「なぁ、ここの何処が『調査が必要な場所』なんだ?何もない、ただの空き地じゃないか」
「……本当にそう思う?」
問いかけた俺に対して、晄は質問で返してきた。
「そう思うも何も、ただの空き地にしか見えないが……」
「その、『ただの空き地』が何故、こんな山の中にあるのかしら?」
「あ……」
言われてみて初めて気がついたが、確かにそれは妙な話だ。
四駆の車で来るのがやっとなほどの山奥に、何故このように下草すら生えていない空き地があるのか?
それに、平らに見えたこの空き地もよく見てみると、所々抉られたように茶色い地肌が轍になっている。
かなり深いもので、自然に出来るような類の轍とは思えない。
その上不思議な事に、どの穴も示し合わせたかのように等間隔に二つ並んでいる。
「こっちに来てくれる?」
そう言いつつ、晄がその一つへと近づいていく。
俺も急いで彼女のあとに続いた。
「覗いてみて」
晄がそういいながら、手に持ったヘッドライトの光を轍の中へと差し入れる。
本来ならばただ土が見えるだけだろう。
が、そこにあったものは土ではなかった。
いや、土には違いないだろうが、まるで焼き物の表面のように硬くなっている。
さらに、硬化した土のあちこちに埋め込んだかのように、透明な宝石のようにも見える石が点在していた。
「……これは?」
「触ってみれば解るわ」
俺は晄にそう言われて、恐る恐るその光る石のようなものに触れる。
それは予想外に脆く、俺が触れるとすぐに音を立てて割れてしまった。
「これはひょっとして……ガラス?」
「そうね」
「何故こんなところにガラスが?」
「土の中に含まれている砂の成分が、熱によってガラス化したのよ」
「なるほど……。って、ちょっと待て、何でこんなところにガラス片があるんだ?」
俺もガラスが砂を熱で溶かして作るものだという事くらいは知っている。
だが、何故ここにそんなガラスの破片があるのかがわからない。
俺が質問すると、晄は呆れたように返してきた。
「……まだ気付かない?あなただって昨晩見たはずよ、『生体プラズマ砲』を」
「……あ」
確かに、言われてみれば、そうだ。
昨日の夜、晄が俺を守ろうとしたときに受け続けたビーム砲の様な物、あれは確か『生体プラズマ砲』という名前だったはずである。
何でも、磁場によってプラズマを収束して発射する兵器で、EvorriorやEvoldierの固定火器として装備されているという事だったが……。
「つまり、ここでEvorriorかEvoldierがプラズマ砲を撃ちあった為に、こんな跡が出来たってわけか?」
「そういうことよ」
「じゃあ、やっぱりこの街で『Victim・Trial』が行われてるって事か?」
「それは解らないわ。昨日も言ったけれど、これも囮である可能性があるの。確証が得られない限り、性急に判断するのは……危ない!」
話の途中で突然、晄が俺の手を引っ張って地面に伏せさせた。
次の瞬間、ほんの一瞬前まで俺たちが居た場所を、青白い光芒が通過した。
俺たちを仕留め損なった光芒は、そのまま地面に激突する。
激しい土煙の後には、先ほど俺たちが覗いていたものと同じ、二つの穴が出来上がっていた。
「……どうやら、悠長に調べている時間も余裕も無くなったみたいね」
システムを起動しつつ、晄がそう呟く。
もちろん、俺もすぐにシステムを起動した。
紅と白、暗闇の中に二つの輝く人影が立ち上がる。
それを待っていたかのように、漆黒の森の中から、昨晩と同じくダークグレーの外観をしたEvoldier達が次々と現れた。
「敵」を確認した晄が、Evoldierの一人に向かってプラズマ砲を放つ。
青白い光芒が、山の空気を切り裂いて突き進む。
その光はあたかも、今宵の戦いの幕開けを告げる信号の様だった。
お読みいただきありがとうございました。
劇中のジムニーの揺れは実体験を基にしております。
この車、悪路走破性能は高いのですが、本当によく揺れるんですね。
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