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第15話「セルフイントロダクション」

 俺たちはワークスのエンジンが冷えるのを待って、再び山頂のパーキングへと戻った。

 既にバトル開始から1時間ほど経過している。

 クーリング中も、上る最中もまったく他の車と出会う事はなかったが、とりあえず待つことにする。

 北ルートを下ったAZ-1が、再び戻ってくるかもしれないからだ。

 しかし、AZ-1が姿を見せる気配は無い。

 

 俺たちが待ち始めて10分ほど経った時、俺たち3人のものではない排気音エキゾーストノートが聞こえ始めた。

 今回も真っ先に聞きつけた士が呟く。


「お、一台上がってきたみたいだが……南からだな。しかも、ロータリーじゃなさそうだ」


 士の言うとおり、AZ-1の走り去った北ルートからではなく、南ルートの方から排気音エキゾーストノートが聞こえてくる。

 先ほどのAZ-1とは違い、通常のレシプロエンジンの音だ。


 排気音エキゾーストノートの高さから考えて、そう飛ばしているわけではない。

 むしろ流しているといった雰囲気だ。

 珍しい事だが、走り屋以外の車が夜にここを走っているらしい。


「確かに南から上がってきてるみたいだが……。しかし珍しいな、この時間帯に走り屋じゃない車が上がって……」

 

 そこまで言った時、俺はあることに気が付いた。

 急いで、腕に嵌めた時計の針を確認する。


「あ……」


 時計の針は、9時50分を指していた。

 待ち合わせの時間まで後10分。

 という事は……。


「……上がってきてるのは恐らく……『彼女』か。士、そういうわけだから、そろそろ……」


 昼の話ではもっと早く帰ってもらう予定だったが、ワークスのオーバーヒートで予想以上に時間をとられてしまった。

 俺は約束どおり士に帰ってもらおうとしたのだが……。


「そう言うなって。せっかくだ、俺も顔ぐらい見ておきたい」


 ……ちょっと待て。

 ……昼間と言っている事が違くないか?


「おい、昼間は『早めに退散する』って言ってたじゃないか」

「まあ、今更5分10分遅くなってもかわりゃしないだろ?」

「お前な……」


 あくまで帰る気はないらしい。

 顔のにやつき加減からして、最初(ハナ)っからこういう展開に持ち込むつもりだったようだ。


「あの、今上がってきている車って、大作さんの知り合いなんですか?」


 平行線を辿る俺たちの会話に、春奈さんが割り込んだ。

 晄の事を知らない春奈さんにとって、誰の事を話しているのか判らないのは当然だろう。

 

「ああ、大作の知り合いだ。女性の(・・・)。ここで待ち合わせてるんだと」

「えーっ!女の人と待ち合わせですか?大作さんが!?」

 

 女性の、という所を聞いた途端、春奈さんは驚いたように声を上げた。

 ……そりゃ、これまで浮いた噂の一つも立たなかった俺が、女性と待ち合わせてると聞けば意外に思うかもしれない。


 けど、そこまで驚かなくても……。


「……そこまで驚く事ないんじゃない、春奈さん……」

「ご、ごめんなさい。でも、私も会ってみたいです」


 士同様、春奈さんも興味津々といった雰囲気でそう言ってくる。

 2対1、多勢に無勢だ。

 どうやら、これ以上拒否しても無駄らしい。

 ……というか、拒否する気力がない……。

 ……今の春奈さんの反応で一気に脱力してしまった。


「……判った判った、別にいいけどさ。でも二人が期待しているような仲じゃないんだけどな……」


 俺が溜息を吐きつつそう言った時、丁度下から上がってきた車がウインカーを出し、パーキングに入ってきた。

 

 角張った2BOXスタイルのボディを持つ、小柄な車である。

 カラーリングはシルバー。

 高い車高と、車体に見合わない巨大なタイヤが目を引く。

 フロントバンパーには、フォグランプと一緒にカンガルーバーが装備されている。


 入ってきた車は、俺のワークスと同じくスズキの軽自動車、ジムニーであった。


「珍しいですね。ジムニーに女の人が乗ってるのって」

「確かに、ずいぶんと男っぽい車に乗ってるんだな」


 春奈さんと士が言う。

「女性オーナーが珍しい」という事に関しては俺も同意見だ。

 

 スズキ・ジムニー。

 軽自動車でありながら、梯子型(ラダー)フレームと板バネ(リーフスプリング)式サスペンションを装備する、本格的なクロスカントリー四駆だ。

 悪路走破性に関しては、トップクラスの実力を持っている。

 割合にメジャーな車ではあるが、オーナーの殆どは男性だ。

 何しろ快適性にかかわる装備は皆無、乗り心地もトラックの荷台並みに悪いのである。

 悪路を恒常的に走る必要でもない限り、進んで乗りたがる女性はそういないだろう。


 第一、初代のキャッチコピーからして、「男の相棒」である。



 パーキングに入ってきたジムニーは、俺たちの車の横に止まった。

 ドアが開き、中からドライバーが降りてくる。

 

 予想通り、降りてきたのは晄だった。

 

「こんばんは。約束の時間通りね」

「もちろん。俺の仕事は時間に正確でないと勤まらないからな」


 俺と他愛のない会話をする晄を見つめたまま、士と春奈さんは固まっていた。

 確かに、彼女は見るからに日本人離れしており、非常に目立つ。

 それに加えて予想以上に美人だった事に驚いているらしい。

 ま、昨日の俺も似たようなものだったが。

 

「ところで、此方の2人は?」


 晄が2人の方を見ながら俺に聞いてくる。

 彼女もさっきから気になっていたらしい。


「ああ、この2人は、『渡良瀬 士』と、『岬 春奈』さん。2人とも俺の友人だよ」

「そうなの。……初めまして、『中嶋 晄 クリスティーナ』です。よろしく」

「……あ、渡良瀬です、よろしく」

「み、岬です、よろしく」


 晄が自己紹介した所でようやく、2人とも我に帰ったらしい。

 若干しどろもどろになりながらも、それぞれ自己紹介する。


「それにしても珍しい車に乗ってるんですね?」


 春奈さんがこう切り出した。

 現時点で、春奈さんと晄の間で共通の話題といったら、これくらいしか思いつかないからだろうか。


「そう?私はそれほど珍しいと思ったことはないわね」

「車自体はそうかもしれませんけど、女性でジムニーに乗ってる人って殆どいませんよ?」

「確かにそうかもしれないけど、私は私なりに考えてこの車を選んでるのよ。女だから、男だからという視点で乗る車を選ぶのはナンセンスね」


 2人はジムニーについて話を始めてしまった。

 もっとも見ている限り、春奈さんが積極的に話しかけており、晄はそれに応じるといった感じである。

 外観こそ大人しい雰囲気のある春奈さんだが、実は結構な話し好きなのだ。


 晄も調査がある以上、出来れば切り上げたいというところが本音だろう。

 それでも邪険にせずに応対している。

 春奈さんが俺の友人という都合上、気を使ってくれているのかもしれない。


 (さて、どうするかな……。無理に帰らせても不審に思われるかもしれないし、かといってあまり遅くなると肝心の調査に掛ける時間がなくなってしまうし……)


 俺は困ったという顔で士の方を見る。

 晄がここにきた理由を知っている士も、これはあまりよくない事態だと察知してくれたらしく、XXのドアノブに手を掛けた。


「さて、噂の彼女の顔も見た事だし、俺たちは御暇させてもらおうか、春奈?」


 (士にとっての)当初の目的は果たしたわけだし、これ以上居座って俺と晄が事件の調査に行くのを邪魔するのもまずいと考えてくれているのだろう。

 

「えー、私はもう少しお話したいです」


 ぐずる春奈さん。

 ……頼むから空気を読んでください。


「ほら、あんまり2人の邪魔をするのも悪いだろう?2人でこれから出かけるみたいだし」


 士の「2人で出かける」という単語に、春奈さんは敏感に反応した。

 

「な、なるほど。そうですね、何時までもお2人の邪魔はまずいですよね。後は2人きりに……」


 ……待て。

 その「お見合いの時の両親の台詞その一」のような発言は何だオイ!?


 春奈さんの台詞の意味を理解していないのか、晄は平然とした顔で応じる。


「ええ、私もそうしてもらえると助かるわ。彼とはこれから2人で行く所があるし」


 どうやら、事件の調査でどこかに行くらしい。

 もちろん、晄の言葉に他意はないのだが、春奈さんは顔を赤くしながらやたらと反応した。


「えーっ!?『2人で行く所』ですか?」

「? そうだけど、それが何か?」

「だ、大胆ですねー」


 ……なんか、春奈さんは物凄く勘違いしてないか?

 これ以上ややこしくなる前に、釘を刺しておいたほうが良いかもしれない。


「……あの、春奈さん?さっきも言いましたが、彼女と俺は別に恋愛関係というわけじゃないのですが?」

「またまた、惚けちゃって!隠さなくたって良いじゃないですか!応援しますよ?」

「だから違うって!」

「はいはい、じゃあそういうことにしておきます。それじゃ、お2人とも頑張って」

「……何を『頑張る』んだ?何を!?」


 結局、春奈さんはそういいながらコペンで走り去ってしまった。

 士も、お手上げのポーズをとりつつXXに乗りこむ。


「まあ、なんだ、春奈はかなり勘違いしてたみたいだが、頑張れよ。俺もこの街には早く平和になってもらいたい」

「ああ、努力する。……出来れば、春奈さんに誤解だって言っといてくれるか?なんだか物凄く勘違いしてるみたいだし」

「うーん……言ってはみるが……あいつ思い込みが激しいから、信用するかわからん」


 ……おい、誤解の種をまいた張本人がそれは無いだろ。


「つーか、お前にも責任の一端があるんだぞ?そこんとこ、解ってるんだろうな?」

「わかったわかった、話しておくよ。それじゃあ、気をつけて」


 XXの窓越しにそんな会話をした後、士も去っていった。

 パーキングには、俺と晄の二人が残される。

 

「さて、それじゃあ調査を始めましょうか。……でも、その前にあの2人について話してもらおうかしら?」


 ……晄の声にそこはかとなく棘がある気がするのは……気のせいだろうか。


 ……気のせいであってくれればいいのだが……。

お読み頂き有難うございました。


スズキジムニー、私が生まれて初めて運転した車ですが、物凄い振動に閉口した思い出があります。

今ではそのジムニーも廃車になってしまいましたが……。


ご意見、ご感想お待ちしております。


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