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第10話「ヘッドライトと、力の意味」

 しばらく後、士が問いかけてきた。

「……ところで、俺もEvorrior(エヴォリア)って奴がどういうものなのか、具体的に知っておきたい。実際に見せてくれないか?」


 その疑問は当然だろう。

 それに、Evorrior(エヴォリア)は口で詳細に説明するより、実際に見たほうが良く判る。

「判った、ちょっと離れててくれ」


 俺の言葉に、士は俺から5mほど離れる。

 それを確認して、俺はEvorrior(エヴォリア)を起動した。

 頭の中で、「起動する」ことをイメージする。

 彼女の説明によると、脳内のナノマシンが「意識」という電気信号の中から「起動」という信号を検出して、システムを立ち上げる(ブートストラップする)らしい。


 俺の視界が一瞬、白く染まる。

 次の瞬間、俺の体は昨晩と同じく全身真白に輝く装甲で覆われていた。


「……こりゃ驚きだ……。こんな技術が実在するとは……」


 士は目を丸くしながらこちらを見ていた。

 あらかじめ聞いていたとはいえ、やはりこれは驚くだろう。


「……しかし、ずいぶんと綺麗な物だな。まるで芸術品だ……」


 士が呟く。


「芸術品」。

 確かに、それは俺も昨日から感じていた事だ。

 全身を覆う装甲は、僅かな光の中でもはっきりと判るほどの光沢(ブリリアント)を放っている。

 これが何なのか知らない者が見れば、クリスタルガラスか宝石で出来た芸術品、と考えてもまったく不思議ではない。

 だが……。


「綺麗なものが常に、人に益を与える存在ではないんだよな……」


 俺の口から思わず、そんな言葉が漏れる。


 見た目がどんなに綺麗だろうと、これは「兵器」。

 ……闘いの為に造られた(ツール)

 ……一人の人間が持つには、あまりにも過ぎた「力」。

 

 システムを解除しながら、呟く。


「俺は自分の意志でこの「力」を使うと決めたけど……。正直言うと、不安なんだよ」

「不安?戦う事がか?」


 士が問いかけてくるが、俺は首を横に振った。


「……大きな力ってのは、誰の目にも魅力的に映るものだろ。いつか、俺もこの力に魅入られて、自制できなくなるんじゃないか、ってね……」


 力を行使する事は、本来、問題解決の為の最後の手段。

 だがいつか、問題に対して力「でしか」解決できない存在になってしまわないだろうか。


 俺を励まそうとしてか、士が明るい口調で話しかけてくる。


「俺は、そうは思えない。『力を行使する』という行為に対して、疑問を持つ事が出来るのなら、力に溺れる事はないと思う。……そうだ、ちょっとこっちの部屋に来てくれないか?」


 そういって士は、ホールから続く展示室のひとつへと入っていった。

 何をするつもりなのか判らないが、とにかく俺も士の後に続く。


――――――――――


「これを見てくれ」


 士がそう言いながら、薄暗い展示室の棚に並べられた展示品を指差した。


 年季の入った、円筒形をした機械。

 真っ黒なボディに、薄く黄色がかったレンズがはめ込まれている。

 それは、鉄道車両用のヘッドライトだった。


「……このヘッドライトが、どうかしたのか?」


 かなり旧いという点以外には、別段代わり映えのしないヘッドライト。

 士が何を言いたいのか、さっぱり判らない。


「ま、今のままじゃわからないだろうがな。ちょっと待っててくれ」


 そういうと、士は別の部屋へと消えた。


 一人取り残された俺は、改めてそのヘッドライトを見る。

 ライトの天辺には、製造年月と製造工場を示す銘版が取り付けられていた。


「昭和9年、6月製造・・・・・・か」


 ざっと70年以上前に造られた事になる。

 確かに旧い物だ。

 最も、ただ旧いというだけなら、この博物館にはそういった展示品がそれこそ山ほどある。

 やはり、このヘッドライトを俺に見せた意味が判らない。


 ヘッドライトを前にして悩んでいたところで、士が帰ってきた。

 左手には懐中電灯のようなものが握られている。


「……なんだ、それ?」

「すぐにわかるさ、見てろって」


 そういうと、士は懐中電灯のスイッチを入れ、俺の前にあるヘッドライトに向けた。

 次の瞬間、古ぼけたヘッドライトは、その無骨な外観にそぐわない、美しい光を放ち始めた。


「な……」

「どうだ、綺麗だろ?」


 士の声に、俺は思わず頷く。

 通常、電球を使用したライトの光はオレンジに近い白になる。

 俗に電球色といわれる、あの色だ。

 だが、そのヘッドライトからはエメラルドグリーンの光が放たれている。


「何だこれ……?こんなヘッドライト、見た事ないぞ!?」

「まあ、そうだろうな。これは今では造られていないんだ」


 そういいながら、手に持った懐中電灯らしきものを示して説明を始める。


「これは懐中電灯じゃなく、紫外線を放つブラックライトなんだ。これでこのヘッドライトを照らすと、ガラスの中に含まれている「あるもの」の力で、こうやって美しい光を放つ。もっとも、この光は副次的なものであって、本来は短波長の光をカットしてライトの光を遠くまで届く様にする為に使ってたそうだが。……さて、何が含まれてると思う?」


 「何が?」と言われても、今日初めて見た人間にそんな事が判る筈がない。

 とりあえず、ヤマカンで答えてみる。


「蛍光塗料?」

「はずれ」

「光ファイバー?」

「違う。……というか、それはガラスそのものじゃないか。ガラスに『含まれるもの』じゃないだろ」

「……確かに。じゃあ、宝石のエメラルドとかサファイヤ?」

「確かに鉱物ではあるが、宝石じゃない。そもそも、そんな高価なものをライトに使える訳がないだろ」

「うーん。……ヒントは無しか?」

「無し」


 ……即答かよ。



「……全く想像がつかない。降参」


 知らんものは考えてもどうしようもない。

 潔く両手を挙げる。

 それを見て、士が口を開いた。


「じゃあ、答えを教えようか。……正解は、『ウラン』だ」

「うらん?……ウランだって?まさか核兵器なんかに使われる、あの?」

「そうだ」


 俺は、あまりにも意外な答えに驚いた。


「じゃあこれ、放射線とか出てるのか?」

「いや、含有量は0.1%位だから、放射線は自然界と変わらないレベルだ」

「にしても、まさかそんな物が含まれてるとはね……」


 現在作られていないというのも当然だろう。

 某映画のタイムマシン開発者でもあるまいに、核物質なんて物騒なものを個人が所有していたら大問題だ。


 ヘッドライトを見ながら、俺は士に話しかけた。


「……なるほど。ようやく、士が何を言いたいのか判ったよ。……同じ材料(ウラン)を使ったとしても、このライトや原子力発電所のように、人の役に立つことも出来るし、人類を破滅させるような兵器にも出来る」

「そういうことだ。力はあくまで力。その力を益に出来るか、害にしか出来ないか。全ては持つ(ヒト)の使い方次第ってな」


 その言葉が、俺の不安を消してくれた。

 使い手次第で、「力」は良い物にも悪い物にもなる。

 力に不安を感じて怯えていても、何も始まらない。

 そんな事より、その力を正しいと思える事に使えるように努力する。


 それが、ベストの答えなのかは、俺には判らない。

 だが少なくとも、今の俺にとってベターな回答だと思えた。


「ありがとう、士。なんか、楽になった気がする」

「よせよせ、礼なんて。俺はそんなに大それたことはしちゃいない」


 照れくさそうに頭をかく士をみながら、俺は思った。

「相談してよかった」と。

 

 話を切り上げて、館の外へと出る。

 外は相変わらずいい天気である。

 昼飯を奢るという約束を果たすために、俺たちは列車食堂「昴」へと向かった。


 道すがら、士が唐突にこんな事を言い出した。

 

「なあ、今夜、峠に行かないか?どの道、くだんの晄さん……とは峠で会う約束をしてるんだろう?」


 確かに、彼女とは今夜また峠で会うと約束しているが……。

 何でいきなりそんな話になるんだ?


「別に問題ないけど……。何でいきなり?」

「おいおい、走りに行くのに理由なんて要るのか?って以前から言ってるのは何処のどいつだ?」

「……そりゃ、間違いなく俺の事だろうけどさ。でも、あそこは今危険だって話したばっかりだろ?」

「ま、でもお前と一緒なら安心じゃないか。……実は、俺の車、またちょっとイジったんだよ。シェイクダウンがてら、一勝負したいんだ」

「……言っても聞かないってのはお互い様みたいだな。……わかった。でも、あまり遅くならないうちに帰れよ。遅い時間帯は危険だし、彼女と10時に山頂パーキングで会う約束をしてるから」

「よっしゃ、了解。じゃあ早めにに退散するよ」


 と、そこまで話したとき、ちょうど俺たちは「昴」の前まで歩いてきていた。

 食堂車の厨房からは、相変わらずいい匂いが漂ってくる。

 その匂いに惹かれるようにして、俺たちは車内へと入った。


 さて、何を頼もうかな?


お読みいただき有難うございました。


作中に出てきたウランガラスヘッドライトですが、実際に某博物館が所蔵していたりします。

見た事のある人もいるかもしれませんね。


ご意見、ご感想お待ちしております。

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