母親視点 -子の心母知らず―
私には旦那様との子供が二人いる。
長男のアルは私と旦那様の髪と目の色を引き継いでいた。また、生まれた時から愛嬌があり、周囲を幸せにしていた。
その二年後に子を身籠った時も、アルのようにさぞかし可愛い子だろうと、家族全員で心待ちにしていた。
生まれたのは家族の誰とも違う髪と目を持った男の子だった。
してもいない不貞を疑われる、という恐れだけでなく、もう一つの理由から私はアレクシスと名付けたその子を可愛いとは思えなかった。
どうしてか生まれたその子を見た時、『他人の子だ』と思った。
紛れも無く自分がお腹を痛めて生んだ子供だというのに、どうしてかそう思ってしまった。
アルの時は授乳以外でも何かと構っていたというのに、アレクは授乳以外は何も世話をしなかった。
授乳を終えるとアルが物心つき出して更に可愛くなったのもあり、私は完全に赤ん坊だったアレクを手離した。
それでも最低限母親の務めとして四季折々や時期にふさわしい衣服を手配し、時には声をかけ、頭を撫でた。
アレクは私や旦那様が何をしても喜ばなかった。ただ淡々と礼を言い、頭を下げた。
それも尚更気味が悪かった。
だというのにアルは弟が可愛くて仕方ないらしく、何かと構い、自分の側に置きたがる。
年少の者の面倒を看るのも、兄としての自覚に目覚めた事も歓迎すべきことなので表立っては止めなかったが、本当はあまりあの子と関わってもらいたくなかった。
アルまでアレクの影響を受けそうで嫌だったからだ。
アレクが先日誕生日を迎え三歳になったので、旦那様が魔力適性を受けるようおっしゃった。
アルの時は私が付き添ったが、行きたくはない。それでも私が連れて行くしかないだろうと仕方なしに申し出ようとすると、アルが自分で連れて行きたい、と言い張った。
我が儘一つ言わないアルがあまりに言うので私達はそれを認めた。
私は心配しながら馬車に乗って教会に向かう二人を見送った。
帰って来た二人は神官様を連れて来た。
一体どんな粗相をしたのかと慌てていると、主人を呼んで欲しいと言われた。
使用人に書斎におられる旦那様をお呼びするよう命じ、その間神官様の相手をするが、気が気でなかった。
それなのに当のアレクはアルに構われ困り顔をしているだけだ。
その様子を見て、これはもう遠縁に養子に出した方がいいかもしれない、と思っていると旦那様がお越しになった。
旦那様も揃うと、信じられない事を教えられた。
何とアレクは並々ならぬ魔力と卓越した魔法のセンスを持っているとのことだった。
これは是非きちんと教育し、成長させるべきだと。
こうなってはアレクを手離すわけにいかない。
そこまで強大な魔力を持った者を下位の貴族にすると秩序が乱れるし、何よりそうした強大な魔力の扱いは高位の貴族にしか伝わっていない。
ということは、アレクという厄介な存在を我が家は抱え込み続けなければならない。
これでは将来アルが家を継いでからも色々な問題が起こるのは目に見えている。
…何と厄介な…
そんな私達の気も知らずに神官様はアレクのことを褒めちぎる。
お帰りになる時も神官様はニコニコとアレクの頭を撫でられた。
アレクが倒れたのはその数日後だ。
使用人よりアレクが屋敷の裏手の山の麓で倒れていたと報告され、私は様子を見に行った。魔力の暴発か暴走だろうと思ったからだ。
しかしその一帯には何ら変化は見受けられない。
だが、アレクの様子は紛れも無く魔力の過剰使用の症状だ。
私はわけがわからないままアレクを寝室へと運ばせた。
魔力の過剰使用は幼い子供にはよくあることだ。
数日の間高熱を出して寝込み、その間は魔法の心得のある者でなければ側にいるのも危うい。
そうなると私がアレクの看病をするしかなかった。
アルの時は心配でずっとベッドの側にいたが、そうする気にもならずに寝室の隣のアレクの部屋で待機することにした。
何となしに部屋を見回すと、机にはまだ読み書きも教えていないというのに本が積み上げられ、書きかけの羊皮紙にはアレクの物らしき下手な字が書き綴られていた。
とても三歳児の部屋ではないと薄気味悪く思っていると、ふと壁際のガラス張りの本棚に伏せて置かれた写真立てがあった。
ふと気になり立て直すと、目を見張った。
伏せて置かれていたのは家族写真だった。
慌てて部屋を見回すと私や旦那様の写真は見つけられず、あるのはアルと一緒に映った写真のみだ。そのどれもがアレクは困り顔か、引きつったような笑みだった。
毎年誕生日に描かせて贈っているアレク単体の肖像画も裏返しにして部屋の隅に重ねて置かれていた。
アレクは旦那様や私の顔を見たくもなく、兄のことは受け入れている。しかし、自分の事はあまり好きではないようだ。
……そうさせたのは紛れも無く私達なのだろう。
何もしていないのに、勝手な理由で突き放した大人の。
そう思うと堪らなくなり、アレクの元へ行った。
寝室でアレクは一人泣いていた。
私は堪らずアレクを抱きしめた。
もうこの子を突き放しはしない、そう心にして。