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敬大(けいた)目線 -オレと悪友の最後のやんちゃ 下―



 雲行きが怪しくなったのは、樹海の中程に入った頃だった。


 突然頭を殴りつけられたような衝撃が走り、一瞬意識が飛んだ。

 自分の中の何かが揺らぎそうになり、マズイ、と思った。


 この奥にいるのが真打ちだ。

 オレ達はそいつらのいる方に誘い込まれようとしている。


 …ここから先はオレじゃ無理だ…


 そう判断し、二人に注意を促す。


「息吸って腹の底に力込めろ。


 自分の芯を見失うな」


 こうした指示に慣れている二人は、戸惑うこともなく、難なく実行する。


 二人ともオレとこうした出来事と関わる内に、幽霊やちょっとした悪霊にはビクともしない図太い神経の持ち主になっている。

 だからこんな時も動じず、泰然としてみせる。



 このままだと自分を見失い、発狂したようにそいつらが口を開けて待ち構えている場所に自ら飛び込む事になる。


 そうならない為には自分を見失わないよう、腹を据えて冷静になる必要がある。


 二人に指示した『自分の芯を見失うな』ってのは、イメージとしては自分を軸に、周囲に自分の領域を作る感じだ。

 その領域でなら自分が何者にも侵されない、そう確信する強固な砦をイメージする。



 二人の芯が定まったのを確認して、唇に人差し指を立てて、伸ばした腕を後方斜め下に下げる。


 これはオレらの間の〝撤退〟の合図で、オレがこれを出したら有無を言わさず撤退する事になっている。

 この時は爽介もごねない。



 こうして慎重に撤退にかかったが、とうに奴さんの手中だったようで、気がついたら『それ』が目の前にあった。


 正直、『それ』の有り様は詳しく語りたくも無い。

 ただ、嫌な雰囲気がビシバシと叩きつけられてくる。人生でついぞ体験したことの無い鳥肌が全身に立ち、ぞぉうっとした。


 足が竦みそうになるのを振り払うために、腹の底から大声を出す。


「逃げろ!!」


 大声が『それ』に呑まれかけていた二人の気付けになったようで、声掛けするとすかさず踵を返し、走り出した。




 だが、三人での逃走も長くは続かなかった。




 はぁ、はぁ、と息を切らせながらオレは木々の間を縫って走る。

 両脇に抱えるのはとうに息絶えた悪友二人だ。


 こんな危険地帯じゃ遺体の回収なんて出来ない。

 けど、遺体はちゃんと弔ってもらわなくちゃ駄目だ。


 いや、弔うだけならオレだけでも出来る。

 でも、死者の弔いは死者とその家族との別れの為に必要な事なんだ。


「…くっそう…くっそう…」


 込み上げてくるのは次々と押し寄せる後悔と口惜しさだ。



 神様の守護に胡座をかいて無茶苦茶しまくって。

 そのくせ身体は鍛えても、こういった本格的にまずい〝魔〟への対処はまともに学んでいなかった。


 もし学んでいたところで、神様に退けられないものがオレにどうこう出来たとは思えないが、それは気概の問題だ。


 それともなまじっか、それなりな相手になら対処出来るから自惚れていたのか。


 オレに対処出来るのは精々力のさして無い幽霊と、地縛霊や悪霊程度だっていうのにな。

 それも一度に相手に出来るのは一体きり。


 こんな、数百年もの怨念を抱え込み、この場に集ったもの、引き寄せられたものが固まった怨霊なんて、相手に出来るわけがなかったんだ。


 なのに怖い物見たさで安全圏から足を踏み入れた。


 この場所がどれだけ危険か、気づけもしなかった。

 気づいた時にはもう遅かった。




 そうなっても神様はオレを助けようとしてくれた。

 でも、いつもならオレのついでに助けてくれる悪友達(こいつら)は諦めろと。



 オレは黙って首を振り、悪友との逃避行に身を投じた。



 しかし、まず爽介が倒れ、続いて佑也が倒れた。



 多分、神様がオレのついでで与えていた加護を取り上げた順だろう。


 『あれ』は神様の加護が無ければ、呼吸する事も危ういような圧倒的で、禍々しい存在だ。



 神様はこの状況に追い込んだ爽介は早々に切り捨て、オレと同じく被害者になる佑也はまだ同情の余地あり、と守ろうとした。


 しかし、オレを守るのに手一杯で佑也も見捨てざるをえなかった。


 ここでオレが二人を置いて一人逃げ出せばまだ助けられたんだろうが、オレはそうはしなかった。


 そうなってからは二人の骸を抱えて、オレ一人で出口を目指して走り出した。




 それでも、限界が来た。




 オレ達を取り囲むように『それ』がグルグルと回る。

 まるで追い詰めた得物を逃がさないよう、そのくせ嬲りたがる飢えた獣のようだった。


 ここはまだ樹海の出口まで残り三分の一、という所。

 ここまで来れば通常の捜索隊でもオレ達の骸を見つけ、回収できることだろう。


 だが、オレが死んだ後、『それ』にオレ達は食い尽くされる。


 そして、『それ』の気配が色濃く残ったここは、何ものも足を踏み入れることの叶わない魔境と化すだろう。


 …どうすれば…


 歯を食い縛って必死に考えると、ふと光明が差した。

 もしかしたらこの状況を打破出来る存在がこの近くにいたはずだ。


 首を振るように必死になって周囲を見回すと、来る途中で見つけた古ぼけ朽ちた祠が目に入った。

 その傍らでは、こちらを窺うように神様のなれの果てが佇んでいる。



 そう。神様が対処しきれないのは、『これ』の相手と、オレの先導という一人(一柱)二役をやっているせいだ。


 だったら、その役目を二つに分けたら?


 神様はオレの行く先を導き、オレ達に襲い来る小物達を蹴散らす事に専念できる。



 神様に守られる身で他のものに助けを求めるなんて不義理だが、こうなったら仕方がない。


 オレが今から願うのは、神様は決して聞き届けてくれない願い。


 そして、今の傷つきながらの死への逃避行に身を投じるオレに胸を痛めている神様をこれ以上苦しめない為には、こうするしかなかった。



「…ごめん…神様…」


 顔をくしゃりと歪めた泣き笑いでのオレの謝罪に神様はオロオロするが、近くにある祠を見てすぐにオレの目的がわかってか、必死に考え直すよう言って来てくれる。



 …ごめん。でも、こうするしかないんだ…


 悲喜交々を噛み締め、腹の底に追いやると、大きく息を吸い、高らかに唱えた。


「オンメイギャシャニエイソワカ!!」


 途端、オレの周りを取り囲んでいた『それ』がわずかに揺らいだ。

 その隙を突いて出口に向かって全力で走り出す。



 オレが唱えたのは八大龍王の真言。


 池の畔の祠で祀られていたのは〝竜神〟だ。


 そこで唱えた真言で池の近くで燻っていた神様のなれの果ての〝竜神〟の部分を叩き起こした。


 これで少しは力が回復し、こっちの声に耳を傾けるようになるはず。そう思っての行動だ。



 願ったのは一つ。


 〝オレの命をやるから、こいつらを『これ』に食わせないでやってくれ〟。



 オレの命はあくまでこっちの話に耳を傾けてもらう為の対価。

 オレ達を助けた事に対する代償にオレの何を求めるのかは知らない。


 それはもうオレには知り得ない事だ。




 それから、もう辛すぎて泣きじゃくった神様に先導してもらい、オレ達は樹海の入口に辿り着いた。


 こちらに差し込む光を目にしてどっと力が抜け、崩れるように倒れ込んだ。


 倒れ込むと、身体からどんどん力が抜けていき、眠くなってきた。

 その感覚に、ごく自然に死を受け入れた。


 …ああ…オレ、死ぬんだな…


 「しっかりせい!!」とオレの頭の中で必死に呼びかける神様に力無く笑いかけ、目を閉じた。



 『倉持敬大(オレ)』の記憶はここまでだ。




 オレが死の間際に願ったのは〝力が欲しい〟。


 オレの周りの人を守れるよう、何より、オレが寿命を全うせずに死ぬ事のないように。


 オレの無茶無謀や自業自得でオレが死んでも、神様はそれでも『守れなかった』と悔やんで嘆くんだろう。


 オレはもう二度と神様を泣かしたくない。

 だから、自分の思うまま生きても、死なないように力を求めた。


 だったら死ぬような無茶をするなっていう話だが、それはどうも難しそうだ。




 神様を泣かせたくない、と言いながら、こんな独りよがりな願いを願ったのは、オレはもうとっくに神様に見限られたと思っていたからだ。


 それなのに神様はオレをまだ守ろうとしてくれた。


 死んだ直後の混濁した記憶で、それも切り取った一部で憤り、八つ当たりしたってのに、それでもオレが可愛いと、愛おしいと力を与え、第二の人生を送る手筈を整えた。



 本当にありがた過ぎて、優し過ぎて、まともに顔向けできない。



 …本当に神様は…



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