第二の人生も幸福なようです
目を覚ますとオレはベッドに横になっていた。
カーテンが閉め切られているせいで薄暗いが、長年見慣れているからオレの部屋とわかった。
…ああ…魔力の使い過ぎでぶっ倒れたのか?
もしくは自分の引き起こした事態に三歳児の神経じゃ耐えきれなかったのか…。
オレは額に置かれた手拭いの上から手をのせる。
あれは想定外だった。
いかに資産価値は無いといっても、それは貴重な薬草や鉱物、魔獣がいないという意味で、ごく普通の植物や動物は生息しているはずだ。
…オレはそいつらを消し炭にした。それもただの魔術の試し運転の為に。
即座に見た目は復活したが、それは山だけだったのか、もしくは死んだ動物達も生き返らせたのかもわからない。
ただ、それにしたってわけもなく苦痛を与えて存在を消し去っておいて、『生き返ったからいいよね?』では済まされない。
…『命大事』って知ってるはずなのになぁ…
そう思うと情けなくて涙が出てきた。この体は年相応に涙腺が緩いらしい。
情けないし責任逃れしているようで嫌だが、泣くとしよう。
泣くことで整理がつくこともあるってばっちゃも言ってたし。(『わしゃ言っとらんよ」とか言わないで祖母ちゃん)
泣いていると疲れてきてオレはまた眠った。
目を覚ますと、そこは天国でした。
いや、本当に昇天したんじゃなくて、……ああ、もう。説明がつかない。
オレは柔らかさと良い匂いに包まれていた。
目を上げるとオレを抱きしめているのは母上様だった。
こんなことされたの赤ん坊の時以来じゃないか?
赤ん坊の時は可愛がられていたというわけではなく、授乳の時のことだ。
貴族にしては不思議なことに、オレも兄貴も母上様の母乳で育った。
前世で読んだ本の中では洋の東西を問わず、貴族などの高貴な人間は自分の子に授乳することはなく、その役目は乳母が担った。
しかし、この世界では、貴族でも大抵は母親が授乳する。
というのも、魔力は血に宿る。
だから高い魔力を持った女性の母乳を飲むと魔力を使う下地が作られ、わずかながら魔力が底上げされるそうだ。
オレが母上様に抱きしめられたのはその時限りだった。
だというのに今オレは母上様に抱きしめられている。
しばらく混乱していたが、どうにか持ち直すと声をかけた。
もしかしたらオレが寝ていると思ってやっていて、オレが起きたとなると離すかもしれない、と思わなくも無かったが、それでも別に構わない。
…正直こうされていてもさして嬉しくない。どうやらオレはろくに構ってくれない母上様にあまりいい感情を抱いていなかったようだ。
「……母上。どうされました?」
…うわぁ…口から出た声も冷たくて突き放したみたいな口振りだ。
これ、母上様泣くんじゃないか?
母上様はまさしくお嬢様気質で儚く可憐で、何かと感じやすい人だ。
「………こんな時くらい、甘えてくれません?」
…ええ~…。今更歩み寄られても面倒臭い。
それに弱っている時に甘やかされて、それを受け入れたら回復してから立ち直れそうにない。
そう思ってオレが躊躇していると、母上様は泣きそうな顔をする。
このまま母上様に泣き出されるのと、回復した後に地味に受けるダメージを秤にかけ、オレは前者がより面倒だと判断した。
「……水が飲みたい。顔が痒い……」
泣き続けたせいで口の中がベタベタして喉が渇いたし、塩気のある涙が乾いて顔が痒くなった。
そう訴えると母上様は枕元のサイドチェストの上の水差しからコップに注ぎ、オレに宛がって飲ませた。飲ませる前に冷やしてくれたのか、冷たい水が気持ちいい。
オレがコップ一杯の水を飲み干すと濡らした手拭いで顔を拭き、額の手拭いも絞り直してくれた。
熱のこもったベッドも魔法をかけてヒンヤリとしてくれ、横たえられたオレはホッと息をついた。
その様子を見て母上様は顔をくしゃりと歪めると、オレに毛布を掛けポンポンと胸の辺りを叩いた。
まるでもう寝ろと言っているように。
従うのも癪だが、眠いのは確かなので素直に目を閉じた。
母上様が見ているから寝にくいな、と思っていると耳に優しげな旋律が聞こえ、瞬くうちに眠りに落ちた。
…そういえば母上様は〝天上の歌い手〟とか言われてたっけか…
心地よい寝床に優しい歌声。
…まぁ、あれだ少なくとも今は幸せらしい…
オレはそう結論付けた。