お節介のわけは
ダニエラは基本、オレが何をしようと止めない。むしろ必要とあらば手助けしてくれる。
そんなダニエラがその日の夜、オレを着替えさせる時に口を開く。
「…お珍しいですね。どなたかに手を貸そうだなんて」
「オレはそんなに薄情に見えるか?」
「アレク様は突き放すことの優しさと有難さを知っておいでですから」
…突き放す優しさと有難さ、ね
オレは人には自分ではどうにもならない事があり、それでもその現実に打ちのめされることがある事があると知っている。
それは欲しい才能に恵まれない事だったり、環境に恵まれない事だったり色々あるが、どれも共通して言えるのは他人にどうこう出来ることじゃないってことだ。
だからオレは人の事はさして干渉しない。
入学式にカールが蹲っているのを見た時も、オレは声もかけなかった。
れっきとした世話役がいるし、下手に関わると込み入った事情に立ち入ることになるからだ。
事なかれ主義のつもりもないが、オレはそうしたスタンスだ。
オレがそれでもあえて口も手も出そうと思っているのはダニエラと兄貴とクリス(今世の妹)と祖父さんと叔父貴、……グスタフ爺はちょっと難しいかな。神官長って立場からして。
まぁ、皆自分で(そうでもなくても周りが)どうにかしそうなんだけどね。
それでもオレがカールを助けるのは…
「アレク様。顎を上げて下さい」
う~と顎を上げると、ダニエラがシャツの一番上のボタンを外す。
月明かりの差し込む窓に目をやると、脳裏にチラついた光景がある。
前世の時の事だ。
オレは七歳で、妹は四歳にもなっていなかった。
オレの家では物心ついた頃に霊力、言ってみりゃ人に見えないものに関してどれだけの力を持つかを測る。
とはいっても、ウチの家系は神様に守られている関係で、自分を脅かすものに対処する力はもれなく持っている。
だからどんな技能を持っていて、どんな分野に特に適性があるのか調べる為のものだ。
オレは本当に神様に気に入られていたみたいで、歴代に類を見ない位の力を持って生まれていた。
だから見えるし祓えるし触れる。
…オレは妹もそうだと、そうした霊的な力を持っていると疑わず、まだ言葉もろくに離せない妹に妹の好きな花や木々の物言わぬ声を教えていた。
……妹は、何の力も持っていなかった。
親父も祖父ちゃんも驚いて何度も確認したけど、全く、何も、勘のいい一般人程度の感度すら持っていなかった。
いつか自分も好きなお花とお話出来るんだと無邪気に信じていた妹は泣き叫んだ。
オレは勝手な勘違いで、何も知らない妹にそうしたものはあると、そういうものと関わる力は人にも宿ると教えてしまった。
そうと知らなければ自分に無くても悲しくはならなかったろうに。
当たり前に受け入れられただろうに。
妹を泣かせたのはオレだ。
オレは夜が更けても泣き止まない妹を背に背負い、月明かりの下庭を散歩した。
オレの背で舞い散る桜の花びらに泣きながら妹が手を伸ばした事を、オレは忘れられない。
だからオレはちゃんと魔力を持って生まれているのに、それを開花出来ずに理不尽に苦しめられているカールを放っておけなかったんだろう。
オレの妹は、努力する事すら出来なかったんだから。
……こんな感傷、カールにはいい迷惑なんだろうけどな……
「…理由が何であろうと、カール様にとってはかけがえのない助けです。
カール様の幸せな子供時代を得るきっかけとなるのですから」
…本当に、何でこうもオレの言って欲しい事を先回りして言ってくれるかね…
前世も今世も『力ある者の責任を果たす』、とかそんな大層で押しつけがましいお題目に従う気は無い。
それでも、オレの手が届く範囲なら、そいつを駄目にしない範囲なら手を伸ばそうと思ったんだ。
………ごめんな。 。
兄ちゃん、勝手にお前を行動原理にしてるよ
死んだ今となっては名を呼ぶ事も許されない妹に心で詫びる。
オレの胸の内を知るのはオレだけだ。




