弟分が出来ました
カールを連れて部屋に戻ると、ダニエラはおや、という顔をした。
オレ達生徒は学校から与えられた寮の個室で生活する。使用人は使用人専用の棟があり、完全な一人暮らしだ。
とはいえ学校の管理する寮だから破目を外しきらないし、そもそも基本貴族の坊ちゃん・嬢ちゃんは自分じゃ着替えも片付けも出来ない。
オレは自分の身の回りの世話くらいは出来るが、ダニエラの面子(仕事が満足にできないとか、主人と不仲とか口さがない事を言う連中ばっかりだ)の為にも学校では普通のメイドと主人のように世話をしてもらっている。
「ダニエラ。こいつはカール・バッハシュタイン。茶でも出してやってくれないか?」
「承りました」
恭しく礼をすると、さりげなくベッドメイクの途中だったシーツを手に退出した。
二度手間させてスマン。
ダニエラはカールの素性を知っているから教えるまでも無いんだが、今は非公式でわけありだと匂わす為に、あえて愛称と名字呼びで伝えた。
ダニエラの事だ。上手く察するだろう。
ダニエラの淹れた茶にカールはほう、と息をつく。
「…美味しい…」
カールが心身ともに疲れ切っていると見て取ったのか、ダニエラが出したのはミルクと蜂蜜がたっぷりの甘くまろやかなミルクティーだ。
普段は甘い茶を作る時は砂糖だが、こっちが参っている時は蜂蜜を入れる。
「ダニエラの茶はウチの屋敷で一番美味いよ。
余計なもん入れないからな」
他の連中は隙あらばオレに一服盛ろうとする。
そうでなくても不味くて飲めたもんじゃないから、ダニエラの淹れた物以外飲まない。
「何か軽いお食事をお持ちいたしましょうか?」
………しまった………。ダニエラの弁当は教室に置いたままだ。
とはいえ内心まだビクついてるカールを見知らぬ他人と二人きりにするわけにいかない。
………おやつに食べるから、勘弁してくれダニエラ。
「いえ。昼食を用意させているので」
「だったらここに呼ぶといい」
そう言うとカールは上着のポケットからケータイを取り出した。
そう。ケータイ。
正確には〝携帯式伝達魔石〟といって、まんまケータイ。
互いに魔石の波長を教え合った相手と通話も伝言も出来る。
動力は魔石に蓄積した魔力で賄うので魔力を持たない平民も、魔力がお粗末な貴族も使える。
とはいえ魔力は使うと消耗する物で、充電こと充填が必要になる。
ダニエラのはオレが充填している。
しかし、あのマーサ(仮)は仮にも貴族。自分で充填出来る。
(といっても魔力が少なくて日に二回も三回もしないといけないそうだが。
兄貴やオレならフル充填で一ヶ月は持つ。
その気になりゃ年単位の充填も出来るが、魔石の容量オーバーだ。)
そこでここぞとばかりに魔力を持たないダニエラをこき下ろす。
んな生まれ持った物で人と張り合うな。
人間、成長する中で一体何を身に着けたかで価値は決まるっての。
待つこと数分。(その間オレ達は常備していたクッキーとかを軽くつまんだ)
カールの従者がやって来た。
カールの世話役は爺やだった。
白髪を後ろに流し、口元には髭と柔和な笑み。
格好も片眼鏡に燕尾服と完璧な爺やだ。
オレのテンションは一気に上がった。
「爺やだ!すっげ!モノクルかっけ!!」
椅子から立ち上がり興奮のままに捲し立てる見知らぬ小僧にも柔らかい物腰で対応する。
「スペアでよろしければ差し上げましょうか?」
「え!いいの!?」
「よくありません。
申し訳ありませんウチの坊ちゃまが」
ダニエラのストップがかかり、オレは席に着く。いや、流石に初対面の相手から何かもらおうとは思ってないよ?
「私、ブルーノ・バッベルと申します。この度は当家の坊ちゃまがお世話になったようで…」
「いえいえ。こちらこそ許しも得えずに主人が勝手に連れ出してしまい、申し訳ありません」
オレ達の頭上で世話役の謝罪交換が取り交わされた。
学校に限らず、貴族の子供が何かやらかしたらその世話役に責任がかかる。
だから下手打てないんだよね。いい加減好き勝手やってる気もするけど。
そっから二人して食事をしていると、カールはポツリポツリと身の上話をしていく。
子供の時から魔法の適性はあるのに魔力が無い事。
分家や親戚の子供達からそのことで散々からかわれ、馬鹿にされてきた事。
他家の子供達からも酷い仕打ちを受けてきた事。
「……だから私はお祖母様のおられるアードル国へ留学したかったのに…」
アードル国は知を重んじる。
こいつ、勉強とか、魔法でも魔法理論とかの座学なら成績はいいからな。確か、学年主席じゃなかったか?
そんだけ凄いのにいじめられるのはこの国が魔力絶対主義なこと、そしてまだガキだからだろう。
小学校の、それも低学年なら勉強よりもスポーツ(この場合魔法な)の出来る奴の方が人気があるし何かと持て囃される。
気持ちはわからなくはないが、頷いてやるわけにいかない。
「何言ってんだ。
お前が嫡男である限り跡を継ぐんだろうし、そうなるとずっとこの国だ。
そんな逃げを打ってどうする」
そう。魔力が使えないとこの国じゃやりにくいだろう。
だが、だからといって子供時代に魔法から逃げ、もっとわかりやすいことに他国で学生生活を送ったりしたら、一生侮蔑が付き纏う。
そうきっぱりとこいつがしがみ付いている甘い幻想を切り捨てると、涙を目に浮かべ、俯いた。
「俯くな。胸を張れ。そうしないと零れるぞ。
涙を見せたくない奴に見せることになるぞ」
オレがそう言うと気概はまだ残っていたのか口元を引き締めて顔を上げ、背を伸ばす。
よし。これなら大丈夫だ。
こいつは助ける甲斐がある。
「決めた。オレはお前の味方になるよ」
そう言うとキョトンとするカールと警戒したように表情を引き締めるバッベルの前で戸棚を漁る。
適当で、かつこいつに持たせてもいいようなそうみすぼらしくない物は…
そう思い探していくと、昔手慰みに作ったミサンガがあった。
これなら嵩張らないし、持ち歩いてもそうおかしくもない。
オレは二人に向き合うとミサンガに魔力を込め、術式を編み込む。
魔力は付与した魔法が発現出来るように、付与した術式は防御と治癒魔法。
とりあえずこれでいじめられてもそう酷い目には合わないように、そして今日みたいに傷が痛んで身動きが取れなくても治せるように。
まずはそこからだ。一長一短にいじめをどうこうすることも、そいつらを見返すことも出来ない。
こいつにはもう少し耐えてもらう必要がある。
即席で作った魔具をカールに渡しかけて、思い直してバッベルに渡す。
魔法の込められた物は他人から贈られた物としては格式も一級品だが、警戒度も一級品だ。
それにバッベルは魔法の心得があると見た。
気品のある所作もだし、何より魔力も無く魔法を使えないカールを守るには、世話役は魔法を使える必要がある。
バッベルは目を細め、検査魔法をかける。
オレなら魔法を隠すことも、他の魔法と騙すことも出来るが、どっちもしない。
この場合受け取ってもらわないと困る。だから怪しまれて突っ返されるわけにいかない。
念入りに調べてからほう、と息をつき、オレに深々と頭を下げる。
「失礼いたしました。
そして、主へのご配慮痛み入ります」
「……それはあくまで応急処置だ。本題はこっからだ」
オレの言葉にバッベルは背筋を伸ばし、オレを見定める。
「まずカール。お前、魔力持ってるぞ。それも、特大級の。
魔力の気配が無いのは身体の負担になることを恐れて封じ込めてるだけだ」
オレの言葉にカールとバッベルは主従共々目を見開く。
「お前の選択肢は二つ。
成長して身体が出来上がって魔力が解放されるのを待つか、
オレに叩き起こさせるか。
どっちを選ぶ?」
原作で登場時のカール(十八歳)は強大な魔力を振るっていた。
だからもしかしたら数年もすれば、魔力を見出すことが出来るようになるんだろう。
もしカールが事を起こすのを尻込みするならそれでもいい。
オレはただ提案を示すだけだ。
どちらを選ぶかはこいつ次第だ。
そしてカールは叩き起こすことを選んだ。
やっぱりこの状況を良しとしていなかったようだ。
そうした負けん気があると見たからオレは手を貸すことを決めたんだ。
「よし。じゃあ、これからは魔法の授業サボってオレと特訓だ」
「…え…でも…」
「どうせ魔法が使えなくて評価が付かないんだろう。だったらサボっても変わらねぇよ」
「…う…うん…そうだね…」
「ウチの坊ちゃまがそちらの坊ちゃまを不良の道に引き込んでしまい、申し訳ありません」
「いえいえ。こちらこそお手数をおかけして申し訳ない」
打ち合わせをするオレ達の横でまたも再開される世話役同士の謝罪合戦。
昼休みの終わりを告げるベルを聞き、部屋から退出するカールは晴れやかな笑顔だった。
「ありがとう。これからよろしく」
「ああ」
「……あの……お願いがあるんだけど…」
「?」
急にカールがもじもじしたんで訝しみ、片目をすがめる。すると、おずおずと口を開く。
「…お兄様って呼んでもいいかな?」
「………同じ年だぞ?」
「でも、アレクの方が先の生まれじゃないか」
それでもオレが四月でお前は六月じゃねぇか。
とはいえ些細なことだし、どう呼ばれようが気にしないんで了承した。
…まぁ、あれだ。友達が出来る前に弟分が出来たようだ。
カールの〝お兄様〟呼びに深い意味はありません。
ただ単にお兄ちゃんがいたらこんな感じだろうな、という感じで呼んでみたくなっただけです。




