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(36)蒸気列車は闇夜を行く

 蒸気列車(ダンプフェン)は闇夜を行く。

 煙を上げ、唸りを上げ、力を振り絞り、ひたすらに白き巨道(レール)を疾走していた。

 蒸気車(ダンプ)に繋がれた五台の車両には、落ちそうなほどの人が詰め込れ、屋根の上にもギッチリと鎧兜をつけた軍人がひしめいている。絶対的な強度を誇っていたはずのバイスレイトが、非常識な車両の重みにギリギリと悲鳴を上げるほどだ。


 作戦会議はその先頭車両で行われていた。

 千人隊長と呼ばれる者が三人、百人隊長と呼ばれる者が二十五人、ゼクス領の領主やガラムの姿も見えた。その先頭に立っているのは将軍、つまりフェイであり、その右で作戦を展開しているのは、フェイが臨時参謀に任命したエルカだ。


「敵は間違いなくゼクス領の西門を突破しようとする。衛視たちが必死に防衛するだろうが、人数差から考えると我々が着くまで保たないだろう」


 フェイと、フェイの左に控えていたコノハの顔が悲痛に染まる。

 結婚したばかりのクロフも、西門の守りに着くのだろうか?


(大丈夫だ。あのクロフが、こんなところで死ぬはずが無い)


 フェイは心の中で自分に言い聞かせ、動揺を隠す。

 将軍の仕事とは、自信に満ちた顔してふんぞり返っている事だと、参謀(エルカ)に言われたばかりなのだ。


「もし西門が無事なら事は簡単だ。残存する守備隊に合流し、ともに西門を死守する。だが破られ、領内に侵入されている場合はこの蒸気列車ごとゼクス領に乗り込み、各部隊をさらに10人ずつの分隊に分け、領内に散っている敵を掃討する。ここまでは良いか?」

「参謀、よろしいでしょうか?」


 手を上げたのは、千人隊長の一人だ。髭に白髪が混じっており、人生経験の豊富さが伺える。

 其れゆえか、エルカに対する不信感がちらほらと見て取れる表情を浮かべていた。


「我々の軍は敵の半分である二千五百。分散するより、集中しての各個撃破が上策かと存じます」

「もしこれが総力戦と言うなら、言う通りだろう……だが、敵の狙いはシュバート国への警告、王が要求を飲まなかった事への制裁だ。おそらく軍との消耗戦は避け、犠牲が出る前に退却するだろう。だから我々の目的は一刻も早くゼクスに着き、非戦闘員を一人でも多く救助する事にある。他に質問はあるか?」


 とても若輩者の発するとは思えない口調と威厳、そして戦略眼に、質問した千人隊長は愚か他の者もエルカを見る目を変えた。

 そして、一拍置いて手を上げたのは、ずっと沈黙を守っていたゼクス領主、ラドクリフ公だった。

 エルカの顔に、一瞬の不安が落ちる。


「父――いえ、ラドクリフ公爵、なにか作戦に疑問でも?」


 フェイも詳しく聞いたわけではない。しかし、エルカが公爵家を出たの原因は、この領主が原因である事に疑いようも無い。

 おそらく、それは劣等感だ。

 領主もそれを知っているのだろう。エルカに微笑を向けると小さく首を振る。


「心配するな、エルカ。作戦はそれで十分だ。ただ、敵の大将――ウィシャには手を出すな。作戦が全て壊れるぞ」

「……それはどういう意味でしょう?」

「ウィシャを人間と思うな。砂漠の長だったガラムを破ったのも奴。わしらを退け、砂漠の拠点(オアシス)をことごとく殲滅(せんめつ)できたのも、奴がいたからだ。あれに遭遇したら何があっても逃げろ。そして、このラドクリフ公を呼べ。以上だ」


 腕を組み沈黙した領主の目には、覚悟の炎が見える。

 その父の姿に、エルカは小さく唇を噛んで、やがて頷いた。




 クロフは西門の上にいた。

 明らんできた東の空に背を向け、西の地平線を一心に睨む。

 来るな、来るなと祈りながら……


 ゼクス領は南北を険しい鉱山に挟まれた、守るに易い地形だ。

 もし砂漠側から攻めるなら、西側の門が一番に狙われるのは道理である。

 しかも、広大な巨道(バイスアルム)上に設けられた門は木製だった。巨大で重厚なものの、火を点けられれば一貫の終わりだ。

 もし西門が破られれば――あとは無防備な町並みが広がるのみ。

 つまりここは絶対に死守しなくてはならない、最大の拠点なのだ。


 地平線の一部が黒く(にじ)む。


「来たぞ! ゴルゴンだっ!」


 望遠鏡を持っていた監視役の衛視が叫んだ。

 ゴルゴンの第一陣は、巨道(バイスアルム)の真中を堂々と歩いてくる。


「弓を持て! 絶対にここを通すなっ!」


 門上の衛視達を率いて指揮を取っているのは親衛隊員のアズマである。青アザはすっかり取れ、その精悍な顔で、的確に指示を出していた。

 昨夜、砂漠の民から「ゴルゴンが来る」と情報が入るや、アズマは全衛視に声をかけ、西門上に一晩陣取っていたのだ。若くして親衛隊に加わった実力は、本物だった。


――――レンファ


 クロフは奥歯を噛み締め、守りたい人の顔を強く心に描く。

 だが、目の前に広がるは千を超える賊の群れである。突破されるのが時間の問題である事は、そこにいる誰もが感じていた。

 それでも退く訳にはいかない。

 守るべきものが、このすぐ後ろに広がっているのだ。


「一斉射撃用意っ! ――――放てっ!」


 数百の矢が宙を舞った。

 落下力を利用するため上空に向けて放たれた矢は、ゴルゴンの尖兵(せんぺい)を何人か減らす事に成功した。だが、言い換えればほんの数名を削ったのみである。

 ゴルゴンの軍勢は怯むどころか、逆に低い雄叫びを上げると、郡狼のように突撃を開始した。

 クロフは悲痛な想いで第二射を準備し、弓を構える。


「くそっ! 新手だっ!」


 その時、監視役の悲痛な声が響いた。

 クロフがギョッとして地平線に目を向けると、そこに見えたのは、数百の騎馬が巻き上げる土煙だったのだ。


――――だめだ、破られる



「いや、なんか様子が変だ」


 監視役の言葉にクロフは目を凝らす。

 確かに、敵の後続と思われた騎馬部隊は、門に迫っている賊達とは毛色が違った。


「おい、あの騎兵の先頭にいるやつ、女だ!」

「……っ! おい、ちょっと貸せっ!」


 クロフは監視役から望遠鏡を引っ手繰ると、その先頭にいる女に焦点を合わせる。

 騎兵隊の先頭を駆って来る人物は、確かに灰色の長い髪を(なび)かせていた。なるほど、遠目からでもすぐ女と分かるわけである。

 そして、その両手には二本の曲刀(シャムシール)が見えた。艶やかな美しい顔と、壮絶な笑み。

 フェイに聞いた砂漠の長、ディアナの姿にピタリと当てはまる。


「間違いない、砂漠の民だっ! 砂漠の民が加勢にきたぞっ!」


 クロフの叫びは、衛視たちの顔に生気を呼び戻した。

 アズマは剣を抜き、高らかに叫ぶ。


「門を開けろ! 挟撃(きょうげき)を開始する!」



 挟撃された賊は、すぐさま戦意を喪失し、蜘蛛(クモ)の子を散らすように退却した。

 西門の前は、初戦の勝利に喜ぶ衛視と砂漠の民で沸き返る。

 ディアナは手綱も握らずに駿馬(エクウス)を操ると、アズマの前にやって来た。

 アズマは膝を着き、感謝と敬意を表す。


「助かりました。砂漠の長」

「なんだい、気持ち悪いね。ディアナと呼びな。それより、あんたがこの門の指揮官ね? よく門を出てきたじゃない。その判断力は誉めてあげるわ」

「あ、ありがとうございます」

「さて、敵さんはまだまだ来るわよ。ここを守りきって、もうすぐ戻ってくるあんたらの領主様を驚かしてやりな!」


 ディアナは悪戯(いたずら)をする子供のような笑みを見せ、領主と言う言葉に衛視達の顔がさらに輝いた。


「ゴルゴンの第二陣、見えました!」


 門の上から監視役が叫ぶ。


「あ、敵が止まりました……あ、いえ、一人だけこっちに歩いてきます」

「一人? 使者か?」


 アズマは見張りの指差す方を見る。

 ディアナも馬首を巡らして、敵のいる方へ目を細める。

 突然、ディアナの目が見開かれ、馬上で立ち上がった。


「ウィシャだっ!! 全員町に入って散れ! 急げっ!」


 その顔には微塵の余裕も無く、顔は一瞬のうちに蒼白になっていた。


「ディアナ殿、一体なにを? 相手は一人です。あれがゴルゴンの頭だって言うなら、ここで――」

「そうやって砂漠の民は何度も、何度も住む場所を失った! 迷っている暇は無い、急げっ!」


 ディアナの号令に、砂漠の民は迷うことなく門をくぐり、遅れてアズマたちも門の内側へ入った。


「門を閉じろ! 門の上にいる弓隊もすぐさま撤退しろ!」


 アズマに代わってディアナが指示を飛ばす。

 しかし、弓隊は命令を聞いてもいいものか困惑の顔を浮かべた。


「相手は一人、それに門だって閉じてる。たとえ燃やされても、しばらくは大丈夫だし、やれる事はやっておこう」


 誰かがそう言うと、数十人いた弓隊は全員頷き、歩いてくるウィシャ目掛けて一斉射を開始した。が、ユラユラと揺れるその男には当たらない。かすりもしない。

 男は上半身は裸で、傷だらけの体を朝日に晒している。くすんだ革ズボンに、みすぼらしく伸びきった長髪は、盗賊団の長と云うより、まるで幽鬼かなにかのようだ。

 その手には巨大な、体よりも大きな鉄槌(てっつい)を一本だけ持っており、ゆっくりと、しかし確実に門へと近づいている。


 と、弓隊に向けて下から怒声が飛んできた。


「何をやっている! 退けっ! 門を捨てろ!」


 ディアナの声に弓隊はようやく重い腰を上げた――が、既に遅かった。


 門の前に立ったウィシャは、その巨大な鉄槌を子供が木の棒切れで遊ぶかのように振るう。

 すると分厚い門は紙のように(やぶ)れ、無残にその姿を変えた。


「うわ、化け物っ!」


 ちょうど、門から降りたばかりの弓隊の面々は、ウィシャは見て悲鳴を上げる。

 その声を聞くやウィシャは持っていた鉄槌を、躊躇(ちゅうちょ)無く投げつけた。

 ゼクス領自慢のバイスレイトの鎧など、何の意味もなさなかった。悲鳴を上げることさえできず、一瞬で骨まで潰された。

 動かなくなった衛視にウィシャは近づき、その腰にささっていた剣を滑らかな動作で奪う。

 ぐるりと辺りを見回し、逃げようとしていた衛視が視界に入るや、その背に剣を投げた。


 門はすぐに静かになった。

 近くに動くものが無くなった事を知ったウィシャは、最初に投げた鉄槌を虚ろな顔で拾いあげ、赤く染まった巨道(バイスアルム)を、音も無く歩き出した。




 クロフはアズマ達と巨道沿いに逃げていた。目指すは彼らの主の城でる領主邸だ。

 そんな衛視隊に駿馬(エクウス)に乗ったディアナが追いつき、沈痛な表情で「突破された」と告げた。

 クロフ達が門を振り返ると、ゴルゴンの第二陣が蟻のように西門から侵入している。

 アズマは頭を抱えた。


「くそっ、西門を突破された……今度こそクビだ」

「こんな時に女々しい事を言うんじゃないよ! ウィシャは無視して、他の賊を討ちなさい! 被害を最小限に抑えるのよ!」

「し、しかし、こちらの手勢は相手より少なく」

「増援が来るまで民を守るくらいのことはやって見せなさい!」


 ディアナは落ち込むアズマを叱咤した。

 その言葉に誰より反応したのはクロフだった。


――――そうだ、レンファ!


 クロフにとって、取り返しのつかない命は沢山ある。

 だが、一つを選べと言われれば、それは、


「アズマさん、俺、野暮用ができました。今日はここで早退します!」

「お前、何を――あぁ、そうか! よし、行って来い!」

「はいっ!」


 レンファ達が避難した場所は、おそらく二人が式を挙げた教会だろう。

 クロフは一人方向を変え、鎧を打ち鳴らして駆け出した。





 仮眠を取れと言われたが、フェイは一睡も出来なかった。

 フェイに寄り添うように目を閉じているコノハも、触れている肩の緊張は一向に緩まない。

 眠れないのだ。


――――眠れる訳、無いよな


 何度目になるか分からないため息を吐き出そうとしたときだった。


「見えたぞ! ゼクスだっ!」


 興奮したような叫び声が響く。おそらく車両の上にいる兵士の声だろう。

 フェイとコノハは弾かれるように目を開くと、車両の窓から身を乗り出す。


 真っ黒な煙が、見えた。


「そんな……」


 コノハは両手で顔を覆った。

 フェイは、確かめるように生まれ育った故郷を何度も見る。だが、事実は変わらない。

 煙は一筋ではない、黒い煙がゼクス領のあちこちから立ち昇っているのだ。


――――間に合わなかった


 フェイは唇をかみ締め、自分が迷って行動が遅れた事を後悔した。

 ゼクス領があっという間に近づき、力無く開いている西門が視界に入る。

 門の手前には、動かなくなった人々。それは門の向こうにも続いており、全て放置されている。

 あれは死体なのだ、死者が出てしまったのだ。


「……うう」

「何を動揺している、リア=フェイロン」


 振り向くと、カシムが腕を組んでいた。


「ど、動揺して悪いかっ! だって、死体だぞ! 人が、死んでるんだぞ!」

「砂漠の民は、今まで何度もこうやって住む場所を追われていた」

「でも……」


 カシムはフェイの目を覗き込んだ。


「貴様ら剣の民は、それを見ようともしなかった。自分たちに害が無ければ、目に入らぬのだ」


 フェイはカシムを睨み返した。

 何か反論を言いたいのだが、思い浮かぶ言葉はどれも、言い訳にしか思えない。


「貴様がいくら目を閉じ幸せに暮らそうと、同じ世界では誰かが泣きながら殺されている事を、忘れるな」


 カシムはそれだけ言うと、ガラムのところに戻って行った。

 フェイは動かなくなった屍を見つめる。


――――これが、俺が見ようとしなかった現実


 フェイは(ダガー)を握る手に力を込めた。





「なんだあれはっ!」


 蒸気列車(ダンプフェン)を見て、クラーは叫び声を上げた。

 クラーはゼクス領には入らず、領外にある木々生い茂る山の中に身を潜め、伝令や狼煙(のろし)で指示を出していたのだ。

 だが、そこからでも蒸気列車(ダンプフェン)の巨大な姿と、吹き上げる白い煙はハッキリと見る事ができた。


「分かりません――が、あの鉄の塊に軍が大量に乗り込んでいるようです」

「くそっ、ゴリネルめが! 情報を隠しておったな!」


 クラーは悔しそうに短剣(エストック)をガツガツと木に突き立てる。


「止むを得ん、予定より早いが撤退の合図だ!」

「はっ」


 欲を言えばもっと被害を与えたかった。

 各領で最もゴルゴン討伐に意欲的なゼクスを叩く事で、ゴルゴンの力を示す事が出来たはずなのだ。それが、予想外の事態である。


――――だが、そろそろウィシャの薬が切れる頃だ、そうなれば


「あとどれだけの死者がでるのか、楽しみだな」


 クラーは血走った目で蒸気列車(ダンプフェン)を睨み続けた。





 西門をくぐった蒸気列車(ダンプフェン)は、分隊を降ろすため減速を開始した。


 ギイイイイッギイイイイイィイィ


 何万匹の油蝉(あぶらぜみ)が断末魔をあげたような怪音は、たちまち街中に響き渡った。


「第九、第十分隊、北へ散開! 第四、第五分隊は南へ! 指定地区の安全を最優先せよ! 逃げる者は追うなよ!」


 エルカの号令で十人単位の兵が、減速したとは云え動いている列車から飛び降りる。足を痛める者もいるだろうが、誰一人ためらう事無く飛び降りると、すぐさま立ち上がり指定区域へと急いだ。


「エルカ、指揮は任せていいか?」


 フェイが尋ねると、エルカはゆっくりと頷いた。


「行ってこい。だが、将軍は死なない事も仕事だ。絶対に無理はするなよ……コノハ、フェイを頼む」


 大きく頷いたコノハの目には、既に静かな決意があった。

 言うまでも無かったかとエルカは苦笑する。


躊躇(ちゅうちょ)するな、誰かを守りたければ、迷わず斬れ」

「了解、店長」


 フェイとコノハは静かに列車から飛び降りた。

 それはまるで、二匹の猫のようだった。





 クロフの振るった白刃は、五人目の盗賊を切り伏せる。


「ハアッ、ハァッ……」


 人を初めて斬り殺したのは、たった十分前である。

 何の覚悟も出来ないまま、レンファを守りたい一心で剣を振り、既に五人を斬ってしまった。

 頭の中が朦朧(もうろう)とし、視界がグルグルと回る気持ち悪い浮遊感が抜けない。

 しかし、クロフのすぐ後ろには教会があり、礼拝堂にはレンファを初め、多くの女子供が隠れている。何があってもここを通す訳にはいかないのだ。


「衛視さん、無理しないで下さい」


 隣で声を掛けたのは、まだ十五、六の少女である。しかし、実力はたいしたのものだった。

 彼女はコノハの道場の門下生だと言う。『クグラ槍術道場』の門下生一同は、賊から民を守るため、槍を手に果敢に立ち上がったそうだ。

 ここにはクロフと少女の二人だが、他にも多くの民間人が立ち上がっていた。

 少女のように道場の門下生もいれば、フェイ達のようなクエスト屋もいた。家族の為に家宝の剣を引っ張り出した父親も少なくない。


「私、こう見えても、コノハお姉様に筋がいいって言われてるんですよ」

「……そうか、それは心強い」


 上気した頬で満足そうに頷いた少女の顔は、やはりまだ子供だった。

 こんな子供を殺人者にしたくない。


――――止めは、俺が刺さなきゃな


 クロフは苦笑すると、持っていた剣をギュッと握りなおした。


 ピイイイイイッ ピイイイッ


「退却だ! 退却の合図だっ!」


 指笛の音と共に、町の間から盗賊達の退却を告げる声が響いた。

 すぐさま、賊達が慌てて逃げ出す姿がクロフ達の目にも入った。


――――終わった! 守り切れた!


 クロフは剣を振って血を落とすと、鞘に収め、息をついた。

 少女も槍を杖代わりにして、地面にペタリと座り込んだ。相当気を張っていたのだろう。

 知らずお互いの顔を見て、笑みが零れた――その時だった。


「うわああああっ!」


 切り裂くような断末魔、そして、腹の底に響く爆砕音が近くから飛び込んだ。

 そして次の瞬間、目の前にあった家屋がガラガラと倒壊する。


「なっ、何事だ?」


 クロフは再び剣を引き抜くと、家屋が倒壊し、砂煙の舞う方角を凝視する。

 その中から、ゆっくりと人影が姿を現した。


 ゾクリ


 クロフの背に、金属でも押し当てたかのような阿寒が走った。

 砂煙から現れた男は巨大な鉄槌を構え、幽鬼のように無表情に歩いている。その淀んだ、銀の瞳がつまらなそうにクロフを捕えた。

 クロフは隣にいる少女に、小さく指示を出す。


「……に、逃げろ」

「この人、なんか変です。誰なんですか?」

「いいから、急いで中に避難しろっ!」

「で、でもっ!」

「俺に殺されたいかっ!」


 少女は「ひっ」と息を飲み込み、慌てて教会の中へと駆け出した。


――――レンファ


 クロフは祈るように剣を構え、その男に正面から向き合う。

 その覚悟を見て、ウィシャの唇がニィと吊り上った。




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