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(28)告白された?

「告白されたっ!? フェイに?」


 ルナは耳を疑った。三年前の勘違いはまだ解消されていないはずだったからだ。

 しかし、ルナに化粧を落としてもらいながら、コノハは小さく頷いた。頬はチークを落としたにもかかわらず真っ赤に染まっていた。その様は、同性のルナが見ても抱きしめたくなるような気持ちにさせる。


――そっかぁ、この魅力にやられたんだ。分かる分かる。手紙の事話さなくてよかったなぁ……こう云うのを『人間万事塞翁がラマ』って言うのかしら?


 ルナはウンウンと頷き、脱脂綿にオイルを染み込ませ、コノハの目の上をゴシゴシと拭く。すると、コノハの顔が悲しそうに歪められた。


「あ、ごめん。痛かった?」

「ううん、ただ、魔法が解けるみたいで……あはは、もう本当に変だね、あたし」


 ルナは化粧落としを中断して、本当に抱きつこうかと迷った。


「大丈夫よ、コノハ。こんな魔法くらい、いつでもかけて上げるから」

「……うん、ありがと。本当にありがとうね、ルナ」


 鏡越しの真っ直ぐな感謝の視線が気恥ずかしくて、ルナはシャドウを落とすふりをしてコノハの目を閉じさせた。


「そうかぁ、これでコノハも彼氏持ちなんだ。なんか焦っちゃうな」

「……え?」

「何言ってるのよ、付き合う事にしたんでしょ?」

「…………えーと、あれ?」


 その反応にルナは目玉を引ん剥いた。まるで大罪者を咎めるように指を指してコノハを糾弾する。


「なにそれっ! コノハ、あなたまさか告白されて放置したの!?」

「えーと、あれ……あの、でも、その場のノリが」

「あああああっ! もうっ! いまから一緒にお風呂に入ってきなさいっ!」

「ちょ、無茶言わないでよ!」


 しかし、その騒ぎは風呂場にいたフェイにはぎゃあぎゃあと言う喧騒にしか聞こえなかった。

 フェイはエルカーナに帰るなり、ルナに「臭い」と言われ、慌てて風呂に入っているのだ。


「うあー、自由最高っ!」


 少し大きめの樽にお湯を入れるだけの風呂だが、フェイのお気に入りの一つだ。

 一週間の牢生活から解放され、すっかり垢を落としたフェイは、樽風呂の中で目一杯くつろいでいる。

 ルナはクエストの協力をあっさり了承してくれ、これで王子の居場所を特定すれば、しばらくは平穏な日々が戻るかもしれないのだ。

 そして、コノハの機嫌も直ったのだ。全て順調である。


――でも


 フェイの顔が僅かに陰る。


「でも、あのゴルゴンが王子を誘拐か……信じたくないな」


 その声は風呂場の壁に反響し、泡のようにすぐに消えた。





 空がうっすらと明るくなった頃、将軍ゴリネルを乗せた馬車は砂煙を巻き上げ、砂漠を爆走していた。


「何をしているっ! もっといそげっ!」


 その叱咤に御者は眉をひそめながらも、竜馬(ナタク)に鞭を入れた。

 さらに走る事一時間、御者は砂漠のど真ん中にある湖に馬車を止める。その途端、怪しげな集団が馬車を取り囲んだ。見るからにゴロツキの集団である。


「よし、ここで待て」


 そのゴロツキ集団に、何の疑問も抱かないようにゴリネルは馬車から飛び降りる。そして、たった一人でその怪しげな集団に混じり、一際大きな建物の中へと消えていった。


「おい、クラー! クラーはどこだっ!」

「こんな早朝に何用ですか、ゴリネル」


 ゴリネルが振り返ると、探していた男がいつの間にか背後にいた。

 綿の寝間着に豪奢なローブをまとい、痩身の男は不機嫌そうに眉を寄せている。

 歳は四十半ば、真っ白な髪、そして知的な顔は周囲のゴロツキと比べるとあからさまに異色だ。そして、その顔で特に印象的なのは目だ。鋭い。何もかもを見通すような鋭い目、身長は平均程度だが、それ以上に見せる雰囲気がその男にはあった。


「クラーよ、一体どう云う事だ! 王子の誘拐が砂漠の民どもに漏れていたぞ!」

「おや、そうでしたか」

「そうでしたか、で済む問題ではないっ! 万が一、わしが疑われたらどうする!」

「そうですね、次の将軍を探しますか」

「っ!!」


 ゴリネルの顔色が変わった。横柄な態度が消え、クラーから一歩身を引く。


「安心下さい、この砂漠のどこに王子を隠したのか、知っているのは私と実行者だけです。それに、将軍としてあなたほどの適任は他にいませんから、大事にしますよ」

「そ、そうだろう! あと、万が一の事もある。王子は今のうちに確実に始末して欲しい」

「分かりました、そう伝えましょう。で、各領の動きはどうでした?」


 ゴリネルは良くぞ聞いたとばかりに唇の端を上げた。


「わしが牽制(けんせい)しておいたぞ。ゼクス領のヤツラも困り果ててな、苦し紛れにクエスト屋に依頼しおったわ、ハッハッハ」

「クエスト屋?」

「ああ、こいつだ」


 ゴリネルは懐から張り紙を取り出すと、クラーに渡した。


「ほう、領公認の実力者、と言うわけですか」

「黒猫などと呼ばれていい気になっておる。あの風のガラムと互角にやりあったそうだがたいした男では――」

「ガラムと、だとっ!?」


 クラーは被さるようにゴリネルに近づいた。


「その黒猫のことを、詳しく話しなさいっ!」


 男の表情は、明らかに焦っていた。





 翌朝、エルカーナにやってきた竜馬(ナタク)二頭立ての馬車には、なんと専用の御者までついていた。


「どうも、ご苦労様です」


 フェイが頭を下げると、御者は左右についたチョビ髭をピクリと動かし鷹揚に頷いた。どことなく偉そうではあるが、貫禄があるとも云える。エルカが経験豊富な御者を選んだのだろう。

 しかし、馬車の中にさらにおまけがいた。


「はぁい、黒猫ちゃん。約束どおり来たわよ」

「感謝しろ」


 朝からテンションの高いディアナと、不機嫌そうに大根棒を構えたカシムが馬車から降りてきた。


「……エルカ、どう云う事だ?」

「昨夜彼女等は協力してくれると言っただろう。無料(タダ)でしかも強い。どこに不満がある?」

「そうよ黒猫ちゃん、邪険にしないでね」

「うるさいっ! 黒猫ちゃんって呼ぶなっ!」


 そのフェイの反応を見てディアナは微笑みながらエルカに何か耳打ちをし、エルカも笑顔で頷いた。


「なあ、カシム。あの二人いきなり仲良くなってないか?」

「昨夜は寝ずに語り合っていた。どうにも気が合うらしい」

「そうかぁ、確かに年齢は同じくらいだろうけど……あんな女、真面目なエルカとは気があわなそうなんだけどなぁ」


 フェイは頭を掻きながらも二人を店内へ案内した。

 部屋はけっして大きくはないが床には十六方位が描かれており、中心にルナ、端にはコノハがいる。

 二人とも長身なディアナと巨漢のカシムが、いきなり部屋に入って来たので、かなり驚いていた。


「おはようございます。師範」

「カシム、道場の外で師範は止めてって言ってるじゃない。あと、ユノさんの店の護衛はいいの?」

「一週間のお暇を頂きました。あの人は口が悪いですが、話せば分かる人です……ああ、こちらは砂漠の長、ディアナ様です」


 カシムは一歩引いて、ディアナとコノハを引き合わせた。


「ディアナよ、噂はカシムから散々聞いてるわ。昨日の下段突きも惚れ惚れしたわよ」

「あっ……あの、ごめんなさい」


 意味も無くコノハは謝り、その様子にディアナは微笑みを浮かべた。

 そして、ルナにも軽く手を振る。


「そっちもはじめまして。エルカからきいたけど、あなたが『神の約束』を受けた神官見習ね」

「はい。アルティア=ルナティヒです。ルナと呼んでください」

「ディアナ=ガラムディン、ディアナって呼んで。間違っても砂漠の長なんて呼ばないでね。私はあなたの神の従者ではないけど、ここにいても大丈夫なの?」

「ああ、はい、もう全然っ!」


 パタパタと手を振っているルナは、これでも『神の約束』を得た優秀な神官見習だった。

 『神の約束』とは『(あかし)』と呼ばれる奇跡の使用を、神から許される事である。約束を得る神官は十人に一人と言われ重宝される。

 なお、『証』の種類の殆どは治癒か託宣だ。ルナの『証』も一応託宣の部類に入るが、かなり特殊であり用途は非常に限られている。しかし、クエスト屋にとっては、これ以上無いほど貴重な奇跡だった。


「じゃあ、適当な場所に座っててくれ。本当は外でもできるんだが、最初は正確な方位が欲しいんだ」


 エルカはディアナ達に説明して座らせると、ルナに始めてくれと合図した。

 ルナは方位の線が重なる中心点に、一本の何の変哲もない細い木の棒をまっすぐに立てる。一つ深呼吸をすると静かに目を閉じ、『証』のための詠唱を始めた。


「神様、神様。尋ね人です。名前は、ええと、エドガー=グロスターさん。どっちにいますか? えいっ!」

「……あなた達の神様って、結構アバウトね」


 ルナが棒から手を離す。棒はしばらく屹立していたが、やがて力尽きたように倒れた。


 カランッカランッ


 木の棒は西北西を指した。エルカは地図を広げ、定規で方位をしっかり固定すると、一本の線を引く。


「迷いなく棒が倒れたという事は王子はまだ生きているようだな。場所は、やはりツヴェルフ砂漠か……よしっ、出るぞ!」


 エルカは地図を仕舞い、立ち上がる。

 それが出発の合図となった。





 コンコン


 領主の執務室のドアが控えめにノックされる。領主はその音だけで、叩いたのが誰か分かった。


「入りなさい」


 目を真っ赤にしたセラが入ってきた。


「また泣いていたのか、いい加減に」

「お父様っ!」


 セラの声音は力強く、しかし震えていた。


「お父様がフェイを殺そうとしていたのは、本当ですか?」

「……本当だ」


 セラの顔が、怯えと怒りと悲しみに染まる。


「何故ですか、やはり私がお母様の命を奪ったからですかっ!?」

「まて、セラ。それは違う。わしはお前がティリアーナの、お前の母の命を奪ったなど、思った事は一度として無い」

「……では……私のせいですか? 私が、フェイに会いに、ここを抜け出したせいなのですかっ?」


 領主は一瞬返事に詰まる。しかし、沈黙では許さぬと言う娘の迫力に、口を開いた。


「――そうだ」

「なら、私を牢に入れてくださいっ! なんで、フェイにばかり辛く当たるのですかっ!」

「いいか、セラ。お前は公女で――」


 コンコンッ


 再び執務室のドアが叩かれた。しかし、セラとは違い、的確で力強いノックだ。


「誰だ」

『ツヴァイ領公子リーガンです。領主公に相談があって参りました』

『アハト領公子コーディリアです。セシリア公女にも、ご相談があります』


――帰ったのではなかったか?


 領主は疑問を心に抑え「入りなさい」と命じた。セラは感情が高ぶってこぼれた涙を、手の甲で何度かこする。


「失礼します」


 入ってきたのは、昨日とは打って変わって軽装になったリーガンと、ドレスからワンピースとズボンになったコーディリアである。

 昨日、挨拶を交わしていなかったセラは、コーディリアの女装姿に口をパカリと開いた。


「さて、この緊急時にどうされたかな」


 領主の問いに、リーガンが一歩前に出る。


「王子誘拐の件で、ラドクリフ公爵閣下にお願いがございます」

「願いか……まずは聞こう。単刀直入に言え」

「我々は王都へ行き、王にゴルゴン討伐の直訴をするつもりです。しかし、そのためには公爵以上の上告状が必要なのです」

「ふむ」


 領主は腕を組んで、ふむと吐息を漏らす。


――悪い話ではない、か


 ゴリネルがあの調子であれば、ゴルゴン討伐の嘆願状は途中で話を握りつぶされていたのだろう。直訴する価値はある。自分がゼクス領を離れられない今、願ったり適ったりではないか。


「そして、セシリアに依頼とは?」


 今度はコーディリアが一歩進みでて、軽く頭を下げる。長い赤銅色の髪が流れるように肩から零れた。


「二領の公子だけでは説得力に欠けます。せめて三領の代表者が欲しいところですが、あいにくゼクス領の公子エルカーノ様は王子を探索中。そこで、セシリア公女殿下に同行をお願いしたのです。それに――」


 コーディリアはその美しい双眸(そうぼう)で、セラを流し見た。


「セシリア様が牢に入ったとて、あなたの勇者様は喜びましょうか」

「コーディリア!」


 リーガンがたしなめるが、コーディリアは意に介した風も無い。


「申し訳ありません。盗み聞きするつもりはなかったのです。ですが、先ほどの話を聞き、私はセシリア様に、是非とも同行していただきたいと思ったのです」

「でも、兄様は、私に何もするなと……」

「何もするな? 何もするな、ですか!」


 コーディリアは両手を広げ、大仰に嘆いてみせた。

 他の誰がやっても様にならないであろうその一挙一動は、見る者全てを魅了する技にまで洗練されている。


「では、セシリア様! あなたの胸にあるその想いは、何もしなければ一体どうなりましょう?」


 コーディリアは真っ直ぐにセラの胸を指した。

 セラは自分の胸元を見つめる。成長不良どころではないまっ平らな胸。しかし、その中にあるものは確かに熱く脈打っているのだ。


「あなたが動かずに、誰があなたの想い人を救うのですか?」

「でも……私は……」


 セラは迷う。

 自分が動けばフェイを不幸にする。しかし、もし今動かなくて、フェイが死んでしまったら、この想いは一体どうなるのだろう。


『セラ、お前はまだ生きてるんだ! 死ぬ前にそれを示せよ! 腐ってる暇なんて無いんだぞ!』


――そうだ、確かにフェイは私にそう言ったのだ。私は生きている、怖いけど、後悔したくないけど、それでも


「お父様!」


 セラは領主の目を見た。その碧の目にある確かな、どこまでも真っ直ぐな意思。

 領主はどうやっても勝てぬ相手がいることを認め、苦笑する。


「良かろう。護衛は任せたぞ、リーガン公子、コーディリア公子」


「「この一命を賭して、お守りいたします」」


 二人は両拳を合わせ、誓いの一礼をした。



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