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(26)呼びかけたが返事が無い

 呼びかけたが返事が無い。エルカは仕方なく師の顔をペチペチと叩くと、もう一度呼びかける。


 「師匠(ラビ)! 起きてください」


 ガラムはゆっくりと目を開けた。そして、意識が覚醒した瞬間、バッと飛び起きる。


「殿下っ、なぜここに? 領主公はっ? パーティはどうなりました?」


 その忠誠心と責任感の強さにエルカは苦笑した。


「なにやら会場は騒がしいようですが、父上の叫び声は途絶えました。おそらくフェイが上手くやったのでしょう」

「むう、あの状態の領主公を客人に晒してしまったか」


 うむむと呟いて顎に手を当てた。

 十年前、エルカが十二才で初めて父に引き合わされた時から何も変わっていない、困ったときのガラムの癖だ。


師匠(ラビ)は、仕える主人を選び間違えたのではありませんか」

「そんな事はありません。領主公は自分に厳しく聡明で公正なお方です」

「頑固で、融通が利かない点も付けてもらいたいものだ」

「それは美点でございましょう」


 ガラムは苦笑すると、体についていたほこりを払う。


 ザワザワザワッ


「む、庭園が騒がしくなりましたな」

「またフェイがトラブルでも引き寄せたか……行ってみましょう」


 師弟は休憩所から出ると、満月の庭園へと急ぎ向かったのだった。




 ディアナの発言によって、会場は混乱の渦と化していた。

 喚く者、放心する者、祈る者、そして、ディアナが砂漠の長とは信じない人々もいた。当たり前と言えば当たり前である。いきなり侵入して来た者の言うことであり、その内容が言うに事欠いて王子が誘拐された、なのだ。

 その筆頭が、乱闘の時は隠れていたゴリネルだった。


「いきなり現れてふざけた事をっ! 貴様はここをどこだと思っているのだ!」

「あら、ゼクス領主のお邸だと思ってましたけど、違いますの?」

「ふっ、ふざけるなっ! 貴様のような青二才で、しかも女のくせに砂漠の長だと? 誰が信じるかっ!」


 ディアナと名乗った女性は確かに年齢も若く見えた。まだ二十そこそこだろう。


「何をやっておるかっ! 衛視ども! さっさと捕えんかっ!」


 ゴリネルの怒声にすぐさま衛視達が集まり、ディアナを捕らえようと動きだした。あわせるようにカシムが一歩前に出る。

 そのタイミングでガラムは現れたのだった。


「ディ、ディアナッ!」


 ガラムは迷わず叫び、ディアナの元へ走り寄った。


「あら、クソ親父。ちゃんと生きてたのね」

「クソ親父と呼ぶでないわっ!」

「しょうがないじゃない、私が反抗期の時にゴルゴンに入っちゃってそれきりなんだし。でも、元気そうでよかったわ」

「そうか、そうだったな。お前も無事で何よりだ。サライは元気か?」


 いきなり繰り広げられたアットホームな会話に、一同は唖然とした。

 そんな中、真っ先に口を開いたのはゴリネルだ。唾を飛ばしながら領主に詰め寄る。


「どう言う事だっ!」

「ガラムは元砂漠の長です。あの女は間違いなく砂漠の長でしょうな」

「ぐっ……それよりもだっ! ヤツが風のガラムだとすれば、貴様はゴルゴンの手先を家臣にしているのかっ!?」

「いえ、既にゴルゴンとは縁が切れております。そもそも、ガラムめは砂漠の民の安全と引き換えに、ゴルゴンの副団長になっただけの事です」

「それがどうしてゴルゴンと縁を切ったのだっ!?」

「ゴルゴンが契約違反をしたため、と聞いておりますが」

「そっ、そんな事、わしは全く聞いておらんぞっ!」


 ゴリネルの唾が気になったのか、領主は一歩引いて眉をひそめた。


「公爵には自治権が認められております、そこまで報告する義務は無いでしょう」

「うるさいっ! 大体、リア=フェイロンはいたではないかっ! どう言う事だっ!」

「王子がゴルゴンに誘拐されたの今、そんな些細な事はどうでもよいはず……さて、砂漠の長よ」


 まだ何か言いたそうなゴリネルを無視して、領主はディアナに問うた。


「なんでしょう、ゼクス領主ラドクリフ公爵閣下」

「ラドクリフでよい。砂漠の長よ」

「では、ラドクリフ、私もディアナと呼んで欲しいわね」


 全く気負わないその口調に、領主は口を歪めた。


「分かった。ではディアナ、王子を誘拐したのはどこの組織だ?」

「分かってると思うけど、ゴルゴンよ。今じゃ悪党の九割は、あそこに所属してるんじゃないかしら」

「何故、王都ではなくゼクス領に伝えた?」

「誘拐された現場は僅かだけどゼクス寄りだった……と言うだけでは納得しないわね。本当は、ゼクス領がゴルゴン討伐のために色々準備していると聞いたからよ」


 ディアナはそこまで言うと、高台からゆっくりと降りる。足さばきが特殊なのか足音が全くしない。その光景は月明かりと相まって、酷く現実感が無かった。

 領主はディアナが話すべき事を話し終えたのだと見るや、再びゴリネルに向き合った。


「聞いたでしょう、ゴリネル将軍。一刻も早くゴルゴン討伐の軍を派遣していただきたい」


 領主は礼を尽くしながらも、問い詰めるように言及するが、ゴリネルはケロッと答えた。


「できんな」

「なっ!」


 この返答に領主だけでなく、周りの貴族たちもザワリと驚いた。


「ゴリネル将軍! エドガー王子は、唯一の王位継承者である事は分かっていよう!」

「しかし、無理だ。王子一人のために国を挙げての戦争はできん。王のために国があるのではなく、国のために王があるのだからな」

「戦争ではないっ! 討伐だっ!」

「同じ事だ。ゴルゴンは強大なのだからな――それより、ちょうど良い者がいるではないか」


 ゴリネルは自慢の顎鬚(あごひげ)で、会話に参加できないで呆然としているフェイを指した。


「あれを使えばよかろう。なにせゼクス領ご推薦の勇者様だ」


 ゴリネルはニヤニヤと笑っていた。この緊急事態にだ。

 もし、エドガー王子が殺されるような事があれば、王家は断絶するというのにだ。


――まさか、次の王座を狙っているのか?


 領主の胸中に疑念が浮かぶ。

 今、王家が断絶すれば、次の位である将軍が王になるのがふさわしい。その推論が当たっているとすれば、ゴリネルに軍を出させるのは難しいと判断した。


――なんと浅ましい


 領主はギリリと奥歯をかみ締める。

 そのやり取りを興味無さそうに見ていたディアナは、長く波打つ灰色の髪をうっとうしそうに掻きあげ、フェイを見つめた。

 その視線を感じてフェイが睨み返した瞬間、ディアナはニヤリと笑う。


「もし、リア=フェイロンが先頭に立つと云うなら、私たち砂漠の民は総力をあげて協力しますわよ」


 おおおおおっ


 貴族たちから歓声と困惑の入り混じったどよめきが漏れた。砂漠の民が軍事協力など前代未聞だからである。

 しかし、そんなことはフェイにはどうでも良かった。


「ふざけんなっ! 俺は絶対にやらないからなっ!」


 吐き捨てるように言ったフェイの前に、ゴリネルはヅカヅカと詰め寄っていやらしく笑う。


「おやおや、噂に聞いた黒猫にしては弱気な発言じゃないか」

「うるせぇ、黒猫って呼ぶんじゃねえよブタ野郎」

「ブッ、貴様……わしが誰だか分かってないようだな」

「知らねぇよ! てめーも、黒猫も、婚約も、王子もみんな知らねぇ! ああ、知ったこっちゃねえ!」


 フェイはゴリネルの胸倉を掴もうとして、しかし、その手を横から捕まれた。誰だ、と怒鳴ろうとして、喉元で飲み込む。


「エルカッ! 離してくれ、もううんざりなんだっ!」

「よせ。事態が悪化するだけだ」

「でもさ、なんだよこれ……みんな自分勝手に好き放題言いやがって――」


 手首を掴んだ大きな手は、優しくフェイの肩を引き寄せた。


「大丈夫、私に任せろ。とりあえず、エルカーナに帰れるようにする」


 耳元で(ささや)いたその言葉に、フェイはため息をひとつ落とし、小さく頷く。

 その答えにエルカは微笑み、矢面に立たされていたフェイの横に、さも当然のように並んだ。

 ガッチリとした体に豪奢なサーコートをまとったエルカ、ひょろりとした体にすっかり汚れた皮ジャケットをまとったフェイ。

 横に並ぶと『王子と乞食』そのものである。

 エルカは片手を振り払うように広げると、空気を震わせ、庭園にいた全てに、告げた。


「聞いたとおりだ! リア=フェイロンにとって、王子などどうでもよい。そんな命令など聞くに値しないっ!」


 会衆からは、憤りや困惑、非難の声があちこちから飛んでくる。されど、エルカはさらに大声を上げ、雑音を掻き消した。


「しかしっ、依頼(クエスト)としてなら話は別だ!」


 訪れた静寂に、エルカは唇の片端をニィと吊り上げた。


「父上、いや、ゼクス領主ラドクリフ公爵閣下! 王子救出の依頼(クエスト)、クエスト屋エルカーナにご依頼いただけますか?」


 対する領主も、エルカと瓜二つな笑いを浮かべる。


「よかろう! ただし、期限は明後日の夜までだ。それまでに王子の居場所を突き止めよ。それ以上は望まん。できるか?」

「勿論ですとも、公爵閣下!」


 エルカは一歩踏み出すと両手を広げ、芝居がかった口調で周囲を圧倒する。


「クエスト屋エルカーナの経営方針(モットー)は迅速、確実、徹底的」


 エルカの視線がちらりとフェイを捕えた。

 フェイはエルカを信じ、一歩を踏み出し、胸を張って空気を震わせる。


「必ずや、依頼人(クライアント)依頼(クエスト)要望(クレーム)解決(クリア)し尽くし」

「そして、差し上げる事を約束しましょう」


 フェイとエルカの視線が、交錯する。


「「あなたに、より良い明日(ベターライフ)を」」


 王子と乞食は、寸分たがわぬ一礼を決めて見せた。


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