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(19)拝啓領主様

『拝啓領主様

 私は一領民としてあなたを稀代の名君と尊敬しておりましたが、先日の公女様の一件、耳を疑いました。どうして娘の恋路を邪魔するのでしょう? そもそも父親とは――』


「うぬううううう……」


 領主は長たらしい書面の残りを流し読みすると、自分の机の上に盛り上がった紙面の山頂に追加した。

 この山はすべてゼクス領民からの苦情や嘆願書である。

 これだけの意見が領民から出た事は、おそらくゼクス領始まって以来であろう。

 領主は読んでいない山から5枚ほど掴み取り、目の前に並べる。


『セシリア様の気持ちを認めてあげてください!』

『子供は政治の道具ではありません。どうか……』

『頭が古いよ、今は自由恋愛の時代だぜ?』

『黒猫に愛の手を!』

『いい加減に娘離れしろ! このタコ!』


「うがあああああああああああっ!!!」


 読み終えた手紙を五十枚ほどまとめ、パンを割くように真っ二つに破り捨てた。

 そして、次なる手紙をむんずと掴んで固まる。


「ガラムッ! ガラムを呼べっ!」

「しかし、ガラム殿はセシリア様のパーティの準備で」

「かまわんっ! いますぐ呼べ!」


 やがて、執務室にガラムは風のように現れた。


「領主公、お呼びでしょうか?」


 やや疲労の見えるその顔には、しかし不満の色は一つも浮かべていない。

 優秀な部下を持ったものだと、頷きながら領主は言の葉に感謝の意を込めた。


「ご苦労……さっそく本題に入るが、まずはこれを見ろ」


 差し出したのは1本の巻き物。

 巻き物は手紙とは一線を画す正式な書簡である。本来であれば使者や正式な手続きを踏んで送付されるはずの物だ。

 それが何故こんな所に紛れているのか――そこでガラムは、その巻き物に使われている封印が赤い地竜である事に気付いた。


「これはベヒモスの蝋印! 砂漠の民からの書簡ですか?」

「そうだ。この騒動がお前の一族にまで広がっているのだ。読んで見ろ」


 ガラムは巻き物を敬意を持って受け取り、眼前に垂らして読み始めた。


「これは……まさか」

「ああ。長たらしいこと書いてあるが、要はリア=フェイロンを戦士と認め、そのゴルゴン討伐に砂漠の民が総力をあげて協力するという事だ。住処を失い流浪となったとは言え、あの閉鎖的な砂漠の民が、だぞ? あれが軍事協力など、ゼクス領、いやシュバート国ですら前代未聞だ。一体何があったと見る……元、砂漠の長よ」


 久しぶりに聞いた言葉に、ガラムは顔をしかめた。

 思い出したくない過去なのだ。


「この書簡の差出人は私の娘、ディアナにございます。間違いなく、砂漠の民の総意でしょう」

「そんな事は分かっている! なぜ、今ごろになって協力するような書面をよこしたと思う? いつ、リア=フェイロンごときを砂漠の民を戦士と認めたのだ!」


 領主の怒声に、ガラムは先日の一件を思い出し舌打ちをした。


「……申し訳ありません。先日ヤツを捕らえる時に抜いた二刀目を、砂漠の民に見られたのでしょう」

「あれごときに二刀目を抜いたのか!」

「あやうく、右足を潰されるところでしたので……よもやこのような事になろうとは、申し訳ございません」

「チッ、まあいい。協力自体は吉報なのだからな。だがそれにしても、砂漠の民の反応が早すぎる……」


 例の決闘があってからまだ二日目でこの手紙である。


――砂漠の民め、ヤツを見張っていたか


 砂漠の民は、ハッキリ言えば後が無い状態だ。故郷であるツヴェルフ砂漠にある拠点の殆どをゴルゴンに強奪され、ほぼ唯一の収入源であった金鉱脈も奪われたと聞く。

 そこへ、ゴルゴン討伐の勇者が現れたと噂が立ち上ったのだ。

 砂漠の民が人物調査を仕掛けていてもおかしく無い。いや、むしろマークがあったと考えるべきだろう。

 砂漠の民は少数だが強力だ。軍事協力はありがたい、しかし、


「……だが、それでもまだ戦力が足りぬ」

「はい。ゼクス領と砂漠の民が協力したとて、まだゴルゴンには刃がたちますまい」

「しかし王軍は全く動かぬ。我らの要請にぬらりくらりと言い訳をつけ、王都ばかりを守っているのだ。ガラム、すまんな。約束はまだ果たせぬ」

「領主、私は命も誇りもあなたに預けております。今は砂漠の民ではなくゼクス領民とお考え下さい」

「そうか……しかし、あやつの処遇はどうしたものか」


 領主は深く息をついた。

 リア=フェイロンの噂がこれだけ大きくなってしまっては、もみ消す事はもはや適わない。


「領主公、いっそあの者を認めては――」

「ならんっ!」


 机に拳を振り下ろし、鈍い衝撃とともに卓上の書類が宙を舞った。


「セラがあんな男に言いように弄ばれるなどと、想像しただけではらわたが煮えくり返るわ!」

「――御意。ではパーティの準備はそのまま進めましょう」


 頭を下げたガラムに、領主は斜め上を見ながら尋ねる。


「……セラは、どうしておる?」

「セシリア様はまだ、泣いておられます。食事も二日、取られておりません」

「ぐぬぬぬっ! 忌々しい!」


 領主はもう一度拳を机に振り下ろし、立ち上がった。


「セシリア様に、会いに行かれるのですか?」

「ああ……その前にヤツの覚悟を、聞いておく」


 そして去り際に言った主の呟きを、ガラムは確かに聞いたのだ。





 フェイは頭の上に便所壺を持ち上げ、扉の前で息を潜めていた。

 壺は重く、それを持つ腕も既に筋力の限界でプルプルと震えている。

 しかし、月の傾き具合から、もうすぐアズマが飯を運びにやってくるはずだった。

 そして、その時こそが脱出のチャンスなのだ。


――計画は完璧だ。絶対にここを抜け出して、クロフの結婚式を祝ってやるんだ。


 カツン……カツン……


 階段を登ってくる足音がフェイの耳に届く。


――決行の時は来た!


 ゴクリと唾を飲み込み、頭の中でもう一度シミュレートする。

 タイミングは扉から頭が出た瞬間、振り下ろす個所は後頭部、情けは全て排除すること、脱出ぎわに言うセリフは悪く思うなよ――まさに完璧だった。


 ガチャリ


 鍵がはずされ、ゆっくりと扉が開く。


――いけええええっ!


 ヌッと侵入した人影に目掛け、全身全霊を込めて壺を振り下ろす。

 しかし、侵入者はフェイの僅かな気配を感じるや機敏に反応した。


「甘いわっ!」


 頑丈な便所壺は侵入者にぶつかる直前、巨大な拳によって粉々に粉砕された。


「なっ――」


 だがしかし、その反応速度を持ってしても便所壺の内容物までは止めようが無い。

 『甘いわ』の『わ』の形に広がった口へ、壺の内容物である『何か』は容赦なく飛び込んだ。


「う、うわ」

「……ペッ」


 アズマにしては巨大すぎる人影は、その『何か』を吐き出し、それが何であったかを確認する。

 薄い月明かりに、その顔に幾筋もの血管が浮き出るのがハッキリと見えた。


――もし生まれ変わったら、チョウになりたい


 迫る拳を見て、フェイはうっすらと笑った。




「……む、フロに入るか」


 領主は一仕事終えたとばかりに額に浮かんだ汗を拭い、足音も高く牢を去っていった。

 そして、牢には痛いほどの沈黙が訪れる。

 酷い嵐の後に残される、あの沈黙だ。


 従ってこの部屋に残ったモノと言えば、ボロ布のような布団と毛布、そして人間のような雑巾、それだけだった。


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