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(13)事のてんまつ

 事のてんまつを二人から聞き出すと、ルナはこらえきれずに吹き出した。


「ちょっと、そこでロリコンってフェイ! あなた本当にバカでしょ! あはははっ!」

「笑うなよ。俺だって必死だったんだよ」


 フェイは憮然とした表情で怪我の上から薬を塗っている。

 一方のコノハはようやく落ち着きを取り戻したのか、来客用のソファの上で頭を抱えて項垂れていた。感情が暴走した後は、いつもああやって自己嫌悪のスパイラルに入ってしまうのだ。あれさえなければ素直で本当にいい子なのだが。


――ああ、そっか。笑ってる場合じゃないんだっけ


 ルナはひとしきり笑い終えると、この阿鼻叫喚の原因が自分にある事を思い出し、小さくため息を吐いた。

 これ以上、事態が悪化する前に事実を告げなければならない。

 しかし、こんな状況でコノハに「実はあのときの手紙、クロフが書いた物なの。ごめんね」などと暴露すれば、一体どうなるだろう?

 良くてコノハの自己嫌悪が1ヶ月追加され、悪ければルナとの友情が粉々に砕けかねない。


――なんでこんなに話しがこじれてるのよ! 神様の意地悪!


 神官見習いにあるまじき愚痴を胸中で繰り返し、その果てにルナは一つの結論を出した。

 すなわち真実の保留である。

 おそらくこれ以上は悪くならないだろうとの、楽観的希望に基づいた結果でだった。

 しかし、黙っているだけと言うのもなんなので、とりあえずの妥協案としてフェイにアドバイスする事にする。


「ねぇ、フェイ。セシリア様のコトだけど、ちょっといいかな?」

「ち、ちがうんだ! ルナ、俺はっ――」

「大丈夫よ。あなたが巻き込まれ体質な事くらい、ちゃんと分かってるから」

「……そうなのか?」

「相変わらずの自覚ゼロなのね。それはともかく、よく聞きなさい。セシリア様は俗に言う『はしか』にかかった状態なのよ。ほら、コノハ、あなたも小さい頃になったでしょ?」

「あたし? あたしは、まだかかったこと無いけど……」


 急に話を振られてキョトンとしたようにコノハは答えた。

 ルナは少し疲れたように嘆息し、お姉さんらしく指をピッと立てて話を続ける。


「コノハも意外と天然よね。ほら、あなた10歳くらいの頃、ウチの教会の先生にベタボレだったでしょ?」

「ル、ルナ! そんな昔の事、ここで言わなくたって!」

「分かりやすい反応ありがとう。フェイ、分かった? 女の子は小さい頃に一度は年上の男性にあこがれちゃうものなのよ。でもこれは、病気みたいに夢中になる代わり、すぐ引いちゃう事が多い厄介なシロモノなの」

「……だから、はしかか」

「そう! そうなの!」


 ルナは手を打って満面の笑みを浮かべる。

 その後ろでコノハが「あれ?」と首をかしげてボソリとつぶやく。


「でも、セシリア様って16歳なんじゃ――」

「コノハは黙ってる! いいこと、フェイ。セシリア様は外界から閉ざされた世界で生きてたの。だから男性経験なんて無いも同然よ。今はただ恋に恋してる――つまりちょっと遅めの『はしか』ってコトなの! 分かった?」


 ルナの説明はかなり強引だったが、フェイは「なるほど」と素直に納得した。

 たしかにフェイが生まれ育った下町でも、十代前半女の子は同世代の男にはあまり興味が無く、見も知らぬ王子様や頼りになる大人にあこがれていた子が多かった。しかし、しばらくすると一様に同世代の男子に興味が移ったものだ。

 その要因はたった一つ、時間である。


「つまり、セラの事はこのままほっときゃ解決する――のか?」

「私の経験から言うと、そうかなって思うわよ」


 フェイの回答にルナは満足そうに頷いた。


「そ、そっかぁ。俺、なんか生きていく希望が出てきた気がするよ。ありがとう、ルナ!」

「その調子よ。それからコノハも、こんな事で犯罪者になっちゃ駄目だからね」


 ルナに笑いながらおでこを突付つかれ、コノハは顔を赤らめてうつむいた。


「あ、もうこんな時間だ!」


 応接室の片隅においてあった日時計を見て、ルナがわざとらしく叫んだ。


「ごめんね、私もう行かなきゃ。と言うわけでまたねっ!」


 ルナは慌しくもエルカーナを後にした。

 なんとなく、何かを隠している様な気がしたのは、きっとフェイの気のせいだろう。


「……ルナって、やっぱり頼りになるよね」


 コノハは少し潤んだ目でコノハの消えたドアを見つめ、フェイも無言で同意したのだった。


 そして、そんな二人を後ろから冷ややかに睨む視線があった。

 エルカである。


――つまらん


 そう、こんなに簡単に修羅場が治まってしまっては、つまらない事この上ない。

 何より気に入らないのがセラへの対応である。

 放っておけば冷めるなど言語道断、そんな怠惰たる展開が果たして許されて良いものだろうか?


――否! 断じて否!


 エルカはゆっくりと目を閉じ、策を巡らせた。


「エルカ、大丈夫か? 随分歯が痛そうだったみたいだけど……お茶でも飲むか?」


 目を閉じたエルカが辛そうに見えたのか、フェイが心配そうな声を掛けるとエルカはゆっくりと目を開いた。


「あぁ、頂くよ。それにしてもフェイ、随分表情が変わったな」

「まぁな。なにも色々悩まなくてもよかったんだ。ルナの言う通り、このまま放っておけばセラも飽きて、そのうち別のヤツに興味が移る。そう気付いたんだよ」

「そうか……」


 フェイは既に悟りを開きかけている。

 確かに、手を入れぬ恋愛など水をやらぬ草花のごとく、やがて枯れるのは必定。

 事態はかなり深刻のようだった。


――これは、止むをえんな。危険だが毒をもって毒を制するか


 エルカは目を細めて両の手を口元で組むと、ゆっくりと宣言した。


「では、私も協力するとしよう」


 フェイは「本当か?」と驚いて振り向く。

 エルカは爽やかに笑うと大きく頷いた。


「もちろんだとも、私もセシリアの社会経験不足には不安を抱いていたんだ。いくら勘当された身とは言え、私にとってはたった一人の妹だ。何とか男性との出会いが増えるよう、私から父上に進言してみよう」

「でも、エルカ。あれだけ実家に干渉するの嫌がってたじゃないか……」

「確かにできれば二度とかかわり合いたくはない。しかし、他ならぬフェイのためだ。出来る事はやっておきたいのだよ」

「エルカッ!」


 フェイは感極まってガッシとエルカの大きな手を握ると、感動のあまり目元が潤んでしまった。

 そのせいだろうか、エルカの爽やかな笑顔が、妙に歪んで見えたのだ。




 翌朝、領主邸に一通の手紙が届けられた。

 受取人は当然ゼクス領主ラドクリフ公爵になっている。

 そして、手紙の差出人はエルカーノ=ラドクリフ。


「ほほぅ」


 領主は手紙を前にあごをひとなでした。

 あの強情なエルカが捨てたはずの姓名を使ったのだ。ただ事ではないだろう。

 領主は封を切り、慎重に手紙に目を通し……そして、書いてある内容に首を捻った。

 そこには他愛の無い社交辞令、そしてセラについてある進言しか書かれていなかったのだ。


 手紙の内容はこうだ。

 文頭には簡単な近状報告と義務的な父への体の気遣い。

 そこからセラの現在のあり様を大袈裟に嘆く文面が、恋愛作家も顔負けの叙情風に書き留められていた。

 いわく、セシリアがフェイに心を寄せてしまったのは、男に対する免疫の無さと良識ある高貴な男性を知らないためだと。

 そして16歳にして正式な婚約者がいない事も問題だと述べ、ふさわしい男性は父親が用意すべきだ。と添えてある。

 最後にエルカはセシリアの婚約者選定を主眼にした盛大なパーティーを開くべきだと切々と訴えた。そうする事でセシリアの目が開かれフェイなど忘れようと締めくくっているのだ。


「……ガラムよ、この手紙をどう思う?」


 傍に控えていたガラムに手紙を見せた後で、領主は尋ねる。

 ガラムは姿勢を正し、直立不動のまま答えた。


「賛成ですな。むしろセシリア様の社交界への参加は、既に遅いと感じておりました」

「そうではない! このわざとらしい文面、あからさまに怪しいと思わんのか?」

「確かに殿下は謀略には長けておりますが、おおむね善人です」

「くそっ、あいつめ何をたくらんでおる!」


 忌々しげにラドクリフ公は手紙を机に叩きつけるが、バイスレイト製の重厚な机は微動だにせずそれを受け止った。

 領主の印象ではエルカは決して妹思いとは言えなかった。良く言えば何事においても自立しており、悪く言えば自己中心的である。公爵家の長男としてあらゆる私欲を禁じてきた反動か、自分の欲望に忠実になってしまったのである。

 そのエルカが今、使いたくなかったはずの姓を使い、妹の将来を案じるような手紙をよこした――なにか意図があるに違いない。


「……恐れながら領主公、認めたくはありませんがリア=フェイロンの自由のためではないでしょうか? 殿下はかの者を貴重な片腕としておりますので」

「ふんっ!」


 ガラムが口に出した名前に領主は思いっきり顔をしかめる。しかし、客観的に考えた末、それが最も有力な答えだった。

 愛娘セシリアにとっても愚息エルカーノにとっても、リア=フェイロンは無くてはならぬ人物――その結論を領主はしぶしぶながらも認める。


「だからと言ってセラに貴族とは言え男を引き合わせるなど……まだ早過ぎる」


 ガラムはその場にひざまづき、両の拳を合わせた。


「領主公、恐れながら具申致します。今のセシリア様をこのままにしておくのはあまりに危険です。この先、果たしてどのような暴挙に出るか――」

「無礼だぞガラム! 我が娘をそこまで愚かだと言うつもりか!」


 その時、執務室の扉がバンと開かれ、姫付きの侍女は声高らかに叫んだ。


「セシリア様が、脱走しましたっ!」


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