06
ティアは低い重低音の聞こえた方に目を向けると目を見開いた。2mはあるだろう巨体、服の上からでも分かるくらいのがちむちな筋肉、ギラギラと獲物を狙っているようにも見える眼、光を浴びて輝く銀灰色の―――毛並み。ん?毛並み?
「……犬じゃん。」
目の前に犬がいた。
それもただの犬ではない、服を着て二足歩行でこっちに歩いてきてる。……歩いてきてる?!
「あ、あ…あぁああ!ど、どうしよう!こっち、こっちにくるよ犬!」
「ちょ!俺を盾にしないでほしいっすぅわぁああ!来てるっすよ!こっち来てるっす!!絶対さっきのティアさんの発言がまずかったんすよ!」
「ば、ばっきゃろー!縁起でもないこと言うな!その可能性が一番かもしれない!ううん!もうなんかこっち見てるしそれしか思い付かないけど、その選択肢だけは消せ!消すんだ…えっと、ポチ!ストップ!!」
ザクザクと草むらを進んでいた犬(?)がこっちをギンッと睨み付け、速度をあげて近づいてきた。
「ちょ!馬鹿っすか!馬鹿っすよね!なに煽ってるんすか!」
「な、なんでぇぇ?!」
もう涙目になるしかない。私なにも悪いことしてない、絶対してない。ただ名前つけただけだもん。似合いそうな名前つけただけだもん。いや、実際は全然合わなかったけどさ。
うわぁああ!と何とも情けない声を上げながら涙目になっているキフェルと、そのキフェル盾にしながら、ハウスハウスハウスハウス…とぶつぶつ呟き隠れているティアの目の前に、犬(?)がたどり着いた瞬間、キフェルと犬(?)の間にレヴィアとルフェが立ち塞がり、周りの警戒が一気に膨れ上がった。
「この子達には触れさせません。」
「………。」
「…用は何カナ?」
目の前の2人、そして周りの4人からの無言の圧力にも怯えることなく犬(?)はキフェルの後ろに隠れているティアに視線を向け、大きな牙が見える口を開いた―――
「………私は犬ではない、人狼だ。」
「………」
「………」
「…え、それだけ?」
自分を犬ではないと言った人狼は、恐る恐るキフェルの後ろから顔を出したティアの言葉にこくん、と頷いた。
なんだこれ、ちょっと可愛い。
そのやり取りを見ていきなり現れた銀灰色の人狼に殺意がないことが分かると、警戒していた六人は少しだけ戦闘体制を崩しはじめる。
「それは、…申し訳ありません。」
「ティアもほら、謝ッテ。」
「ポ…ご、ごめんなさい。」
ポチと言いかけた瞬間、また鋭い眼と目があった。こ、こわい、ポチこぇえ!!!
「ですが、人狼でしたか。ここの土地で獣人の方に出会うとは、…珍しいですね。」
「この学園は、中立であるからな。学園内では獣人はそう珍しくもない。あぁ、申し遅れたが私はシュベラッツェ魔術学園の教―――」
ルゼがキフェルとティアの前に然り気無く出てきたことで、人狼とティア達の距離が少し離れる。その行動に気づいたのか一歩距離を置いた人狼は会話をしながらも周りをぐるりと見渡して、動きが止まった。視線の先を追っていくとあるのは、数分前にルフェが陥没させた痛々しい扉。
「……あれは、なんだ。」
「あ、ごめーン。それ僕がやっちゃッタ」
てへっと効果音がつきそうな顔をしてルフェはごめんネーと謝った。いや、これ謝ってるのか?なんかポチの表情見えないけど、口がひくついてる。
「ま、…まぁいい。この扉は自然回復するからな。ということは、先程から騒がしかったのはお前たちと言うことか」
人狼は溜め息をつくとこちらに向き直った。
…今、わふんって言った。溜め息がわふん?!うぉおぉまさに犬!あ、犬じゃないのか。
「今、何か失礼なこと考えていないか?」
「まさかとんでもにゃい」
「………」
「…すまぬ。」
恥ずかしい、もう前見れない。なんだあれ、とんでもにゃいってなんだよ。ちくしょう恥ずかしい、くすくす笑いやがって笑い声しか聞こえないけど、誰かわかんないけど覚えてろ!
噛んでから下を向き続けるティアの心を察したのか、あー…と、目の前の人狼は声をだした。
「まぁ、その、あれだ。今日この場所にいるということは、お前たちが"ティア・サーレット"と"大罪の咎人"か」
空気が一気に変わった。
"大罪の咎人""七つの大罪"世間ではレヴィア達はそう呼ばれてる。…嫌な呼び方だ。勝手に呼んで勝手に怖がって、別にレヴィア達が何かしたわけでもない。危害を加えた訳でもないのに、ただ少し力を持っているからって恐れられ、嫌われ、あぁ、もうほんと嫌になる。
「…何も知らないくせに。」
ぼそり聞こえたとティアの言葉に、反応できる者はいない。それほど、先程までのティアの空気と今のティアの空気が違うからだろう。ティアは一言発してキフェルの背中からルフェの背中の後ろへ移動した。
「まぁ貴方がいうそれは私たちのことてすね。レヴィア手紙を出してもらえますか。」
「えぇここにあるわ。はい」
「ありがとうございます。えっと、これがたぶん紹介状のようなものだと思います。どうぞご確認を」
「あ、あぁ。」
手紙を確認した人狼はまったく同様を見せないルゼとレヴィア対し、少し同様を見せた。
「あの、いや…私が言うのもあれなのだが、…その、ティア・サーレットは…大丈夫なのか?」
ルゼ達と話をしている最中も気になっていたのだろう。少し離れている場所でルフェとアマイに、よしよーし大丈夫ダヨー落ち着こうネー。ティア元気だすさね!タシの実いるかい?!とあやされているティアにちらちらと視線を送っていた。
「あぁ、大丈夫ですわ。いつものことですから。」
「すぐけろっと元に戻りますよ。」
「そ、そうか…」
「但し。もう、二度とティアの前では言わないでください。」
「……すまなかった。」
ティアにとって大罪の咎人と言う名が禁句だったとしてもそれを知らなかったのだから、仕方のない事である。だが、一瞬見えた少女のあの苦しそうな顔を見てしまうと、気になってしまう。
「まぁ、貴方は知らなかったのですから仕方のないことですわ。」
「だか、すまなかった。」
学園長に注意しろと言われたのにこんなことになるとは思わなかった。そう後悔しているといきなり後ろから衝撃がきた。
「?!?!な、なんっ、だ……」
驚いて後ろを振り返った瞬間、自然と目線が下へ下がり、顔を下に向けているティアの頭が視界に入った。
「…その、すまなかった。いくら知らなかったとはいえ、その、不快な思いをさせてしまった。」
「………。」
「…なにか、反応してもらえたら嬉しいのだが。」
何も反応しないティアに焦ったが、周りを見渡すと生暖かいような、よくわからない目をしていた。が、いきなりティアが顔をあげ、瞳孔が開いた目と目があった。
「ひ、ひぃぃい!!!!」
「人の顔見て悲鳴とは何ぞや。」
瞳孔が開いた目とあったのは一瞬で、すぐにティアの目はいつも通りの目に戻った。
「いや、あの…」
「もう、気にしないでください。私もごめんなさい。」
「…こちらこそ、すまなかった。」
「じゃあもうこの話は終わり。じゃあもういい加減飽きたから行こうポチ!!………あ、」
やってしまった。ポチって、言っちゃったよ。さあぁぁとティアの顔が青くなる。
「…先程から思っていたのだが、それをどこで聞いた。」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさ……え?」
「だから、その名前をどこで聞いた、私はまだ名乗っていないのだが。」
「いや…、あの適当に…」
何を言っているのだろうかこの目の前の犬、いや人狼はまるで、まるで……
「ふむ、そうか、私はシュベラッツェ魔術学園の教師、ポチ・ハウステットと言う。最初は名前を呼ばれて驚いたぞ。まぁ以後よろしく頼む」
………似合わねぇ。