トリックは読者に対して
ミステリにおいて謎というのが「読者が過去について分からないこと」というのは前に説明しました。
ということは、謎を作るためのトリックの対象もまた、読者になるわけです。
ここ、「当然だろ」と思われるかもしれませんが、地味に重要です。
例えば典型的なトリックとして、密室殺人のトリックがあるとしましょう。これは、物語上は「犯人が主人公達登場常人物に向かって」仕掛けたものです。
しかし、本質的には、実は「作者が読者に向かって」仕掛けたものなのです。
ですから、次のようなのはミステリの謎として成立しません。
例1.探偵役を含めた登場人物がその密室殺人の謎が解けない。が、読者からはトリックがバレバレ。
逆に、次のようなものはミステリでありえます。
例2.探偵役や数人の登場人物にとってはその密室殺人の謎は謎になっていないようだが、読者からすればまるで分からない。
さて、近年の海外ミステリでは、いわゆる犯人によるトリックでの不可能犯罪のようなものはあまり扱われない傾向にあります。あまりにも現実的ではないからです。
ですので、「意外な犯人」や「意外な動機」あるいは展開の妙や純粋なストーリーの良さで魅せるミステリが主流なのですが、実はこれにもトリックが使われています。
例3.連続殺人犯は、刑事である主人公の相棒だった。
これは、つまり作者から読者に仕掛けた「主人公に近い奴を犯人にする」「犯人を凄いいい奴そうに描写する」「主人公のパートナーというキャラを立たせる」というトリックによるものです。
つまり、作者からのトリックによって、読者は犯人がよく分からない、つまり謎が生じているという構造になっています。
叙述トリックなんか、もろに作者から読者へ仕掛けるトリックですが、実際にはミステリにおけるトリックとは本質的には全て作者から読者へのものだと考えた方がいいと思います。