叙述トリックの『理由』、そして最も効果的な叙述トリックとは
サスペンスに限った話ではないんですが、推理小説に比べて実は叙述トリックを仕掛けやすいのは間違いないので、ここで叙述トリックについて。
叙述トリックってありますね。作者から読者へ仕掛けるトリックのことです。
まあ、よく流行ってはいるんですけど。正直これはメタ的なトリックなんで、何でもありとそうじゃないラインの見極めが難しい気がするし、『トリックの理由』を作るのが難しいですね。
なんで、実はそんな好きじゃないです。というか、仕掛ける側からすると難しいんで注意が必要ってとこですかね。
※『トリックの理由』ってのは、そのままトリックを仕掛けた理由というか必然性のことです。例えば犯人が密室トリックをあえて使ったとして、そのトリックを仕掛けた動機がない、つまり別に自殺に見せかけもしてないし自分が犯行不可能に見えるわけでもないとすると、その密室トリックは理由のないトリックになります。
現実問題として、全く理由のないトリックというのはお目にかかったことはありませんが、理由の部分が薄かったり納得できなかったりするトリックは結構存在します。そうすると、そのトリックがものすごい話から浮いてしまって気持ち悪い感じになるわけです。
叙述トリックの場合は、作者が読者に対してそのトリックを仕掛ける理由はどこにあるのかって話です。
さて、これ実は本格寄りの推理小説であればあるほど、叙述トリックの『理由』は簡単ですし、なんでもありとそうでないラインもはっきりします。しかし、だからこそ非常に叙述トリックは使いにくくなるのですが。
トリックの『理由』=読者を騙す
これですね。これで終わり。
そりゃ、叙述トリック全部そうじゃねーかよ、という話ですが、推理小説の場合、どんどん推理クイズとか推理ゲームに近くなる、という話を推理小説の項でしたと思います。読者への挑戦が入るような推理小説だと、擬似的な作者VS読者の構図はかなりはっきりしてくるわけです。
騙す作者対推理して暴く読者って感じですね。
その構図の元では、作者が読者を騙すための叙述トリックの必然性は一目瞭然なわけです。そもそも、そういう勝負なわけですから。
ただし、本格的な推理小説に寄れば寄るほど、フェアに推理可能である(と読者が思える)ことが必要不可欠になってきます。
そうなると、メタ的なトリックであるがゆえに、これをフェアに推理可能なトリックにすることに色々と工夫が必要になってきます。つまり、物語の進行上に、作者から読者への叙述トリックへのヒントが必要になってくるんですな。これをうまくやらないと、アンフェアなトリックということになってきます。うまくやっても、下手をすると叙述トリックであるということだけでアンフェアだと看做されてしまうかもしれません。そういう意味では、結構茨の道です。
で、そうなると推理小説以外のジャンルの方が叙述トリック使いやすいような気がせんでもないですが、そうすると『理由』が問題になるわけですね。
騙す暴くの勝負をしていないのに作者が読者に対してトリックを仕掛けるには、やっぱり理由がないと浮いてしまうわけです。
さて、そうするとその場合の『理由』はカタザトが今ぱっと考えると次の三つのパターンかな。
①叙述トリックが作品のテーマのために必要。
前にちらっと書きましたが、これができりゃあ一番いいし、理想的な物語重視のミステリって印象ですね。『葉桜』とかがこれにあたります。
②叙述トリックを作者から読者へのものではなくする。
これ、意外に多いですよね。
例えば、その物語を一人称にして主人公が書いたって体にするとか、語り部がいてそいつが話す話の中に叙述トリックを仕掛けるとか。
これをすると、作中人物が作中人物に対して叙述トリックをしかける、という形になるので、物語上のそのトリックの理由を設定し易いんですね。
③結局、特に理由なし
んなアホな、と思われるかもしれませんが、実は結構このパターンも多いです。
特にフェアでもない叙述トリックが、別にガチガチの推理小説でもないライトミステリみたいな感じの話で唐突に使われてるやつ。一昔前、凄い叙述トリックが流行った時には特に多かった印象です。
別にこれ、一概に悪いとも言えないんですよね。そのトリックがメインじゃなくて他がしっかりしているところにスパイスとして叙述トリックをしかけてたらパンチの効いたいいスパイスになります。フェアじゃなくても物語上の理由がなくても、どうしても使いたい、凄いうまい叙述トリックを思いついたのかもしれません。
ただ、やっぱり半端な考えで理由なく叙述トリックをしかけるのは危険ということは繰り返し言っておきます。
さて、そうやって、工夫して理由をつけたり、あるいは理由をつけずに危ない橋を渡ってまで推理小説以外で叙述トリックを使う利点はあるのか。それくらいだったら使わなかったらいいじゃないか。
実はあるんですね。凄い根本的な利点が。
これは、「最も効果的な叙述トリック」とは何か? という話に繋がってきます。
色々、皆さん意見があるかもしれませんが、カタザトはおそらくこれが一番効果的だろうと確信している定義があります。
それは、「叙述トリックを使うと読者が想定しない小説で使われる叙述トリック」です。
ミステリだと、最近の読者では正直な話、叙述トリックが仕掛けられているのではないかと疑って読む読者も多いと思います。その上で裏を書くためにミステリ作家達は鎬を削って、大傑作を書かれているわけです。それは素晴らしいですけれど、それはそれとして。
他のジャンル、それもその叙述トリック以外には全くミステリ要素がないような小説ではどうか。
全く想定していなかった叙述トリックを思い切り喰らうわけです。多分、これが一番効果的になるんじゃないでしょうか。となると、実はミステリから遠ければ遠いほど、叙述トリックは効果的になる可能性を秘めているわけです。
ですので、理由を設定したり、あるいは理由無しでも何とか小説として成立するよう調整したりしてでも、ミステリから離れたジャンル(少なくとも種明かしまでは読者がそう考えているジャンル)で叙述トリックを使う利点は充分すぎるほど存在すると考えます。
ミステリ色の薄めのサスペンスだと思わせておいて、最後の最後に実は大掛かりな叙述トリックがある、と言った形だとずばりと決まるのではないでしょうか。他には、ホラーとか恋愛小説とかでもいいですね。
※恋愛小説で叙述トリックと言うとすぐ思い浮かぶのは例のアレですが、アレに関しては著者名の時点で分かる人には「どうせ、ただの恋愛小説じゃないよな」と疑われてしまう気もするので、そういう意味では実は「本格寄りの推理小説」に近いかもしれませんね。




