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最終幕

 普通天国と言えば雲の上を歩いているようなイメージがあるが、別にそんなことはなく、そもそも上空にあるというものも正しくは無い。天国……あの世は、この世とは別の次元に存在しており、上に上がるのも、あの世に入るための通過儀礼のようなものであった。

 そして、その天国はというと、傍から見ると普通の人間の世界である。

 天国の各所に様々な国の様式に乗っ取った街並みが並んでおり、死神も天使も、ついでにそれ以外の地上で死亡して上がって来て転生出来なかった、いわゆる暇な魂も、ごっちゃ混ぜで街に住んでおり、独自に社会活動を行っているのである。

 そして、ここは現代日本の様式にのっとって作られた街。

 この街のマンションの一室に、死神、菖蒲の部屋があった。

 休日の菖蒲は、平日の死神としての仕事ぶりからはまるで想像もつかないようなダメっぷりを見せる。

 今日も今日とて、昼過ぎに目を覚ましてかれこれ三時間、トイレに立った以外はずっとベッドの上でゴロゴロと横になったまま、服もミントグリーンのパジャマ姿のまま、テレビを何気なしに見ていた。今テレビでは、最近あの世デビューしたアイドルが、頭上に浮いた光る輪を可愛らしくピコピコ動かしながら歌って踊っていたりする。

「……あー、だる」

 抱き枕を抱いて、ゴロン、と横に一回転。隠す必要も、自室では無いのだろう。左腕の包帯は解かれていて、龍の紋章がパジャマの袖から見え隠れする。

 普段の休日の彼女もこんなものであったが、今日は冗談抜きで体が重かった。三日前の、数十年ぶりの龍の紋章発動で根こそぎ削れた体力が未だに戻っていないのである。

「うごー……」

 ゴロン、ゴロン、と無為に、ベッドの上で転がりまわっていると、突然、インターフォンが来客を告げた。

「……居留守居留守」

 と。気配を外に察せられないように布団をかぶった。休日の菖蒲はここまでダメなのであった。

 しかし、相手もだいぶ根性があるのであろう。インターフォンがしつこく連打され、チャイムの音が四十回を超えたあたりで

「だあああああ! いねえっつってんだろうがーっ!」

 菖蒲にしてはだいぶもった方なのだろう。しかし結局ぶち切れた菖蒲は、ベッドから飛び出してドスドスと壁にかかった電話に歩み寄った。

「留守です」

『うわっ、やっと出た!』

 三日前、菖蒲に降りかかった厄災の元凶たる少女の声が、受話器の向こうから聞こえた。菖蒲は、ため息交じりに右手を額に当てた。何故、来る。

『開けてよー、おねえさーん』

 三日前に比べてだいぶ声が明るくなった気がする。やはり鬱々とした病院生活から真の意味で解放されたからだろうか。

「よしわかった。私の安眠を妨害したバツとして拳骨をお見舞いしてやる。そこに直っていろ!」

 ガチャン、と受話器を引っかけ、足音荒く玄関へ向かい、ドアを開けた。

「こんにちわ、おねえさん!」

 今まで見たことが無いような、本当に天真爛漫な笑顔である。病院で達観していた少女と同じものとは思えないほどの。菖蒲の眠い目には眩しすぎる。

「はいこんにちわ。私の安眠を妨害したからにはそれなりの用事があるんだろうなぁ?」

 ボキボキボキ、と指を鳴らして凄んでみるものの、内心ちょっとだけ嬉しい菖蒲であった。めぐみは、あんな非常識な死闘を共に掻い潜った、いわゆる戦友である。親しみを感じ得ない。

「これ! お父さんからの、じれー、だって」

 じれー、という言葉と共に、『辞令』と書かれた封筒が差しだされた。

「はいどうも。お父様によろしく言って」

 追い返そうとした菖蒲の言葉を切って、めぐみが年相応の輝く瞳ビームを菖蒲に照射した。

「なんて書いてあるの?」

 まあ、自分が持ってきた手紙である。内容が気になるお年頃なのだろう。

 菖蒲は、ため息一つついて、封を切った。

「来栖川菖蒲殿。中級死神から上級死神への昇進を許可する。ってえええ?」

 何故こんな大事な用事をこんな子供に託すかなあ、と、我が上司ながら管理体制には呆れざるを得ない。

「……なお、上級死神は職務として死神見習いの教育……云々……」

 そのようなことが書いてある紙の向こうから、めぐみが楽しそうにこちらを見ているのが分かった。完全に、展開が読めた。

「えへへ。死神見習いの、鈴原めぐみです☆」

 と。その読んだ展開通り、語尾を楽しげに強める非常に腹ただしい口調で改めて自己紹介をするめぐみである。

 三日前のあれは、昇格試験であり、更には見習いとの顔合わせでもあったのだろう。

「ふざけんなーっ! 私の休日がーっ!」

 性根が面倒くさがり屋な菖蒲にとって、通常の死神業務以外の仕事が増えるなどと、許せることではない。確実に、菖蒲の優雅な休日が削れてしまう。そんなこと、良しとしないのだが、マルセイユからの命令は、いわば社長直々の命令である。聞かないわけにはいかないのだ。

「よろしくお願いしますね、先生☆」

「よろしくお願いされたくないわどちくしょうがーっ!」

 菖蒲の悲痛の咆哮は、夕焼け空へと拡散し、消えていった。

 おはようございます。こんにちわ。こんばんわ。はじめまして。くろうんもと申します。

 私の拙作を読んでいただき、本当にありがとうございます。


 さて。今回は唐突に「大量破壊兵器なお姉さん」という中学二年生病的な設定で戦闘を書きたい衝動に駆られて軽く書き上げてみました。腕に包帯とか巻いて紋章を隠すとか、もうアイタタタ、て感じですね。

 色々と説明不足ですが、短編用の急造設定なので、色々と脳内補完していただければと思います。


 では、今回はこの辺で。

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