第三話(2)
グループで改めての自己紹介のあと、彼女が切り出した話題はそれだった。
「うん……ふつう? あまり話さないし」
「葉月くん、いいよね。かっこいい」
「葉月莉緒、今日も麗しすぎて無理〜!」
「もう、ほんとに男の子なの? あれはんそくー!」
「かっこいいっていうかさあ、あれ、彼氏にしたいっていうより、彼女にしたい感じだよね!」
「わかるー!」
ああ、わからない。お弁当のふたを開いてひとくち、ふたくちと口にするころには、彼女らの間で勝手に盛り上がっていた。
いや、まあ、わからなくもないか。
あれは確かに美人だ。男女ともに受けるレベルの。それに時折見せる表情やしぐさは可愛らしい。
「ごめんね、桐原さん。私らで勝手に盛り上がって」
「みんな、葉月くんのこと興味あるんだね」
それは私の率直な意見。私の感覚がおかしいのだろうか。
「まあ、せっかくの高校生活だし、刺激ってやつ?」
「でも、桐原さんにとっては、あんなに席の周りで騒がれたら迷惑よねえ」
「ほんとごめんね、桐原さん」
彼女らは謝りつつも、話題は私をそっちのけな気がしないでもない。
「あー、でもそういえば、葉月くんと同中の子に聞いたんだけど……」
その切り出し方に、私は少し嫌なものを思い出した。誰かを排除する時の、前置きのようなフレーズ。
リーダー格の子が声を潜めて顔を寄せると、みんなが応じるのがお決まりのように顔を寄せていた。仲良しなのは良いことだ、と思う、が。
「葉月莉緒くん、あの容姿でしょ? 中学の時も、やっぱりかっこいいって噂されてて、でもだんだん女の子みたいな雰囲気も出てきてさ……それでね、ここだけの話だよ? 男の子たちにね、乱暴されたらしいよ」
私はその言い回しに、不穏さを感じ取っていた。
「え、乱暴って?」 「乱暴って……あ……」
“乱暴”と、一言で言ってもいろいろある。が、女の子が男の子にされる乱暴には、ある種の意味を持つ場合がある。葉月莉緒を、あの容姿から女性と見立てるなら、それは当てはまるはずで……。
「えー!」
言葉の意味を察して思わず声を上げた子たちが、あまりの中庭の反響の大きさに口元を押さえる。
「ほんとに?」
「聞いただけだから、わかんないけどね」
小声であいまいに濁しながら、得意げに言ったリーダー格の子は、前にその時の画像ももらったことある、とか嘯いていた。
この瞬間、私はこのグループの子たちを好きになれそうにはない、と思った。
そのあとの会話は、あたりさわりもなく応じて、私は距離を置いた。
葉月莉緒、気の毒だな。そんな風に思った。
目立つがゆえに、人気者として持ち上げるのか、傷を見つけて貶めるのか、評価があいまいな時期。その危うさを感じたから。
人をそんな風に見る人には、なりたくないな。
翌日。学校へと登っていく、通称「校門坂」を登りきると、そこで私は葉月莉緒を見かけた。彼の登校は、いつも私より少し早めで時間もだいたい同じだ。いつもは、教室に入って私の前の席に座る彼の姿を見るのが、一日の始まりなんだけど。
彼は、昇降口に入る手前で、何かを見上げていた。
——ぷぉ~~、と、楽器の音が聞こえる。吹奏楽部の朝練だろうか。
どれかの教室から漏れ出る音に、彼は目を向けていた。
その姿を背に、私は教室へと上がる。一年生の教室は四階だ。荷物を置き、トイレを済ませて席に戻ると、葉月莉緒も席に座っていた。机に向かって、シャーペンを走らせている。
入部届、と読めた。
ふうん、部活、入るんだ。私は静かに席に着く。
そこに賑やかな声が掛けられた。私ではなく、前の席にだ。
「おっはよー、リオくん。あれ? 部活はいるの? 何部?」
「おはよう、杉山さん。吹奏楽部に、入ろうかと思って」
「もう、カタいなあ。柚羽でいいって。リオくんは楽器吹けるんだ?」
「うん、中学の時も……吹奏楽部だったから。少しだけ」
杉山柚羽、か。たしかに最初の自己紹介で聞いた覚えのある名前。
天然パーマみたいだけど、うまくまとまった、ふわりとした髪型。雨の日には苦労しそうだ。あけすけな口調は入学式の日の自己紹介でもそうだった。葉月莉緒に対しても、とっくに名前呼び。
そうか。吹奏楽部に入るのか。必要もない情報を記憶に留める。
「二時間目、体育だよね、男子は何するの?」
「さ、さあ? 入学して初めての体育だから」
「あ、そっか。それもそうだよね」
そういえばそうだ。体育の時間。移動教室は慣れない。女子の着替えは、体育館の更衣室でするのだったか。説明はあっただろうか。記憶が不確かだ。あとで確かめないと。こんなとき、まだ仲のいい相談相手がいないのは不便だな。そんな風に思ったとき、杉山柚羽が一瞬目に入ったけど、この子はたぶん私と合わなさそう。
そんなことを思っていたのだが、一時間目が終わり、私が移動しようとすると彼女が呼び止めてくれた。
「ね、どこ行くの? 女子の着替えは隣の四組だよ。体育館の更衣室を使うのは二、三年からだって」
そうだ。言われて思い出した。体育は男女に分かれて行うかわりに、隣のクラスと合同になる。着替えは三組と四組の教室を男女がそれぞれに使うのだった。体育の授業が連続するから、一年は更衣室が使えないのだ、とも聞いた。
「そうだった。ありがとう」
お礼を返すと、どういたしましてー、と彼女はそれ以上、絡んでくるでもない。ただ、親切だったのだ。




