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第三話 芽生え(1)

 私が青陵学園を選んだのは、家から近くて、一番開放的で、自分の選べる学校の中でレベルが高かったから。さしたる将来設計はあまりないけれど、高校から大学への進学は、漠然と法学系がいいのかなと思っていた。その程度。大学進学は当たり前にするものと疑ってもいない。思えば、進学させてもらえる、しかもそれを当たり前の将来と思える家庭環境にあったわけで、親には感謝している。

 この春から、青陵学園に通っている。クラスは一年三組。席は窓際の前から二番目。それが私だ。

「はい、桐原さん」

 そう言って、朝のHRで担任の先生から配られたプリントを、彼女は体半分振り返って回してくれた。

 もとい、“彼女”ではなく、“彼”だ。ああもう、あのきれいな顔に頭が混乱する。

 そう、私、桐原(きりはら)理々香(りりか)の前の席は、いまを時めく葉月莉緒だった。

 葉月莉緒、彼を初めて見たときは、なんて綺麗な子がいるんだろう、って思った。正直、同じ女でも見とれるくらい綺麗だって思ってた。でも男子の制服に身を包むあいつは、やっぱり男の子で、なんだか少し気味が悪くなった。

 彼の席には、一見(いちげん)さんがよく来る。

 HRが終わり、一時間目の教師が来るまでの間も、女子たちが話し掛けに、前の席を囲っている。

 持ち寄る話題は、お休みは何してるの、どんな音楽聞くの、が多い。一見さん、要するに、きれいな顔の、美少女と見まごう葉月莉緒に興味本位で近づいてくる人たち。

 さて。そんなことには構わず、私は改めてHRで配られたプリントを見た。

 プリントは、ずいぶん先の話のことだった。来年、つまり二年生になったら選択科目に分かれるが、その事前の希望調査という内容だった。まだ決めなくてもよい、あくまで現時点での希望を聞き取るものらしい。

 提出期限は今週末まで。

 隣の席では、男子のグループがどの授業が楽だとか、兄や姉、先輩の情報をもとに雑談している。そっか。部活の先輩がいると、そういう話も聞けるのか。

 プリントに目を通していると、たまに前の席を囲む女子から大きな声が上がる。葉月莉緒の受け答えに、何か反応しているのだ。

 どうでもいい。どうでもいいが、前の席でたむろされると、視界が狭苦しくて気分が悪い。

 チャイムが鳴って葉月莉緒を囲む連中が散ると、彼は私に小声で言った。

「ごめんね。騒がしくして」

 彼は気にしてくれていたのだ。ちょっとの笑顔を交えてそう言われると、悪い気はしない。

 長い睫毛ときれいな瞳。男子にしては長めの、やわらかな髪。とにかく造りのいい容姿だ。少しは女の子らしくなれるかなって、無駄に髪を伸ばした私とは、比べるべくもない。サイドにまとめた髪を、私は慰めるように手で梳いた。

 次の休み時間、また違う女子のグループが前の席に集まっている。今度は男子のグループもそこに混ざって大所帯になった。

 ああ、なるほど。葉月莉緒目当ての女子と男子なんだけど、男子の中には、お近づきになりたい女子が、むしろ別にいるパターンというのもありうるのか。

 彼、便利に使われなければいいけど。

 次の授業の準備をしながら半ば呆れていた私だったが、葉月莉緒が会話を切ったので、おや、と聞き耳を立てた。

「ご、ごめん、ちょっと外すね」

「お? 葉月、トイレか? 俺も連れションいこうかな」

 席を立つ彼に男子が反応。まあ、その程度のセリフで私は汚いとは思わないけど。

「バカ男子、葉月くんがそんなわけないでしょ」

「んなわけあるかよー」 「俺たちは男同士、親睦を深めようとだなぁ……」

 うん。いくら綺麗な人だからって、トイレくらい行くと私も思うわ。

「ごめん、ちょっと兄さんに呼ばれたから……」

 スマホを掲げて見せた彼は、足早に教室の出口に向かう。

 へえ、お兄さんいるんだ。掲げたスマホが、席を立つ為のただの言い訳かどうかは知らないけど、私はそんなことを思った。

 それにしても、なんだか彼が実りのある会話をしているところを見たことがない。それはちょっと気の毒に思えた。




 そんな騒がしい休憩時間を乗り越えての昼休み。いざ昼食となると、葉月莉緒の周りには誰もいない。男子も女子も、中学からの面識があるグループで集まるか、まだ打ち解けた者のいないクラスメイトは個々にお弁当を広げ始めている。

 彼に興味を持っているわけではない。ただ、前の席だから目に入るのだ。彼は気にしていない様子で、お弁当を取り出していた。

「ね、桐原さんだっけ。一緒にお昼ご飯食べない? お弁当でしょ?」

 そんなとき私を誘ったのは、女子のグループのひとつで、リーダー的なポジションにいた子だった。

 そのグループは大人数ではない。私も他人の交友関係を知り尽くしているわけではないから知っているのは目につく範囲だけだけど、彼女らはいつも三、四人で集まっているはずだ。

 今日は私が加わると四人。

 まあいいか。孤高を気取るつもりはないので、私は素直に誘いに感謝した。

「ありがとう。まぜて」

 入学したての一年生だと、校内で気持ちよくお弁当を広げられるスポットの候補は少ない。

 一つは教室。あと、すぐに思いつくのは中庭。

 校舎にぐるりと囲まれた文字通りの中庭には、テーブルと椅子がいくつか並べられており、全学年を通じてお弁当スポットみたいだ。

「ね、葉月莉緒くんって、桐原さんの前の席じゃない。どんな感じ? 何か話すの?」


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