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第二話(3)

 俺は自販機で、缶のお茶を二本買った。りこがいつも飲んでる緑のやつだ。

 体育館の裏に回ると、りこがチームメイトと一緒にお弁当を広げているだろう……と思ったら、居るにはいたが、誰かを探すようにきょろきょろしていた。

「おーい、りこ」

「はる兄! もう帰ったのかと思った~」

 りこは昼食をとるチームメイトたちに一声かけて、俺のもとに駆け寄ってきた。

「ほれ」

 缶を一本差し出すと、りこはぱっと満開の笑顔になった。

「ここまで見たら、最後まで応援するさ。全国常連校が相手なんだろ?」

「うん……でも、ちょっとだけ不安」

 りこは受け取ったお茶の缶を両手で包み、ふっと表情を和らげた。

「ちょっとだけだろ? お昼、どうすんだ? 弁当は?」

 励ましの意味も込めて、にやりと笑って見せたが、通じなかったみたいだ。

「んー、今から食べようと思ってたけど、正直あんまりお腹すいてないかも……」

 りこは俺が渡した暖かい缶のお茶を、手のひらの間でコロコロする。

「緊張のせいか?」

「……たぶん」

 俺は自分のポケットから小さなチョコを取り出して、りこの手のひらに載せた。

「じゃあ、糖分だけでも補給しとけ。午後も跳ぶんだろ?」

 俺は二試合目の、りこの跳躍を思い出して虚空を見上げた。

 りこは、目を丸くしたあとで、ふわっと笑ってうなずいた。汗がキラキラして、りこは綺麗だった。妹が綺麗とか、ちょっと口には出せないけどな。

「がんばれ」

 それ以上いうことはない。俺の気持ちは全国大会の会場にいるかのようだ。

 俺はりこをチームメイトたちのもとへと再び送り出す。

「ね、りこ。お兄さん、やさしいね」

 昼食の輪に戻ったりこに、チームメイトの『とみちゃん』が声をかけた。

 りこは、大事そうにお茶の缶に口をつける。後生大事にとっておくなよな。

「聞いてたの~? えへへ……やさしいとこだけは、ほんとに取り柄なんだよ」

 “だけ”は余計だっつうの。

「でも、そういうとこ、ちょっとずるいよね……試合、がんばっちゃうじゃん」

 そう言いつつも、りこはリュックから小さなお弁当箱を取り出した。

「食べなきゃ。力でないよね」

 お弁当は、りこの好きな甘い卵焼きとミニトマトが並んでいたはずだ。母さんの力作だからな。

 りこがしっかり食べ始めたのを見届けて、俺も次の試合までの身の置き場所を探すことにした。

「そーよ。私たち、成長期だし、カロリー使ってるから、たくさん食べても平気だし?」

 チームメイトたちが笑う。

「一口食べたらおなかすいてきちゃった!」

「なによ、りこったら~」

 女バレのメンバーに、ぱっと明るい笑い声が広がった。

「兄さんが応援してくれてると、ね。なんだか昔からがんばれるんだ」

「なるほどね。りこ嬉しそうだもん。男バレも応援してくれてるし、やる気出るよね」

「りこ先輩! 男バレに気になる男子とかいるんですかっ?」

 恋バナの気配を聞きつけた後輩がすかさず聞いてくる。

「勇吾先輩ですか!?」

「ないしょ」

 意外と、みんなの声は響くもので、女の子の声が姦しいっていうのはよく言ったものだ。

 聞こえてるぞ~。

 照れ臭いけど、まあ、あれだけ感謝されると、手助けのしがいもあるってもんだ。

 結局俺は、次の試合まで、熱いお茶と残りのチョコレートで腹の虫をなだめながら、校内を散歩して時間を費やした。なにせ、りこを送るだけのつもりだったので、自分の昼飯の準備がなかったのだ。

 昼休みが終わると、各校がウォーミングアップを始める。緊張感が高まり、いよいよ今日の最終試合が始まった。

 各コート、それぞれの勝敗数で試合が組まれている。りこたちは、無敗同士の対戦となり、例の全国常連チームが相手だ。

 相手は、中学女子だというのにジャンプサーブをバシバシ決めてくる女の子がいた。なんでも全国トップレベルのエースらしい。うちも負けてはいないが、いかんせんパワー負けしている感じ。レシーブで、ねばって、ねばって接戦に持ち込んでいるのが、みんなえらいぞ、ってなもんで、応援に力が入る。

 男バレの男子たちも、コート脇から熱い声援を送っている。この接戦はやはりすごいことなのだろう。あの、りこへの声出しの熱心なさわやかスポーツ少年が午後もいたので、俺も張り合って声を出した。

 一セット目を僅差で落とし、二セット目を何とか取り返す。正直、運がよかっただけに見えたけど、それはみんなの頑張りが引き寄せたって信じたい。

 三セット目、互いにマッチポイントというところまでこぎつけた。ポイントを先に取ったほうが勝ちだ。ここまで、りこはたくさん飛んで、たくさん打って、たくさん転がって。それはチームのみんなも同じだろうけど、俺は妹であるりこが頑張っているのが一番ほこらしかった。

 最後、相手のレシーブが上げたボール、トスでつなげてスパイクが来る。みんなよく反応していた。しかしボールはブロックをすり抜けて、りこの横へ。りこが飛ぶ……が、りこの足は力が抜けたようにぱたんと倒れ、その手は全然届かなくて……ボールはコートに落ちて、試合は終わった。

 りこは、上体を起こしたけど、そのまま座り込んで、試合終了の礼になっても立ち上がれなかった。遠目にも、何か苦痛に耐えている表情が窺える。

「……りこ……!」

 俺は二階通路から飛び降りるようにコートに急いだ。

 コート脇に駆け寄ると、チームメイトの子たちが心配そうにりこの周りに集まって、とみちゃんがりこに肩を貸していた。

「はる兄……えへへ、足が痙攣しちゃって。だいじょうぶだから」

 俺に気づいたりこが、大丈夫そうじゃない顔で告げる。

 りこは、とみちゃんの肩を借りたまま対戦相手と礼をすると、ひょこひょこと部室に歩いて行った。




 俺は、部室棟の前の広場で、りこが出てくるのを待った。部室から出てきた見覚えのある女バレ顧問の体育教師に挨拶したり、着替えが終わって出てくる女バレの部員に挨拶されたり、逆にこちらから健闘を称えてやったり。

 それから人の流れが途絶えて、いくら待っても、りこが出てこない。

(うーん、何かのタイミングで、入れ違ったかな?)

 がちゃ、と女子バレー部の部室の扉が開いて、やっと出てきたと思ったら違った。

 出てきたのは、りこと仲のよさそうだった子だ。きっとこの子が、りこの話に聞く“とみちゃん”だろうと思う。

「あ、お兄さん。もう少し、待っててあげてください」

 彼女は、部室の中をちらりとみて、扉を閉める。

「とみちゃん、だよね? ありがとう」

「はい。富田祐子といいます。りこのこと、よろしくお願いします」

 姦しい雰囲気の時とは違って、とても大人っぽい様子で挨拶すると彼女は立ち去った。中学三年生といえども、女の子って、男より大人だよな……。

 それからもうしばらく、俺は待った。がちゃ、と部室のドアノブが音を立てる。ようやく天岩戸が開いてくれたか。

「……おまたせ……」

 りこは、平坦な口調で言った。

「おう、天岩戸の前で、にぎにぎしく踊りあかさないといけないかと思ったよ」

 わざと明るくいうが、ちょっとスベったらしくて、りこ何も言わなかった。

 まあ、こんな時に無理に明るくしゃべらせるもんじゃない、か。

 俺は自転車の荷台を指し示す。

 りこは、何も言わずにひょこひょこと歩いて、荷台に座った。

「ま、なにもいうな。こんな時、言葉にするのもエネルギー使うからな」

 俺は自転車を走らせた。自転車をこぐのは得意だ。寝ながらだってこげる。いくらでも、りこを運んでやる。

 りこは、無言で俺の腰にしがみつき、俺の背中に顔を押し付けた。

「はる兄が応援なんてくるから、変にりきんじゃって! お兄ちゃんのせいなんだから!」

「うん、そうだな」

 りこが、俺の背中にごつんと、おでこをぶつける。正直痛いがガマンだ。

 ぐす、と、りこは鼻をすすった。

「ちがうの。ごめん、がんばったの」

 俺のTシャツが、熱く濡れていくのがわかった。

 家に着いたら、たくさんよしよしをしてやろう、と俺は思った。


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