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第二話 葉桜(1)

「きゃー!」


(……んあ?)

 土曜の朝、惰眠にまみれて過ごすつもりだった俺は——

 りこの悲鳴で、目が覚めた。

(なんだよ騒々しい……)

 頭を掻きながら、のろのろと体を起こす。悲鳴の原因は、せいぜいゴキブリか。

(そういえば、りこ、今日は部活の練習試合って言ってたっけ……)

 遅刻か……つまり、わが家は平和だ。

 俺は二度寝を試みて、いちおう時計を見るが、慌てる時間ではない気もする。

 ぼんやり、隣を見る。莉緒の布団はすでに押し入れに仕舞われていた。

「はる兄っ! どーしよーっ、りこの制服のスカート、アイロンで焦がしちゃったの忘れてたーっ!」

 階下から大きな声で状況説明が飛んできた。

「……知らん」

 口を開くとあくびも漏れる。

 言いつつも思い出す。先日、りこが焦がしたスカートは、ぴったりアイロンの形で繊維が溶けて固まっていた。男子生徒が制服のズボンの膝を、体育館とかで擦ってテカテカにしてしまうアレの、どデカい版だ。

(ズボンの小さいのなら俺もつくった覚えがあるが……)

 寝ぼけた頭に記憶がよみがえった。しかし、それをなぜ俺に言う。

 階下からどたばたと足音が響いてくる。

 仕方ねえなあ、と俺は頭を掻きながら布団から抜け出した。

(りこももう中学三年だし、卒業前の三年生で制服を新調するのは、母さん嫌がるだろうなあ)

 パンっと障子が勢いよく開く。りこが下から駆け上がって、子供部屋に舞い戻ってきた。

「うえええ、どうしよう~」

 足元にあてどもなく衣類をひっくり返して、りこは最後の頼みの綱と言わんばかりに俺にすがってきた。替えがもう一枚あるだろう……って言ったら洗濯中だってさ。

「入学した時に買ってもらったスカートあるだろ。ちょっと短いしちっちゃいけど、どうせ今日は試合ですぐ着替えるんだから、先生にも丈が短いとか言われないだろうし……」

「その手があった!」

 タンスから目当てのスカートを引っ張り出して、その場で素早くはき替えるりこ。

 なんか……パンツ、かわいくなってるな。

 そうなのだ。いいとこのお屋敷みたいな、古い和風建築のわが家だが、二階は畳の広間をふすまで仕切っているだけで、広いようでいて、造り的に部屋数が少ない。俺たち兄妹は、子供部屋として与えられた和室の大部屋で、ずうっと一緒に生活している。だから、お互いの着替えも見慣れたもんだし、躊躇もなかった。

(じぃ~~~)

「ちょっと、はる兄……」

 りこは履き替えたスカートの裾を押さえながら、頬をふくらませた。

「見ないでって言ってるわけじゃないけど、そんなじーっと見なくてもいいじゃんっ」

 俺は鼻の頭をぽりぽりと掻いて、ごまかすように笑った。

「見てもいいのか?」

「じっと見ないで!」

「こっそりならおけ?」

「だめ!」

 りこは、べーっとすると階段を駆け下りていった。さわがしいなあ。

「ちょっと、ハル!」

 今度は母さんが呼んでいる。目は覚めたが眠たい顔のまま、俺は階下に降りる。

「バスの時間に間に合わないし、私も婦人会の会合で車出せないから、あんた自転車でりこを送ってやんなさい」

 って、母よ、二人乗りは禁止なんだが。

 頭を掻く……りこが、涙目で俺を見上げている。

 青春にフィクションはつきものだよな……。

 仕方ないなあ、と、出掛ける支度を済ませた俺は、母の言うままに自転車を引っ張り出していた。

 念のために確認する。

「りこ、自転車乗れないのか?」

「わたし、もう何年も自転車乗ってないもん……」

 仕方ないなあ。俺は頭を掻いた。

「ほれ」

 りこを荷台に座らせて漕ぎ出す。

「ちゃんとつかまれよ」

「うん!」

 腰に掴まるりこの手をおなかに感じながら、俺はペダルをこいだ。

 しばらく前まで自転車通学だった俺だ。これくらいはなんてことない。

 りこの通う中学は俺の母校でもある。いま俺が通う青陵学園の目と鼻の先だ。登校時間はバス停まで歩く時間とバスが来るまでの待ち時間などなど考えると、自転車で行ったほうが早く着く場合もある。かくいう俺が以前自転車通学をしていた理由もそれだ。本数の少ないバスの時間に行動を左右されないのが便利だったのだ。まあ高校に入ってからは労力と時間を天秤にかけるようになったのだが。

 久しぶりの自転車に気分が高揚してペダルをこぐ足に力が入る。

 中学校が近づくにつれ、俺たちの自転車が追い抜く徒歩の生徒が増えていく。

「あれ、りこ先輩じゃない?」  「えっ、彼氏?!」

 ちょっとした声が生徒たちの前を通り抜けるたびに上がった。

「えへへ……兄妹だけど、なんかカップルっぽいよね~」

 りこが荷台から体を寄せてくる。

「男女で二人乗りすると、そう見えるだけだろ」

 残念ながら、カノジョを自転車の後ろに乗せたことなんて生まれてこの方ないけどな。自分の腰に回された妹の手すら、慣れない感触で戸惑いを覚える思春期なのだ。

 通学路には、当然男子生徒の姿もちらほら。

 ちらちらとこちらを見る視線が気になる……りこのスカートが短いからか? りこのパンツ、見えてないだろうな。

 むう、けしからん。そんなことを思っているうちに、ほどなく懐かしきわが母校に到着。

 俺はりこを降ろすと駐輪場に自転車をとめ、ちょっとだけノスタルジィな気分に浸って校内を歩いた。すると、体育館脇の部室棟あたりで、なんだか騒がしい声が聞こえてくる。誰かが下級生に取り囲まれているみたい。

「きゃー、りこ先輩、なんか今日ステキです! スカート、いい感じじゃないですかあ」

「先輩、今日彼氏さんと一緒にきたんですか!?」

「りこ、あんた彼氏いないって言ってたくせに~!」

 と、これは同級生かな? 確か『とみちゃん』って仲のいい子がいるって聞いたことがある。

「えー、兄さんだよ~」

 あはは、と笑い声がはじける。

 りこは、後輩たちに囲まれて満更でもない様子だ。うんうん、りこはやっぱりみんなに好かれてるな。

 みんなが褒めるものだから、調子に乗ってりこがくるくる回る。スカートがひらひらしすぎて、それだけが気になった。おもに、遠巻きに見る男子たちの目がな。


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