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第八話(2)

「ごめんね、白石さん、ありがとう。桐原さんも」

 彼は振り返って、その綺麗な顔で笑顔をつくった。

「葉月くん、もう少ししたたかでもいいんじゃないの?」

 次の授業の先生がきたので、私は席に着いたが、言いたいことはそれだけだし、葉月莉緒が引くのだったら構わない。

 ただ、世間の無責任さに嫌悪した。

 騒がしかった男子たちも、おとなしくそれぞれの席に散ったが、ざわつきがしばらく止まなかった。

「おれ騎馬戦だ」 「玉入れかよカッコわりい」 「葉月やばくね? 四種目!」 「ほんとだ、莉緒くんかわいそう」 「えー、自信あるんじゃないの? 希望出したんでしょ?」

 ざわつきというのは、だいたいそんな声だ。まだなじみ切っていないクラスである。

 総じては同情的な声の方が多い反面、手を差し伸べることもない。表面が平和なだけ。




 次の休憩時間。私は授業に集中した疲労感を軽く感じながら、次の授業の教科書を取り出していたところだった。

 背中の方から声が掛かる。私にではない。

「リオくーん」

 私の横を通り過ぎて、その女子は前の席の葉月莉緒の肩に手をやっていた。何度か二人がやり取りしているのは目にしたことがあるけれど、ほんと、杉山さんは距離が近い。

 その女子、杉山柚羽は目下の話題をストレートに尋ねた。

「ねえ、四種目ってこれ間違いじゃないの?」

 彼女はそういう子だ。目立ってしまうが、言いたいことを後に回さないタイプ。正直、現状ではちょっとだけ好ましいかも。

 どういうこと? とか、無遠慮に葉月莉緒の状況をぐいぐい聞きたがる。

 聞くたびに、短めのツインテ―ルがゆらゆら揺れていた。

 葉月莉緒は彼女に対して根負けしたようで、けっこう素直に状況を説明していた。

「えー、それ、なんとかなんないの? 実行委員って、白石さんだよね? 理々香ちゃんもそう思うでしょ?」

 急に水を向けられた。ああ、この子はそういう子だった。私からすればコミュニケーションのお化け。

 突然、会話の輪に混ぜられて、私はそうね、と一言だけ応じた。

 杉山さんの言い分を、私はもっともだと思う。でも、会話の輪に入れられたからと言って、葉月莉緒に押し付ける気はない。私が普通と思っても、彼には違う考えがあるはずだから。

「う……ん。ちょっとね、それはそれで面倒というか、あまり目立ちたくないんだ」

 葉月莉緒はそういって杉山さんを宥めた。

「そっかー。でも、あー、なんかモヤっとするなあー!」

 そう。モヤっとする。杉山柚羽の言葉は、私、桐原理々香の代弁でもあった。

 私は無言で席を立って教室を後にした。

「そうだ、お兄さんに相談したら? 生徒会長の彼氏なんでしょ?」

 背中のほうで、まだ二人の会話は続いていた。




 私は、階下に降りると、当たり前の経路を使って職員室に向かった。担任の高梨先生に聞くと、プリントの提出先は体育祭実行委員会に直接持ち込まれるとのことで、教師は触っていない。しまった。

 職員室から再び生徒会室のある四階へ。と、その前に同じ階にある自分の教室にいったん戻る。まったくとんだ無駄足。

 がらり。扉を開けて教室の自分の席の方を一瞥する。

 杉山柚羽と葉月莉緒は、まだ会話していた。葉月莉緒の方がこちらに気づいたが関係ない。

 私は次に、プリントの提出ボックスの場所をあらためて確認してから、再び教室を後にする。目指すは生徒会室兼体育祭実行委員会。

 再び、当たり前の経路を思案しながら、今度は生徒会室に向かう。足元を丁寧にさらい、窓を見やり、風に飛ばされて落ちるプリントを想像し、それを放置する白石ではないと一つの選択肢を打ち消す。

 床に落ちたプリントも、可能性の高いその他の事象も思いつかぬまま、私は生徒会室の扉の前に着いていた。中に用はない。ここまでの動線を確認して、手掛かりがないということを確認した。それで十分目的は達せられている。

 私は、実は名探偵ではない。だから、当たり前のことしかできない。

 当たり前のこと……声を上げられないクラスメイトの代わりに、行動をおこすこと? 

 それは主義に反する。自分のために行動しない人を助ける義理なんて、私はないと思うから。そう思っていたのだけど。

 さっと立ち去るつもりが、がらりと、生徒会室の扉が開き、中にいた人物の一人と面と鉢合わせてしまった。

 普通は、扉の前に来たら、部屋の中に来訪の目的があると思うものだ。

 その人は扉の前を譲ってくれた。

「ごめんな。おどろかせてちゃって」

 今年の生徒会は、すごい人が揃っていると聞く。その割には、ずいぶん普通っぽい人が出てきたものだ。

 よく言えば、ほどほどに切りそろえられた髪(ぼさぼさの三歩手前くらい)

 背丈はそこそこ。衣類は清潔だけど、制服だから当たり前だ。男子たちはネクタイを緩めているが、緩めるにしても程度はある。あまりだらしないのは好みではない。その点だけは、この人はぎりぎり合格ラインだ。ただ、容姿で見出せるのはそのくらい。

 表情は、温和なんだかとぼけているのだか。後輩への気遣いはできるようだ。

「すみません、入口をふさいでしまって」

 私は謝罪した。

「体育祭の実行委員のひと? どうぞ」

 ……この人は……私は少しだけ見上げる角度でその顔をじっとみた。

 今を時めく葉月莉緒の次に、新たな話題を校内に提供したその兄、一ノ瀬真白会長の彼氏だと噂になっている人物……そうか、絆創膏がないときの顔は、こんな顔をしていたっけ。


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