第七話(6)
『お兄さん、なんかやりました? りこの機嫌がものすごく悪いんですけど!』
昼休み、私は体育館のトイレに籠ってメッセージアプリをタップする。しゅぽ、と気の抜ける音が無人のトイレに響いて、消音。わたしってばウカツだ。
◆◇◆◇◆
とみちゃんのメッセージが入って、俺はうっかり開いてしまった。既読がついてしまう。
“特に何もないよ” 送信。
“そんなわけないじゃないですか! あのりこが、私に何も言わないなんて!”
そんな、うちの子が、みたいに言われてもな……。俺はなんて返すか考えあぐねた。
なんでりこが俺のせいで不機嫌になるんだよ。俺に彼女ができたから? そんなわけないだろ。俺たち兄妹だぞ? 年下の女の子の無遠慮さに感じた少しの苛立ちを抑え込む。
「春詩くん、昼食の最中に、スマホの向こうの誰かと楽しげなのは、気分が良くありません」
「そうだよな、真白会長。俺たちというモノがありながら」
真白に、竹内までのっかる共闘ぶりで、俺に抗議をしてくる。いや、スマホの向こうとはちっとも楽しくないんだが……。ううん、まあ二人の言うことももっともだ。俺はスマホを伏せておいた。
◆◇◆◇◆
「……」
既読から、返事が返ってこない。
(むしされたあ!)
葉月家の特派員を自負する私、富田祐子を無視するなんて。おばさまもお兄さんも、きっとりこの学校生活を心配してると思うから、こうして連絡を入れているのに。
りこに関わる一番の目的は、私自身もりこを推してるからなんだけど。
そりゃあ、まいどまいどメッセージを送ってこられても面倒って思われるのは仕方ないかもだけど、こっちだって仕方ないのだ。お弁当を食べているときも、りこは上の空で、というかそっぽを向いて、眉間にしわを寄せて何かを脳裏にリフレインさせている。あんなの不機嫌以外の何物でもない。なにかがあったはず。昨日帰るまでは、全然何もなかったんだから、何かあったのは家でのことに違いないのだ。
私は女子バレー部の部室を覗いてみた。りこの上履きが残されている。
最近、りこは昼休みもランニングをしていた。ケガで休んだ分、体力が落ちたんだ、って言ってた。お兄さんは、それすら知らないだろう。
部室を出ると、体育館脇で女バレの後輩が昼食をとりながらおしゃべりしているのが聞こえてきた。
『勇吾先輩、りこ先輩のタオル使ってたって!』 『うそ、それってもうデキてんじゃん!』
ああ、それはもう報告済み。自分のスマホで撮った二人の動画を見返して、お似合いだなって、思ってしまった自分がいた。
『いいなー、私も彼氏とかほしいな~』
そんな声を背中にグラウンドに面した通用口に移動する。
着替えのことも考えると、りこがそろそろ帰ってくるはず。
ほどなくして、たっ、たっ、たっ、とリズムを刻んだ足音とともにりこが駆けてきた。私を見つけて、りこはクールダウン。
「りこ、すっきりした?」
私はタオルを手渡した。
「べーっつに」
ちょっとだけ不機嫌が直った様子でりこが答える。
「ねえ、何があったのよ」
りこは、うーん、と考える様子。言葉でも選んでるのかな。
「お兄ちゃん、カノジョができたんだって」
けっきょく、直球で理由を語るりこが私は好き。
直球で語るりこが好き…………は?
ストレートな内容に、私は耳を疑った。カレシ?
「ナニソレ」
「と、とみちゃん、どうして怒ってるの?」
私は、目が三角になっているのを自覚した。こんなに沸点が低いだなんて。沸騰どころか、私の温情とか寛容さは蒸発して消え去った。
◆◇◆◇◆
ぞくり、と背筋に悪寒が走る。
なんだかよく無い知らせか?
生徒会室の前に立つ俺を、何人かの生徒がちらちらと見ては通り過ぎていく。はいはい、そうですよ、俺が生徒会長と付き合い始めたっていう名もなき一般人だよ。いったいどんな噂になっているのやら。
がらりと生徒会室の扉が開いて、真白が出てきた。
「お待たせ、春詩くん」
「ああ。もう、用は済んだのか?」
「はい。試験期間が始まって部活も禁止なのに、私がそれを破るわけにはいきませんから」
それもそうか。やはり真白は真面目だ。生徒会長だからといって、完璧を体現する必要もなかろうにと、俺は思うのだけど。
今日は生徒会活動も休みだから、一緒に帰ろう、と昼どきに俺たちは約束した。その真白が、生徒会室に残したノートを回収するというので待っていのだ。いつもは忙しい真白が、たったそれだけ用事を済ませるとすぐに出てきた。もう少し待たされると思っていたのだが。
「ちゃんと、仕事は試験期間までに片付けておいたので」
えへん、と少し鼻高々な笑顔を見せる真白は、年相応に可愛らしくあった。
「じゃ、帰るか」
昇降口から正門に向かう。校外に流れる生徒の姿は、まだ途切れていなくて、真白と並んで歩く俺は、やはり注目の的だった。衆目にさらされるのは、慣れないな。真白や莉緒は、いつもこんな感じなのか。尊敬する。
そんな視線を感じながら校門まで歩くと、待ち構える人影が……。
「お兄さん!」
とみちゃんだ。やべえ、既読スルーしたまんまだっけ。
セーラー服で仁王立ちするとみちゃんは、目を三角にして俺に凄んでいた。
「そのかたが! りこをほったらかしにする理由ですかっ!」
ええぇ?
とみちゃんの横では、りこが親友の制服の裾を引っ張っているが、今のとみちゃんの前では気圧されてしまって存在感が霞のごとくだった。
「少し理解が及ばないのだけど」 という顔で真白が俺を見ていた。




