第七話(2)
一ノ瀬真白、生徒会長直々のご指名に、俺はどもりながら空いている椅子を示した。
「ど、どぞ」
そんな状況に、周囲の目が痛い。学園で話題に上ることトップクラスの二人がそろい踏みで、そんな二人と相席なんて。
俺の隣で小さく座っていた莉緒にも、周囲は気づいたようだ。
……そして、その隣の俺の役柄を、周囲は知りたがるものだ。
「だれ、あのひと?」 「んー、ただの知り合いじゃないの?」 「葉月って、あの美人男子新入生の兄弟かなんかじゃねえの」 「ふうん、似てないね」
そんな声が聞こえている。前にも言ったか? 俺は地獄耳だ。
「すまんな」
と、あまりに堂々として、すまなさそうに見えない一ノ瀬蒼司。
いつぞやぶりの一ノ瀬兄ではあるが、己が周囲にどう見えているのかを理解しているのか、言葉を添える度量もあった。
「妹と昼どきを過ごすとなると、居場所に何かと困ってな」
「生徒会室とか、あるじゃないすか」
席を提供する側の優位な立場を利用して、竹内が気安く指摘した。
「生徒会もほかの役員が使うことがあるんですよ。プライベートで占有するわけにはいきませんから」
真白が代わりに答えた。
生徒会兄妹も、それぞれ椅子に腰かけて食事を始める。俺と莉緒と違い、一ノ瀬兄のガタイがいいので、真白も別の椅子に一人で腰かけている。
ほんとうに、ただ弁当を食べる場所を求めてここに辿り着いただけのようだ。
ただ、そうはいっても、いくつかあるテーブルの中で俺たちに声をかけた理由があったりするのだろうか……?
「一ノ瀬会長は、なぜ俺の名前を知ってるんですか?」
「葉月くん……同学年なのだから、あまり堅苦しく話す必要はないわ」
綺麗な瞳が、俺をみつめ、それから莉緒へ移る。
莉緒が俺の隣で、少し身じろぎしたようだった。視線を俺に戻すと彼女は言った。
「ケガの痕、残らなくてよかったわね」
俺が疑問形の顔をしたので、彼女は、自分の唇の横を指さした。
「ああ、おかげさまで。手当、ありがとう」
そのあとも、彼女はまじまじと俺の顔を見つめた。
「藤原のパンチがいくら強力でも、顔は変形してないぞ。おかしなところはないだろ」
「春詩の顔は元からこんなんだよなー」
竹内の突っ込みに、一ノ瀬真白はくすくすと笑った。
「葉月くんのことはね、前から知っていたわ」
その答えに驚きはない。保健室で会った時、自己紹介より先に彼女の口から俺の名前が出たのだ。その時も聞いた。会ったことがあるか、と。
「へえ、そりゃまたどうして」
竹内が気軽に問いを投げる。竹内は一年の時、一ノ瀬真白と同じクラスだったらしい。
だが真白はするりと躱した。
「それはまたいずれ、と言っておいたほうが、ミステリアスで、楽しみではないかしら」
さすが。そういわれてなお、食い下がって聞きたがるのは無粋だ。
「それに、先日の藤原先輩の件もあるから、気に掛けてはいるのよ」
真白はそう言って、いただきます、と昼食に箸をつけ始めたので、質問ばかりを投げかけるのは控えた。
あまりのんびりしていると、貴重な昼休みが終わってしまうしな。というわけで、俺もがつがつと弁当を胃袋におさめていく。
莉緒の箸が、あまり進んでいないのは気になったが、食事のペースは人それぞれだ。
「ところであなたたち、中間テストの準備ははかどっているかしら」
急がず慌てず、優雅に箸を運ぶ真白は、適切な間で話題を提供してきた。
間は適切でも、俺たち相手に、試験の話題は不適切では、と思わなくもない。ま、さして親密でない者同士、直近の学校のトピックスを話題にするのは無難か。
学業をおろそかにしていなければ、恐るるに足らない話題だ。おろそかにしていなければ。
俺は竹内に困った視線を投げた。いや、だってそんなの分かり切っているじゃないか。
「会長、春詩のテスト勉強が順調かなんて質問は、らしくないね」
代わりに竹内が応じる。いけ、専属マネージャー。
「どういうこと?」
「つまり、真白会長にしては愚問ってこと」
竹内の言いようには、反論したいが反論できない。勉強が順調だったためしなんていまだかつて、ほとんどない。
「あら、あなたたち、地頭は悪くなさそうに思っていたのだけど、勉強には気が向かないのかしら」
今度は竹内が俺に、視線で水を向けた。
「あー、会長、過分なお言葉なんだけど……」
今度は俺が一ノ瀬会長の相手を引き受けようと、手を挙げたところで遮られた。
「ねえ、さっきも言ったけれど、同級生なのだし名前で呼んでくれないかしら」
名前で? 会長ではなく、一ノ瀬って? 竹内は俺と同じことを思ったらしく、一ノ瀬真白のとなりにいる一ノ瀬蒼司に目が行った。
一ノ瀬蒼司は、咳払いをする。一ノ瀬と呼べば、同席することの多い兄、蒼司と混同することになる。
「あ、そうね。真白でよいわ」
と察する一ノ瀬・妹。
「それはそれでハードルの高い呼び方だけど、真白さん」
「しっくりこないわ。さんづけもやめて」
俺が名を呼ぶと、間髪入れず差し戻された。
俺と竹内は、試験の時より難しい顔をしたであろう互いの顔を見合わせた。
となりでは、莉緒が箸をおいて小さくごちそうさまをしていた。
一ノ瀬蒼司の声で、俺は視線を戻す。
「うむ、説明しておくが、妹は友人が少ないので、おそらくそのあたりの距離感の取り方が苦手だ。生徒会には、いま三年しかいないしな」
なるほど、近寄りがたい雰囲気の彼女に、近しい友人がいるという噂は寡聞にして聞かない。
「あ、あの……」
そこへ、莉緒が口を挟んだ。
「僕は、先に失礼しますね。お話し中にすみません」
弁当箱に蓋をして仕舞う。弁当の中身は、ずいぶん残しているようだった。
「りお、すまん。あまり話しできなくて」
食べ残しを咎めはしないけど、心配だな。
「ううん、こっちこそごめんね兄さん。午後の授業の準備をしなきゃいけないから」
「そうね、そんな時間かしら。ごめんなさい」
真白は、左手首の内側にある時計を見て、時間を取らせたことを詫びた。
その場を会釈して去っていく莉緒の小さな背中を、真白の目が少しだけ追い掛けていた。
新しい交友を深める場にはなったが、俺は莉緒との時間を失ってしまった気がした。
莉緒には、体のことも、心のことも、いつだって助けが要るんだから。




