第七話 一ノ瀬真白(1)
GWが明けた。
今年も、暑い夏を予感させる日差しと晴天が続く。
「ほいよ」
授業中、前の席の竹内が、課題のプリントを回してきた。五月の席替えで、どうやら俺と竹内の腐れ縁が確定したらしい。前後に並んだ竹内と、最近行動を共にすることが増えてきた。
プリントを俺が受け取ると、竹内は物言いたげだ。
「んー」
「なんだよ」
竹内に返す。
「さいきん、寝てないな?」
入学式直前の居眠り以来、俺の授業中の睡眠はもはや定番だった。
「ふん。春眠暁を覚えず、だ」
「それ、意味がおかしいだろ」
「だから、春眠が終わったんだよ。五月だしな」
竹内のちょっかいを突っぱねる。
「あ……そ」
竹内は前に向き直った。
実際問題、中間テストも近いし、多少はやる気を見せないとな。
「いやさ、ジッサイ不機嫌だよね、おまえ」
授業が終わって昼休み、少し抗議めいて竹内が言ってくる。なにがジッサイなのかわからないけど。
「そうかな……」
ジッサイが何かどうかはさておき別に、不機嫌でも、だれかれ構わず当たり散らすつもりはない。というか、俺、不機嫌にみえるのか。
「昼めしいこうぜ」
竹内のせいではない、ということを示す意味で、俺はいつも通りの声をかけた。
最近、竹内と行動を共にすることが増えてきたといったが、昼めし時がその時間の大部分を占める。
竹内は昼どきに校内をふらつく癖があるし、俺は教室の外で食べるのが性に合っていたので、ここのところ、二人して昼めし遊牧民と化していた。毎日、心地よい場所を見つけて弁当を広げ、他愛のない会話を交えると、食べ終わってからは解散して各々の時間を過ごす。なじんだ習慣のようでいて、まだ正味二週間くらいだろうか。
この日は、中庭のテーブルと椅子が空いていたので、二人で占拠することにした。
木製の椅子とテーブルは、数年前の卒業生が制作した記念品で、それらが数セット設置された中庭は生徒たちの憩いの場となっている。
昼どきにはたいてい埋まってしまうのだが、今日は運よく一つ空いていた。
弁当を取り出して、さあ食べよう、というところで、俺は莉緒が弁当を手にさまよっているのを見つけた。
「りお、こっちだ」
手を振って合図する。
「兄さん、一緒に食べてもいい?」
兄の横に、見知らぬ顔を見つけて遠慮したのだろう。その遠慮を素早く俺はさえぎった。
「いいよな?」
なんで莉緒がこんなところに、とか、そういう疑問はすっ飛ばして、俺は莉緒の希望を叶えてやるため、竹内に聞いた。いやというなら、俺と莉緒が別の場所に行くだけのことだが、竹内もそう悪いやつではない。
「もちろん」
予想通り、竹内は快諾したので、俺は座っている椅子のスペースの半分を莉緒に明け渡した。十分に二人掛けできるくらいの椅子だ。莉緒はそこにちょこんと座って弁当を広げた。
広げたお弁当は、なんというか、俺の弁当の半分のサイズだ。
「彼氏とカノジョかよー」
竹内がつぶやく。ええい、面倒なので聞こえないふりだ。
「莉緒くん、弁当小っちゃいね。足りるの? あ、俺は竹内丈生ね。お兄さんから莉緒くんのことは聞いてるよ。俺も中学同じなんだ」
「はじめまして、葉月莉緒です。ごめんなさい、お邪魔してしまって」
莉緒は竹内に対して物おじせずに挨拶した。その様子を見ると、俺も少し安心だ。竹内は、大丈夫な相手なのかな……? 中学が同じなのだが、莉緒は覚えていないようだ。
「普段から、教室の外で食べてんの?」
竹内が莉緒に聞いた。まあ、親睦を図る意味での話題づくりだろう。
「うーん、そういうわけじゃないんですけど……」
莉緒は軽く応じたが、先ほどまでの所在無げに歩く姿はちょっと心配だ。
「ふうん、俺たち、いつもふらふら場所を変えて食ってるから。なんならいつでもおいでよ」
竹内の言に、俺は感動を覚えた。これは偶然か? ナイスアシストだ。
あまりに俺が莉緒に気を使いすぎると、それが莉緒の負担になってしまうから、俺以外のやつがそれを提案するのは、すごく自然でイイ。竹内、イイぞ。
「……じゃあ、たまにお邪魔しちゃおう……かな?」
かな? と、莉緒の目線が俺を見上げるので、うんうん、とうなずき返した。
と、その時、周囲の生徒たちの目線が一方に流れたので、俺たちもつられてそちらを見た。
ざわつきを空気がまとう。
「一ノ瀬兄妹だ」 「会長と副会長だ」 と、いくつかのテーブルで似たような声が上がる。
それらの言葉は、どれも同じ一組の男女のことを指していた。
ひとりは三年の一ノ瀬蒼司。二年連続で生徒会長の指名を受けた生徒副会長。不良グループの藤原の一件で俺も目の当たりにしたが、生徒会の武力担当と言われる男だ。
部活も、本来であれば剣道部主将を務めるはずの逸材。三年になって今なお顧問から請われているが、生徒会活動を優先して剣道からは一時身を引いていると噂されている。
もう一人は一ノ瀬真白。俺や竹内と同じ二年。生徒会長にして一ノ瀬蒼司の妹。保健室で俺の頬を手当てした彼女だ。
彼女は、一学年二学期において、前生徒会の改選にともなって会長に立候補、見事その座を勝ち取った才女である。成績の優秀さもさることながら、知識があり、会話の受け答えに垣間見える知性、様々な状況、特に難局を乗り切る機転、どれをとっても当時から俺たちと同学年とは思えなかった。
そして、それらの特徴を端的に分からせてしまう美しさ。長い黒髪に怜悧な瞳を湛える整った輪郭。天が二物を与えたかと、一年当時はもっぱらの評判だった。
今年は莉緒が注目の的だったが、俺たちが入学した当時、話題を集めたのは一ノ瀬真白だった。注目の種類が少し違うのだが。
二人そろうと、いいとこのご令嬢とその兄、といった雰囲気が漂う。
——曰く、
一ノ瀬蒼司が教室で座っているならば、校内は平和であり、
一ノ瀬真白を見ることができたならば、その日は一日幸福である。
——というのが、この学校の当代生徒会時代の格言だ。
「おいおい、なんだよ、一ノ瀬兄妹、こっちに向かってきてないか?」
竹内が恐れおののくのは、ちょっとかわいげがあるな。
俺は先般の保健室でのやり取りを思い出していた。
やはりというか、ふたりはまっすぐ俺たちのテーブルを目指してきた。
「こちら、同席してもいいかしら。葉月くん」
風に流れる黒髪を押さえて、一ノ瀬真白は言ったのだった。




