第六話(6)
俺はまた、わが母校、緑生学園中学の体育館の二階通路から、コートを見下ろしていた。
今日はいつぞやの女子の練習試合とは逆に、男子バレー部が練習試合に備えている。まだ、各校がそれぞれにウォーミングアップ中。遠方の中学校などは、まだ到着していないというのを小耳にも挟んだが、なるほど、先日の女子バレー部と同じく大規模な練習試合みたいだ。
今日はGWのさなかということもあって、二階通路には保護者の姿もちらほら。
俺は別に、一人で観戦に来るという、酔狂さを発揮したわけではない。
コート脇にはワンピースを着たりこの姿があった。
りこは女バレの面々と雑談していた。
そもそも、なんで俺が男子バレー部の応援に来なければならんのだ。惰眠をむさぼっていたかった……。
「ねえ、お兄ちゃん。いっしょに行こうよう~」
朝っぱらから、そうせがまれて、仕方なく、だ。
まったく『お兄ちゃん』なんて。いつもは雑に呼ぶくせに。仕方ないなあ。俺も宿題とかあるんだけど、ほんと仕方ない。そんなふうにぼやきながら、渋々承諾した。
りこのやつ、勇吾くんに熱烈アピールされてたもんな。ひとりでいけばいいじゃないか。別に拗ねてるわけじゃないぞ。
まあ、俺というやつは、何か夢中になっているものもなければ、部活で全国目指す熱さもない。暇といえば暇なんだ。
母さんが、にこにこしながら弁当をささっと詰めた。三人分。一つは吹奏楽部の部活に行く莉緒の分。あとの二つは、作る予定じゃなかった俺とりこの分だ。
あとはお茶やらなんやら持たされた。いまはバッグに入れられた諸々が、俺のお供として傍らにある。
りこ含む女バレの面々の輪に、男子たちが近づいて混ざっていった。楽しそうだな。
(あー、俺にはああいうのなかったなあ)
「なに黄昏てるんですか? まだ朝ですよ? もっとぴちぴち青春してください」
と、コートを眺める俺のもとにやってきたのは、とみちゃんこと富田祐子だ。
「いや、俺にはああいう青春なかったなあと思って」
俺は思っていたことをそのまま口に出した。とみちゃんは、俺の渾身の自虐ネタを苦笑してくれた。苦笑であっても、笑えてもらえたのはせめてもの救いだ。
「女バレは、今日は普通の練習?」
「はい。コートを使えないので体力トレーニングと、あと男子の試合の審判を交代でやったりします」
そっか、女バレが練習試合の時は男子がサポートしてたっけ。
ぼんやりとコートを見下ろす俺の隣に、とみちゃんも並んだ。
「りこ、かわいいですね」
「うん?」
ああ、なんか気に入ってくれたみたいだなと、りこのワンピース姿に俺は言及したのだが、本題はそこではなかった。
「でも、制服のスカートの件は、ウカツだったと思います」
とみちゃんは、語り口に抗議の色を混ぜながら、先日遊びに来てくれた時のことを語ってくれた。
『でもなんで今頃スカートの丈を変えたのよ?』
と、とみちゃんはりこに聞いたのだという。わが家の居間で、俺が散歩に出て行った後のことらしい。
『えー、ただの在庫問題?』
アイロンでスカートを焦がした件と、取り急ぎの代替案を、俺が出したと、りこは言ったらしい。
『ああー、お兄さんのせいなのね』
彼女は、ほいほいスカート丈が短いことを俺が許容したのが許せないらしい。
とみちゃんが、りこから聞き出した内容に嘘はない。
「りこ、かわいいですよね?」
まるで念を押すように、とみちゃん、富田祐子は俺に言い寄った。
「あのワンピースも、お兄さんが選んでくれたって、りこが嬉しそうに言ってました」
「す、スカートの丈は、今度は問題ないだろ?」
ワンピースの裾は、すねの中ほどまである。うん、モンダイナイ。
「ええ。とっても似合ってます。すごくうれしそうです」
とみちゃんはコート脇のりこの姿を眺めてほほ笑んだ。なんだか、りこにはお姉さんがいるみたいだな。
「……でも」
とみちゃん節が止まらない。
「ウカツです」
「えぇぇ……」
俺は両手を掲げて降参のポーズ。
「お兄さんは、りこがかわいくないんですか? りこを狙ってる男子、おおいですよ?」
先日も、りこの株が急上昇しているのは聞いたけど、でもだからどうしろと。
「りこって、この手の話はてんで慣れてませんから、何かの拍子にコロって、その辺の男子とひっついちゃうかもしれませんね」
とみちゃんは腕組みして分析した。
「って、言ってもなあ。りこは、あれで、ちゃんと人を見てると思うけど」
とみちゃんは目を剥いて俺を見た。
「……いいんですか?」
信じられない、といった顔だ。
とみちゃんの視線が、俺の胸の内をぞわぞわと探っていくかのようだった。
「私はりこがいいならいいですけど。お兄さんも、ちゃんとりこのこと、考えてほしいです」
すたすたと歩いていくとみちゃん。
「りこの親友やってくれて、ありがとう、富田さん」
俺は富田さん……とみちゃんを見送った。そのさきで、入れ違いにりこが上がってくるのが見えた。ちゃんとおしとやかに、梯子ではなく、体育館のステージ裏の階段から上がってきたな。えらいぞ。
二人は、すれ違いざま、仲良さそうに会話を交わしてた。
ほんと、いい友達だな。
さあ、試合が始まる。試合の組み合わせごとにコートに分かれ、試合形式のウォームアップタイムをへて、試合開始。
俺とりこは男バレに声援を送り、母さんの用意してくれた弁当を食べてくつろぎ、また声援に力を入れた。
勇吾くんは、試合の中でしっかり活躍していた。
「コラーッ! ゆぅごー! ちゃんととべー!」
りこがおっきな声でめちゃくちゃいじるので、場内の保護者も交えてすごく盛り上がった。
大きな声を出す人がいると、応援するのが恥ずかしくなくなるんだよな。切り込み隊長って、大事だ。
勇吾くんは散々イジられて、彼はなんだかそれでもノリノリで調子を上げて、スパイクをバシバシ決めていく。あれよあれよと勝ちを重ねて、うちの学校は全勝で終わってしまった。えっと、前情報だと、周りの学校もそんなに弱くないということだったが、ひょっとして、わが母校の男子バレー部は強いのか?
当たり前のように、ガッツポーズを贈るりこを俺は眺めていた。
勇吾くんが、りこにガッツポーズを返している。
なんだよ、理想のカップルっぽいじゃん。
勝利の共感を喜んでいる一方で、俺はそれをりこに与えられない自分を振り返って……あ、俺、嫉妬してるんだ、と気づいていた。
いやいや、あくまで男としての格を比較しての嫉妬だぞ。妹にとって一番の男じゃない自分に、だんだんなっていくんだよ。そうだよ、きっと。




