第六話(4)
本日の目標を達成した俺たち三人は、昼食を済ませると雑貨とアクセサリーのエリアを適当にぶらついた。
りこは、自分の好きそうなものを発見しては、どんどん先へと進んでいく。好奇心が溢れてくるみたいだ。
莉緒はといえば、俺の近くを歩いている。
たまに立ち止まっては、品物を手に取ってしげしげと眺めていた。
俺も、歩調を合わせて、買いもしないマグカップやら、財布やら、用途不明の物体(あとからよく見たらインテリア照明だった)を眺めた。
ちょっとほしいな、手元にあったらおもしろいかもな、という物は挙げたらきりがないけど、本当に有用で、自分が豊かになるかといえば、ううむ。無駄遣いか、となる。
雑貨屋のひとめぼれは侮れないけど、今日は、運命の出会いは無かった。
そうしているうちに、りこの姿はついに見えなくなった。まあ、同じフロアにいるならいいだろう。
莉緒は? と周囲を探すと、莉緒は変わらず近くにいて、何か見ていた。
キーホルダー、ぬいぐるみ、アウトドアグッズ? 謎の物体??(インテリア照明じゃないよな、あれは)
そりゃあもちろん、莉緒には莉緒の趣味があるんだよな……だとすると服は、気に入ったものがなかったのだろうか。俺もシャツと下着を適当に買い足しただけだから、それと同じ感覚なのかもしれないけど、莉緒の気持ちはわからない。
「なあ、りお」
莉緒が、こちらを向く。昼食の会話もあってか、表情はすがすがしい。余計なことを言って、この表情を曇らせたくはないのだけど。
「りおの服、俺が選んじゃダメか?」
母さんにもらった軍資金は、俺たち三人が服をしっかり買っても十分なくらいあるしな。あと、りこの服選びでちょっとコーディネイト魂に火がついたっていうか。
あとほら、自分のファッションセンスに対する評価を過剰に増長させた俺が、何をしでかすかわからないので、りお目線で確かめて欲しいっていうか。
あれこれと、俺は意味不明の理由付けをまくしたててしまった。
その時の莉緒の表情を読み取るに、困った風とまではいかなかったと思う。表現するならば、俺に気を使わせちゃったかな……という感じだろうか。
「うん、おねがい、しようかな。兄さん」
りこの場合は、わかりやすく笑顔になる。素直にうれしい事、嫌なことをぶつけてくれる。それはそれでよいことだと思う。じゃあ莉緒は? 俺は莉緒のことも、置き去りにしたくはない。
莉緒に気を使いすぎだろうか。でも、あんなことがあったのだから、いい思いをたくさんさせてやりたい。
「よしきた」
俺は、りこにざっと居場所をメッセージしておいて、アパレルショップに戻ることにした。
俺たち二人の足取りは軽いとまではいかずとも、昼食前に服選びしたエリアまで、よどみなく戻っていた。俺の提案を、少しは喜んでくれているのだろうか。
「りおは、どんな服が好みなんだ?」
俺は素直に聞いた。押し付けるのは論外だ。
「……変に、思わないでね」
莉緒は前置きした。その前置きこそ、重大な障壁なのだとわかる。
「僕……男だけど、かわいいのは、好きだよ。でも、変な風に見られるのがいや。僕が奇異なものを見るような目で見られて、兄さんや、りこ、家族みんなに迷惑をかけるのがいやだ」
かわいいのが好き、多分その一言も、思い切っての告白だったはずだ。口にするのに照れ臭いとか、男のくせに恥ずかしいとかではなかった。たぶん、男のくせに気持ち悪いとか、おかしな感覚を責められるのではないかという恐怖が根っこにあるのではないだろうか。
その障壁があるから……俺は莉緒のカッコをみた。
スリムパンツにシャツを合わせて、キャップを目深にかぶっている。似合っている。が、いうなれば中性的。ひょっとして、このスタイルの根っこは、制服を着崩していった結果なのかな?
そうか。かわいいものが好きなのに、制服の延長みたいな、個性を押し殺した衣服。男だからと、飾り気のない服装。莉緒の気持ちを推し量ると、そういう風に見える。
うーん。
重く考えるな、深く考えすぎるな。莉緒の気分を重くさせてしまう。
「ふむふむ。よし、任せろ」
なんも考えてないぞ、俺は。莉緒、安心しろ。
「ようし、こっちの店にしよう」
自信満々で見えを切った。その実、何も方針は決まっていない。歩きながら、頭がフル回転で何か手掛かりを探していた。
俺は汗をかいていた。なにもアイデアが浮かばない。よく考えよう。
例えば、だ。俺がやっても厳しい結果に陥るだけだが、おしゃれに気を遣う男子が、髪を伸ばしてヘアスタイルで格好をつけるとする。
莉緒が、それをするとだ、パチッとはまる。
ただし、出来上がるのはイケメンではなくて、セミロングのかわいい女の子だ。
莉緒をイケメンにするのは、ある意味簡単だ。顔の造形はばっちりなのだ。だが、少し不自然に頑張らなければならないと思う。女の子が、コスプレで男装するような感じだ。そうでなければ、体つきも女の子っぽくて、何を着ても、どうしようもなくかわいい女の子になる……。
(ん?……それ、頑張らなくていいんじゃ……)
俺の思考は、あきらめの境地か、はたまた悟りにいたったのか。
そうだ、莉緒をがんばって男っぽくするのが狙いではないのだ。
「えーと、これとかこれとか」
量販店で男物のいくつかを選ぶと、さっさと次に行く。
俺は何だか変なスイッチが入っていて、恥ずかしげもなく女子向けのセレクトショップに入っていった。パンツルックを中心に、かごに入れていく。
「に、兄さん……」
莉緒の声が意図することに気づいて、俺はようやく周囲の視線に気づいた。
没入していたのか、店内のBGMがようやく耳に入る。
GWの店内は、多くの客で賑わっていた。俺たちのように中高生もうろついている。俺が怖気もなく踏み込んだ店には、見知らぬ女子たちがたくさんいた。
莉緒は周りからの視線を、男子が女子向けの店に入ってきたことに対する、周囲の女子たちの抗議的なものと受け取ったみたいだけど、俺は違った。
かわいい子(莉緒を女の子と思っているかも)が、男子に引っ張られて服選びしているように、彼女たちは見えているのだ。とにかく、莉緒への視線がすごい。注目はただただ莉緒へのもの。だから俺も気づけた。逆に莉緒は、自分が男なのだから、場違いな場所に来ていると思いこんで縮こまっているのだ。俺からすれば、ほかの女子たちは、かわいい子が同じお店の同じ空間に入ってきたので、気後れしているように見えた。
「ね、すごい美人だよね」 こそこそ聞こえるその声は、莉緒が入学した日のことを思い出させる。
(そうだよ、りおは自信もっていいんだ)
「こんなんでどうかな?」
俺は莉緒に何セットか服を渡した。
「着て見せてくれよ」
「う、うん」
パンツ(もちろん下着じゃない方だぞ)にシャツの組み合わせで、女物をうまく使った(つもりだ)。少し可愛らしいシャツ。でも、男子が着ていてもおかしくないようなプリント。それを可愛らしく見せるのは、着ている莉緒自身のスタイルと、表情だ。頑張って男らしくする必要はないのだ。
「どうかな……」
試着室から出てきた莉緒は、不安げに、しかしちょっと満足気にも見えた。
無理をしない、無理をさせない。ただ莉緒が自信を持って着ていれば、それだけで、周りは可愛らしさととらえるし、男らしくなくて変だなんて言わせないような服。
だから、仕上げに、俺は莉緒に言った。
「よく似合ってるよ」
その言葉が莉緒に自信を与える魔法の言葉になればいいと願って。
莉緒は、照れ臭そうだが、俺に笑って見せてくれたのだった。




