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第六話 ひまわりと月下美人(1)

 その夜は、なんだか寝苦しかった。GW目前に急に暑くなったせいなのか、夏を想起させて、どこかで蝉の鳴き声がしているような気さえした。

 “……おい、転校生……”

 “春詩って……名前かよ……変なの“

(うるさい……馬鹿にするな……)

 “……よそから来た家族だって母ちゃん言ってた。言葉変だし……”

(俺だって、好きで転校してきたんじゃない!)

 “……じゃあ、元居たところに帰れよ……”

 “お前の弟のリオって、オトコおんな? じゃ、妹の方はおんなオトコか?”

(……だまれ!……)

 “こいつの兄妹、ひん剥いて確かめてやろうぜ!”

(……!!……)

 ガツン! という拳の感触。

 体躯がびくっと跳ねて、目が、覚めた。

(夢、か……あんな昔のこと……なさけない)

「兄さん……だいじょうぶ?」

 並べた布団の左隣で、莉緒が心配そうに、布団から手を伸ばして俺の手を握っていた。

 暗がりの中、小さな声で、俺を案じていた。夢うつつに、叫んでしまったのか……。

 右隣のりこは、すやすやと寝息を立てていて、起こさずに済んだことをほっとした。

「……大丈夫だよ。イヤーな夢、見ちゃってな」

 俺は、あのとき手を出した。小学校の先生には、お互いに仲直りしろ、なんて言われたけど、俺は悪いことをしたとは思ってない。もう少し、賢いやり方があるって反省をしただけだった。

 俺は、まあいじめられかけたのだろう。小学校六年生で転校してきて、中学に上がってからしばらくするまでの慣れない環境。子供同士のコミュニケーションの地域性の違い。ちょっとした言葉のニュアンスが違ったり、俺の喋る田舎の言葉が奇異だったり。子供同士、時間をかけて培った拙い折り合いのつけ方が違ったり。大人の目から見れば、ささいなこと。そして、大人の目からは見えない子供の社会でのせめぎあい、ぶつかり合いがそこにはあった。

 でも、俺は抵抗することができた。その方法は単純。体と心の暴力をふるう相手を、殴り返したのだ。

 もちろん、みんながみんな、それができるわけじゃない。俺だってケンカに強いわけじゃない。殴り合って、殴るより殴られる方が多かったし、悔し涙も流したけど、俺は嫌なんだって、全身で訴えた。この方法が一番いいかなんて知らない。

 でも莉緒やりこは違う。

 最後に盛大に殴り合いをしたのは中学一年生の、ちょうど今頃だったか。俺の右拳は、骨折していた。顔はパンパンに腫れていたし、体はあざだらけ。入院する? と気のいいおっさんのドクターが、笑って聞いてくれたのがちょっと救いになったっけ。

 入院せずに自宅療養を選んだのだが、何も知らない莉緒とりこが、つんつんと俺の傷をつついて痛がらせたのは、今では笑える思い出だ。

 ふぅー、と息を吐いて、もう一度目を瞑る。莉緒が、手を握ったままでいてくれた。

 莉緒に礼を言おうと思ったのに、俺はいつの間にか眠ってしまっていた。




 GW初日。夜の寝苦しさを忘れて、俺はすっきりとした目覚めを迎えた。

 手を握ってくれていた莉緒の手の感触が残っているようだった。ちょっと、お兄ちゃん気恥ずかしい。

 でもそのおかげで目覚めすっきり。それもそのはず、左右の二人はすでに起きて布団も畳まれている。時間は、いつもならとっくに授業が始まっているころだ。

 これだけ寝れば、すっきりもするだろ。

「おはよ」

 階下に降りて台所に行くと、みんな朝食の最中だった。

 台所に立つ母さんと、莉緒とりこ。父さんの席はいつも通り空席。きっと単身赴任先でゴロゴロしてるに違いない。

「ハル、食パンでいい?」

 母さんが聞くや否や六枚切りをトースターに突っ込んだ。

「はい、兄さん」

 手早く莉緒がマグカップを差し出した。

「うむ、くるしゅうない」

「なにソレ」

 莉緒がくすりと笑い、パンをほおばっていたりこがぷくく、と笑いをこらえた。

「今日はお出掛け日和ねえ。あんたたち、今日はどうするの?」

 自分の椅子に座って、一息入れた母さんが聞いてきた。

「……私、買い物したい!」 と、りこ。

「僕は、部活は休みだけど……」 続いて莉緒がちょっと沈んだ風に言った。

 沈んだ様子は、先日の定期健診のことだろうか。いや、莉緒には悩むことがたくさんある。かわいそうなことに。

「そ、じゃああんたたち三人で出掛けてきなさい」

 母さんは、だからあえて莉緒の様子をあえて汲まないようにして、外出を奨めた。

「お母さん、わたし服買いたいから、お小遣いほしいなぁ~」

「そしたらハル、あんたにまとめてお金わたすから、みんなで買ってきなさい。無駄遣いしないようにね」

 なんだか、俺が引率決定な流れだな……まあ、いいんだけど。

「それから、お父さんから伝言よ、夏はみんなで旅行に行こう、だって」

「えー、どこいくの!」

 元気担当、りこが手を挙げる。

「お父さんが、あんたたちで決めていいって」

 ちょっとそれは楽しみだ。俺も莉緒と目を合わせた。

 家族のビッグなトピックを聞いた後は、少し胸が躍った。まるで今から旅行に出かけるような気分で、朝食後はさっそく外出の準備に取り掛かる。

「ちょっと」

 母さんが、部屋に戻ろうとする俺を呼び止めた。俺の手に小遣い三人分をポンと渡す。今日一日分にしては、いささか額が多い。

「りこの服、ちゃんと選んでやんなさい」

「えぇ、女子の服なんて、俺わかんないよ」

「あんたの趣味なら、りこも言うこと聞くから。莉緒にも相談しなさい。それから、莉緒の分もね。莉緒の気持ち次第だけど、ちょっと見てやんなさい。あと、いろいろ話も聞いてあげて」

 矢継ぎ早に言われた事柄を、ごくんと飲み込んで、うなずいた。

「おつりは、あんたの小遣いよ」

 へへっ、わかってらっしゃる。部屋に戻ると、俺は抜身の万券を財布に仕舞って、スパッと着替えはじめる。

「うぇぇ、はる兄、このカッコ、どうかなあ?」

 パンツ一丁の俺に聞くなよ……。俺はまだスパッと脱いだだけなんだから。

「おう、いいんじゃないか」

 りこの格好を、上から下までササっと見て言う。

「そんな、てきとう~」

「自分で自信のある格好すれば、ひとまずいいだろ」

 買う服は……まあ選んでやるからさ。慣れない格好をするから、人目が気になるのだ。片や莉緒は自身の細身に合わせたスリムパンツに、上はインナーを着て、その上に柄のついたTシャツを重ねていた。おしゃれ用のキャップをかぶってまとめている。俺なんかジーパン+Tシャツで完了だ。ベルトだけは、地味だが本革のごついやつを気に入ってずっと使ってる。こだわりなんてそれだけ。

 ちなみに、着替えの最中は互いに背中合わせだ。それなりの年齢になり、同室に抵抗はないけど気は使う、という自然にできたマナーみたいなものだった。ん? りこのパンツをおがんでた件がどうしたって?

 さて、俺はりこを急かした。休みだし、時間に縛られているわけじゃないけど、田舎あるある、バスを一本のがすと次がさらに一時間後になってしまうのだ。

 そんなこんなであわただしく出発。

「いってきまーす」

 母さんが手を振って見送ってくれる。

「ふふふ。まるで遠足ね。お弁当でも持たせればよかったかしら」


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