第五話 コーヒーとカフェオレ (1)
「おっはよーう!」
緑生学園中学校の制服がまばらに連なる通学路で、背後から元気な声が聞こえた。
ここは緑生学園の校門坂。
私こと富田祐子の推し、葉月家の末っ子長女・りこが通う中学だ。かつては、葉月家のお兄さんたちも通った学び舎で、青陵学園とは対を為すような丘の上に立つ。
私は後ろ歩きになって声の主を確認した。
わたし葉月りこ、中学三年生! 女バレの先輩としてがんばる毎日! なんて、アテレコしてみる。そんなオープニングが似合いそうな快活さで、りこが顔見知りに声を掛けながら、ぐんぐん人波を追い越してくる。
「りこ先輩! 足の具合、良さそうっすね!」
女バレの後輩が、りこにあいさつを返す。りこは、先日の怪我から少しずつ回復して、松葉杖が要らない程度には回復していた。
「うん、ありがとー。ちょっとまだ足首固まってるけど、もうちょいかな!」
りこは手を振って次の知り合いに駆けていく。
「りこ、おはよー」
同級生たちがそこかしこであいさつを交わす。
ベースの性格が、にこにこ・ハキハキと明るいりこは、付き合いのある者たちには受けが良い。
単純に言えば人気者だ。
「りこ先輩、今日もかわいいっすね!」
部の違う後輩までもが声を掛けてくる。
「あはは! ありがと!」
その人気の種類に、最近違う意味合いが帯びてきた。
「おい、葉月だ……」 「葉月りこだっけ?」
色恋づいた男子たちの視線が絡む。
「なんか、最近、イイよな?」
りこが駆けるたび、スカートが跳ねる。ちょっとだけ丈の短くなったスカートから、白い太ももがちらりと見える。それも、正面じゃなくて裏ももが。あ、私はいま、りこの前方にいるんで見えないけどね。最近、そこが悩みのタネなのよ。
葉月りこ、ただの元気少女だったはずが、この春からなんかおかしい。おかしいのは俺たちの目か? と男子たちが互いの視線で会話しているのが、手に取るように分かる。
もともと運動部で引き締まった足、ばねのある四肢はすらりとしていた。脂肪はすくなめ、プロポーションでいうとエネルギーを燃やすのが先行気味で、少しやせ型だけど、筋肉もあるから細すぎはしなかった。
そこに、最近何かが変わった。
制服の着こなし、スカートか? 男子たちの共通認識がそこにあるはず。私は女だが、その気持ちは大いにわかる。何度でも言おう、葉月りこは、私の推しなのだから。
そもそも性格もいいし、元気系が好みの男子にどストライクじゃね? と男子の目線の会話が続いた。
女バレの後輩たちも、もちろん最近の“りこ先輩”がかわいいのは認識している。ただ、今までだってかわいかったし? 私たちとっくに知ってるんだから! という感覚だろう。私だってそうだ。後輩たちよりも、もっともっと前から知ってるんだから。
ショートの髪はキューティクル最高だし、カットで整った髪型はすごくりこ先輩に似合ってる。黒目がおっきい瞳はキラキラしてて愛らしい。後輩たちが推すべき先輩として、もう満点なのだ。
ただ、女バレのほうの“りこ先輩”推し活動は、男子の目線よりもひそやかで、今まで目立ってはいなかった。だが昨今では女バレ以外の後輩女子たちも注目するようになって、りこの水面下にあったひそやかな人気は、今やブレイク寸前。もはや水面下に収まりきらなくなった。
「あ! とみちゃんおはようっ!」
りこが先を行く私を見つけて抱きついてきた。最敬礼の挨拶だ。同じ女子バレー部でクラスメイトでもあり、親友でもある私だけの特権。後輩たちからすれば、その最敬礼は「とみちゃん先輩うらやまし~!」なのだ。
「ちょ、りこったら!」
「えへ、ごめーん」
過剰なスキンシップに(まんざらでもないくせに)抗議をすると、りこが先へと走り出す。
(スカート! 登り坂で走ると下から! 見えてないけど、ぎりぎりだから!)
まるでおかんの気分でりこを追いかける。いや違う、大事な推しを汚したくないのだ。
「きゃー! おにごっこ?」
「ちっがーう!」
私の絶叫がこだまする。




