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第四話(2)

 下校時間。

 帰宅部の俺は寄り道するあてもなく、早々にカバンを肩にかけて昇降口を後にした。周囲には、ご同輩がぼちぼちいる。

 校舎の脇を通り抜けると、

 ——ぷおおぉぉー

 と、まっすぐだがどこか気の抜けたような音が響いてくる。音楽室の窓が開いていて、吹奏楽部の音出しが盛大に外まで響いていた。まだ音を合わせる前の、めいめいに出している音。

 ばらばらだけど、でもどこか活気があって、いいなって思う。何の楽器だかわからないけど。

 楽器の音を耳にして一抹の寂しさを感じる。

(なんだか、フラれたみたいだな)

 見上げた校舎に、再び背を向けて校門坂を下る。

 今頃、莉緒は新入部員として指導を受けているころだろうか。馴染めるといいな。

「あれ、りこ?」

 バス停のベンチに、りこが座っていた。松葉杖が足元に立てかけられている。

 俺たち兄妹の使うバス路線は、駅前から住宅地を抜け、田舎道を走り、さらにはちょっとした峠を越えて、わが家のある集落へと至る。そんな路線だ。中学と高校の中間地点に、学校最寄りのバス停はあった。

 そこそこ乗降客の多いバス停だが、いまは、りこがさみしそうに一人きりだ。

「はる兄……どしたの? ソレ」

 りこは俺に気づいたと同時に、それ以上に頬の絆創膏に気を取られたようだ。

「ああ。バスケのボールを食らってな」

 本当のことを言うつもりはない。俺は頬に貼られた絆創膏をなでる。もう痛くはなかった。

「どじ兄」

 りこは制服姿で、足をぶらぶらさせながら笑った。

「……足、痛まないか?」

 俺が隣に腰を下ろしながら尋ねると、りこは首をすくめた。

「まだ痛いよー、でもへいき。松葉杖もさ、だいぶ使いこなせてきたよ。人生初マツバヅエ! つい動き回っちゃって、あはは」

 俺は何も言わずにうなずいた。病院に付き添ったので状態は知っている。軽い肉離れという診断だった。

「安静にしてろって、いわれただろ?」

「だから部活休んでるし」

 りこは唇を尖らせた。そこには、我慢してるという意思表示があった。

「ま、回復も大事だっていうしさ」

「そうだねえ」

 空を見上げながら、りこは回復が待ちきれないとでもいうように、また足をぷらぷらさせる。

「試合のときの私、すごく跳べてたでしょ」

 俺の方を向いて続ける。りこは、あの日の試合の感触を思い返しているのだ。そして次に向かうための努力のことと、目の前に迫る限界を見つめているのかもしれない。

「とみちゃんが褒めてくれたんだ。『りこ、今日めっちゃかっこよかった!』って」

「ん、すごかった。俺がもし、りこと同じ身長だったらスパイクなんて打てないよ」

「でしょー?」

 りこは自分の足を見つめながら、かすかに笑う。その目は、次に挑む目だ。

「はる兄、応援に来てくれてありがと」

 バスが来る。りこは松葉杖を使って立ち上がった。

「がんばるよ、夏までは……」

 そのあと、俺たちはバスに揺られていく。車内は路線沿いに住むじいさんとかばあさんとかが多くて、たまに下校する小学生が乗ってきたりしたけど、終点の俺たちの家の近くに着くころには、また二人だけになった。

 りこは無言だった。まあ、あの試合の直後もそうだったが、元気がない時に、無理に元気にするのも疲れるからな。

 終点に着いてバスを降りると、りこがいたずらっぽく言った。

「ねえ、お兄ちゃん、おんぶー」

 ケガした片足を浮かせて、松葉杖を両手に掲げる。

「仕方ねえなあ」

 俺はかがんで、りこを背負った。

「えへへ」

「りこ、スカート短くなってるんだから、気をつけろよ。後ろからパンツ見えてるかもよ」

「だ、だいじょうぶだもん!」




 りこをおぶって歩きながら、俺はりこが母さんと喧嘩したときのことを思い出した。

 りこの身長は、中学一年の終わりごろから、伸びるのがぴたりと止まっていた。りこの背丈は、母さんとほとんど同じ。自分の背が伸びないのは遺伝のせいだって、りこは泣いてた。もちろん、それはどうしようもない事への怒りで、我が儘ですらあるのだけど、母さんは一生懸命りこを慰めていたし、謝ってもいた。

(母さんって、すごいな)

 それから、母さんは栄養のことも頑張って覚えて、食事でもりこをサポートした。ちょっとだけ大人になったりこも、母さんに謝ったし、ありがとうって言えるようになった。

「はる兄、ありがとう」

 りこが、俺の耳元に囁いた。

「おう、早く治せよ」

 わが家はもうすぐだ。


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