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第四話 りおの傷 (1)

 その日、俺は体育の授業をサボり……ゴホン、怪我を理由に欠席した。

 保健室で三十分ほど寝て過ごし、体育が終わる頃合いに教室に戻ると、着替えて教室に戻ってきた竹内たちを出迎える形となった。

「よぉ、イロオトコになったじゃんか」

「な、先生って俺のことなんか言ってたか?」

 俺は自分の席の椅子を引きながら、竹内に尋ねた。

「えー? 授業の前にバスケで遊んでて、ボールが当たったんだろ? て、会長が言ってたぜ? なあ?」

 竹内が男子どもに声を投げると、おとなしそうなやつ、真面目そうなやつ、ちょっとチャラ目のやつ、いろんなやつらから返事がずらっと返ってくる。

「え? ああ葉月だっけ、大丈夫か? お前って球技ダメなんだな」

「ばーか、そういう事にしとけってハナシだろ?」

「なになに? なんかあったのか?」

 一ノ瀬真白がこの短時間のうちにどう手をまわしたのか知らないが、俺と藤原との一件を見てないやつは、俺が本当にバスケのボールで怪我をしたと信じ込んでいた。

 一件を目撃したやつらも、面白がっているのか生徒の自治的精神を発揮したのか、口裏合わせに協力している。

「いやあ、それにしても春詩とこうして同じクラスになれるとはなあ」

 竹内のやつ、進級してもう一週間以上たつのに、今更だろう、と思ったら、話しかけるタイミングを計っていたんだと。

「いや、なにせ中学卒業して以来しゃべってねえしさあ。そしたら可愛いリオくんのために身を呈す春詩を見てさ、変わってねえわと思ってな」

 シミジミと竹内は語った。

「にしても、リオくんの美少女っぷりには磨きがかかったなあ」

 そうだ、竹内は中学が同じだから知っているのだ。莉緒は昔から整った顔立ちだが、特に中学に上がってからは女の子に間違われることがほとんどだった。他人が莉緒を語るのは許せないところだが、竹内に悪意はないし、嫌な気がしない。思えば、俺にとって変な奴だった。

「それ、りおの前では言わないでくれよ」

「おう、わかってる。てか、春詩のことがちょっとだけわかってきた」

 竹内が、なぜか嬉しそうにいう。うん、今度からちゃんと相手にしてやろう。

「なになに? ひょっとしてあの美少女一年生、葉月のきょうだい?」

 竹内との会話に引き寄せられて、数人の男子が俺の席を囲った。中学、高校を通して、前代未聞の事態ではなかろうか。

「えっ? あれお前の妹なの?」

「弟だよ」

 俺はすかさず訂正する。ちょっとムッとしながら。

「バカ。ほら言っただろ、男子の制服着てんだから」

「そっかぁ、俺の夢は破れた」

 なんの夢だか。俺の不機嫌など意にも介さず、バカな男どもの雑談が続くので、俺の不機嫌も薄れていった。

「ほれ、散れ散れ。先生そろそろ来るぞ」

 ほどほどのところで竹内が散らかすように連中を解散させると、自らも席に向かう。

「そうだ春詩、あんなことあったんだから、あとでリオくんの様子でも見て来いよ」

 軽い性格のようでいて意外な気遣いの竹内を、俺は目線だけで見送った。







 竹内の案に乗ったわけではない。ただ、俺もそうしようと思っていたのだ。なんなら放課後はいっしょに下校すればいいやとか、そういう考えもあったけど、いてもたっても居られなくて、休み時間に莉緒の教室に走った。

 とにかく莉緒の顔が見たかった。兄として、心配だろう?

 たしか、莉緒は一年三組だ。四階にたどり着き、三組の前で廊下をうろうろする。開け放ってある教室の扉から、視線を滑らせて中の様子を窺うが、角度が悪いのか、莉緒がどの席に座っているのかわからない。

 さらにうろうろ。

 さすがに教室前を五往復もすると、おかしな目を向ける下級生も出てきた。

「何か御用ですか」

 教室から少し目つきのきつい女子が出てきた。サイドテール……長い髪を横でまとめた髪型。

 そうだ、あのとき目が合った女子だ。彼女は、じぃっと、絆創膏の貼られた俺の頬を見つめている。何を考えているのか、よくわからない。

「兄さん……?」

 と、廊下の側から声を掛けられて振り向いた。もちろん俺が莉緒の声を間違えるはずがない。

「りお……出掛けてたのか」

「うん……その、トイレに行ってて。それより、ケガ、大丈夫?」

 莉緒の目は、いち早く俺の異常を発見していて、その異常個所である頬を心配そうにみつめていた。大丈夫だ、と応える。それから、俺はサイドテールの女子に断りを入れた。

「ありがとう。弟に会いに来たんだ」

「桐原さん、ありがとう」

 莉緒も彼女に礼を言った。桐原さんというのか。

「お兄さんでしたか。お大事に」

 彼女は会釈して教室内に戻っていく。

「ところで、りお、走ってきたのか?」

 莉緒は頬を上気させていて、その理由を俺は尋ねた。

「職員トイレを借りにいって、遅れそうだから走って戻ってきた」

 こそ、っと莉緒が耳打ちする。

「そか」

 職員トイレは、職員室のある一階だ。一年生の教室は最上階の四階だから、駆け上がれば息もあがるだろう。

 莉緒が職員トイレを使う理由。俺はあえてそのことには触れなかった。わかってる。莉緒が何を怖がっているのかも。莉緒にそういう恐れる気持ちがあるのだと思うと、気が気でない。

「変わったことないか? 今日、一緒に帰らないか?」

「ごめん、兄さん。僕、吹奏楽部に入ろうかと思って」

 入部届を出したんだ、という莉緒の返事で俺は落ち着きを取り戻した。俺よりよっぽど莉緒は前を向いている。

「それはいいな。うん、いいと思う」

 中学の時も、あの事件より前は吹奏楽部の活動に精を出していた。頑張れるなら、それもいいと思う。

「りお、あのな……」

 そこへ授業のチャイムが鳴った。何を言おうとしたわけでもないが、俺の言葉は遮られた。

「……じゃ、何かあったら言ってくれよ」

 チャイムにせかされて、俺は莉緒に手を振った。

 莉緒が手を振り返してくれるのを見て、階下へ走る。二年の教室は一年の教室が並ぶ四階の一つ下だ。ダッシュで教室に駆け込む。社会科の教師が入ってくるドンピシャのタイミング。

 ふう。心配はあるけど、元気そうでよかった。


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