第9章:魔王の正体
城は、黒かった。
夜の色を塗り固めたような石壁。
威圧感はあるのに、不思議と“敵地”という感じがしない。
「……ここが、魔王城」
俺の声は、やけに小さかった。
リリィは、黙って俺の袖を掴んでいる。
警戒していた奇襲は、なかった。
魔族の兵は道を空け、こちらを見もしない。
「……通されてる?」
答えは、すぐに出た。
「その通りだ」
玉座の間。
そこに座っていたのは――人の姿をした存在だった。
角も翼もない。
黒衣を纏った、静かな男。
「ようこそ。灰色の祝福を持つ者」
その声を聞いた瞬間、理解した。
――こいつが、魔王だ。
◆
「……ゼファルを逃がしたのは、君だな」
魔王は、穏やかに言った。
「処刑されるはずだった」
「……知ってるのか」
「私の部下だ。無論」
胸が、重くなる。
「怒ってるのか?」
「いいや」
魔王は、首を振った。
「むしろ、礼を言いたい」
予想外の言葉だった。
「彼は優秀だが、物語に向かない」
その言い回しが、引っかかる。
「……あんたも、知ってるんだな」
「世界が、物語でできていることか?」
魔王は、笑った。
「当然だ。私は――」
そこで、一瞬だけ言葉を切る。
「かつて、“管理者候補”だった」
空気が、凍る。
◆
「管理者……?」
「正確には、次代の管理権限を与えられる予定だった存在だ」
魔王は、玉座から立ち上がった。
「だが、私は拒否した」
「……なぜ」
「同じ理由で、君も拒否するだろう」
こちらを、真っ直ぐ見る。
「この世界は、壊れている」
◆
魔王は、指を鳴らした。
空間が歪み、映像が浮かぶ。
勇者が死に、世界が巻き戻る光景。
同じ街が、何度も燃える。
同じ子供が、何度も泣く。
「……っ」
リリィが、目を伏せる。
「世界は、勇者が勝つまでやり直される」
魔王は、静かに言う。
「住人にとっては、記憶のない地獄だ」
胸の奥で、怒りが形を持つ。
「……だから、あんたは世界を壊そうとしてる?」
「違う」
魔王は、首を横に振った。
「私は、終わらせようとしている」
その言葉は、管理者の言葉と重なった。
◆
「世界を終わらせれば、周回は止まる」
「……その先は?」
「分からない」
即答だった。
「だが、少なくとも、同じ苦しみは繰り返されない」
魔王は、少しだけ笑う。
「それは、救済じゃないか?」
喉が、鳴る。
正論だ。
少なくとも、これまで見てきた地獄よりは。
「……俺に、何をしろって」
魔王は、一歩近づいた。
「共に、管理者を倒す」
心臓が、跳ねた。
◆
視界に、文字が浮かぶ。
だが、もう選択肢ではない。
《提案:共闘》
それだけ。
「……俺を信用するのか」
「信用はしていない」
魔王は、はっきり言う。
「だが、君は“終わり”を恐れていない」
言葉を失う。
「勇者は、終わらせられない。
管理者は、終わらせたくない」
魔王は、低く告げた。
「だが、君は違う」
胸の奥で、何かが静かに定まる。
◆
「……リリィ」
俺は、振り向いた。
「怖いか?」
彼女は、一瞬だけ迷ってから、首を振る。
「……お兄ちゃんが、選ぶなら」
その言葉が、重い。
選択肢は、もうない。
あるのは、意思だけだ。
「……分かった」
俺は、魔王を見る。
「協力する」
魔王は、満足そうに頷いた。
「ようこそ、世界の敵へ」
◆
その瞬間、視界に最後の表示が浮かぶ。
《灰色の祝福:覚醒》
《権限:物語終了への干渉》
体が、軽くなる。
力じゃない。
覚悟だ。
この世界を、救わない。
終わらせるために――俺は、魔王と手を組んだ。




