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第9章:魔王の正体

 城は、黒かった。


 夜の色を塗り固めたような石壁。

 威圧感はあるのに、不思議と“敵地”という感じがしない。


「……ここが、魔王城」


 俺の声は、やけに小さかった。


 リリィは、黙って俺の袖を掴んでいる。


 警戒していた奇襲は、なかった。

 魔族の兵は道を空け、こちらを見もしない。


「……通されてる?」


 答えは、すぐに出た。


「その通りだ」


 玉座の間。

 そこに座っていたのは――人の姿をした存在だった。


 角も翼もない。

 黒衣を纏った、静かな男。


「ようこそ。灰色の祝福を持つ者」


 その声を聞いた瞬間、理解した。


 ――こいつが、魔王だ。



「……ゼファルを逃がしたのは、君だな」


 魔王は、穏やかに言った。


「処刑されるはずだった」


「……知ってるのか」


「私の部下だ。無論」


 胸が、重くなる。


「怒ってるのか?」


「いいや」


 魔王は、首を振った。


「むしろ、礼を言いたい」


 予想外の言葉だった。


「彼は優秀だが、物語に向かない」


 その言い回しが、引っかかる。


「……あんたも、知ってるんだな」


「世界が、物語でできていることか?」


 魔王は、笑った。


「当然だ。私は――」


 そこで、一瞬だけ言葉を切る。


「かつて、“管理者候補”だった」


 空気が、凍る。



「管理者……?」


「正確には、次代の管理権限を与えられる予定だった存在だ」


 魔王は、玉座から立ち上がった。


「だが、私は拒否した」


「……なぜ」


「同じ理由で、君も拒否するだろう」


 こちらを、真っ直ぐ見る。


「この世界は、壊れている」



 魔王は、指を鳴らした。


 空間が歪み、映像が浮かぶ。


 勇者が死に、世界が巻き戻る光景。

 同じ街が、何度も燃える。

 同じ子供が、何度も泣く。


「……っ」


 リリィが、目を伏せる。


「世界は、勇者が勝つまでやり直される」


 魔王は、静かに言う。


「住人にとっては、記憶のない地獄だ」


 胸の奥で、怒りが形を持つ。


「……だから、あんたは世界を壊そうとしてる?」


「違う」


 魔王は、首を横に振った。


「私は、終わらせようとしている」


 その言葉は、管理者の言葉と重なった。



「世界を終わらせれば、周回は止まる」


「……その先は?」


「分からない」


 即答だった。


「だが、少なくとも、同じ苦しみは繰り返されない」


 魔王は、少しだけ笑う。


「それは、救済じゃないか?」


 喉が、鳴る。


 正論だ。

 少なくとも、これまで見てきた地獄よりは。


「……俺に、何をしろって」


 魔王は、一歩近づいた。


「共に、管理者を倒す」


 心臓が、跳ねた。



 視界に、文字が浮かぶ。


 だが、もう選択肢ではない。


《提案:共闘》


 それだけ。


「……俺を信用するのか」


「信用はしていない」


 魔王は、はっきり言う。


「だが、君は“終わり”を恐れていない」


 言葉を失う。


「勇者は、終わらせられない。

 管理者は、終わらせたくない」


 魔王は、低く告げた。


「だが、君は違う」


 胸の奥で、何かが静かに定まる。



「……リリィ」


 俺は、振り向いた。


「怖いか?」


 彼女は、一瞬だけ迷ってから、首を振る。


「……お兄ちゃんが、選ぶなら」


 その言葉が、重い。


 選択肢は、もうない。


 あるのは、意思だけだ。


「……分かった」


 俺は、魔王を見る。


「協力する」


 魔王は、満足そうに頷いた。


「ようこそ、世界の敵へ」



 その瞬間、視界に最後の表示が浮かぶ。


《灰色の祝福:覚醒》

《権限:物語終了への干渉》


 体が、軽くなる。


 力じゃない。

 覚悟だ。


 この世界を、救わない。


 終わらせるために――俺は、魔王と手を組んだ。

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