第7章:世界の管理者
空が、止まっていた。
夜明けのはずなのに、東の空は暗いまま。
焚き火の煙も、途中で凍りついたように動かない。
「……時間が」
止まっている。
いや――止められている。
「気づいたか」
聞き覚えのある声が、背後からした。
振り向かなくても分かる。
黒い法衣。
仮面。
無色の瞳。
「……管理者」
世界の音が、一斉に消えた。
◆
「勇者の亡霊と接触したな」
管理者は、責めるでもなく言った。
「予定より早い」
「……あれも、あんたの管理下か」
「当然だ」
あまりにも、当たり前のように。
「この世界は、何度も繰り返されている」
心臓が、嫌な音を立てる。
「勇者が勝てば、世界は存続。
負ければ、世界は巻き戻される」
「……周回、ってやつか」
「そうだ」
管理者は、初めて感情らしいものを見せた。
――苛立ちだ。
「だが、お前が混ざった」
無色の瞳が、俺を射抜く。
「想定外の魂。
想定外の選択。
想定外の因果汚染」
「……俺が、世界を壊してるって言いたいのか」
「事実だ」
即答だった。
◆
「だが、完全な失敗ではない」
管理者は、続ける。
「お前は“見ている”。
勇者も、魔王も、住人も、
誰もが役割として動いていることを」
胸が、ざわつく。
「役割……?」
「この世界は、救済前提で設計されている」
淡々とした声。
「多少の犠牲は許容される。
勇者が最後に勝つために」
第4章で見た死体が、脳裏をよぎる。
「……ふざけるな」
「感情論だ」
管理者は、首を傾げた。
「お前は、なぜ苦しむ?」
「……当たり前だろ」
声が、震える。
「目の前で人が死んで、
それを“仕方ない”って言われて、
平気なわけないだろ」
管理者は、しばらく黙っていた。
「だからだ」
そして、告げる。
「だから、お前は危険だ」
◆
視界に、これまでで最も重い表示が現れる。
《警告:世界管理権限の衝突》
「お前は、“終わらせる可能性”を持っている」
「……終わらせる?」
「周回を止める。
勇者も、魔王も、物語も、すべて」
背筋が、凍る。
「それは、救済ではない」
管理者の声が、低くなる。
「放棄だ」
◆
「……それでも」
俺は、前に出た。
「この世界、間違ってる」
勇者が勝つ前提で、
誰かが死ぬのが当たり前で、
失敗したら巻き戻す。
「そんなの、世界じゃない」
管理者は、静かに見下ろしてくる。
「感情的な理想だ」
「そうかもな」
でも。
「俺は、理想を選ぶ」
その瞬間、視界が激しく揺れた。
《干渉精度:大幅低下》
《選択肢表示率:低下》
「……来るべき時が、近い」
管理者は、距離を取る。
「次に会うとき、
お前は選択すら与えられないかもしれない」
「……それでもいい」
選択肢に縛られるより、
自分で選ぶほうが、よほど怖い。
◆
時間が、動き出す。
鳥が鳴き、煙が揺れ、朝日が昇る。
管理者の姿は、もうなかった。
リリィが、目を覚ます。
「……お兄ちゃん?」
「大丈夫だ」
嘘じゃない。
少なくとも、前よりは。
視界に、最後の表示が浮かぶ。
《世界安定度:危険域》
俺は、確信した。
この旅は、
世界を救うためじゃない。
この世界を、終わらせるかどうかを選ぶための旅だ。




