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第6章:勇者の亡霊

 夢を見た。


 ――いや、これは夢じゃない。


 夜のはずなのに、空は青かった。

 草原は鮮やかな緑で、風は温かい。


 色が、ある。


「……なんだ、ここ」


 立ち上がろうとした瞬間、背後から拍手の音がした。


「いい景色だろ」


 振り向く。


 そこに立っていたのは――俺と同じ顔をした男だった。


 ただし。


 背筋は伸び、目には迷いがない。

 剣を背負い、全身から“物語の中心”の匂いがする。


「……誰だ」


「勇者」


 男は、あっさりと言った。


「正確には、本来この世界に来るはずだった存在」


 胸が、嫌な音を立てる。


「……死んだんじゃ」


「消えた。君のせいでね」


 笑顔だった。

 だが、その笑顔が、何よりきつい。



「見せてあげよう」


 勇者が指を鳴らす。


 景色が、切り替わった。


 魔族を斬り伏せる自分。

 称賛される自分。

 仲間に囲まれ、笑う自分。


「これが、僕のルートだ」


 淡々と語る。


「仲間は自然に集まり、魔法も剣も伸びていく。

 失敗はあっても、致命的にはならない」


 胸が、痛む。


「君みたいに、誰かを見殺しにする必要もない」


 リリィの顔が、脳裏をよぎる。


「……やめろ」


「現実だよ」


 勇者は、冷たく言う。


「この世界は、勇者が勝つ前提で作られている。

 だから、選択肢も、救済も、君より多い」


 言葉が、刃のように刺さる。


「君は、ただの代用品だ」


 いや――代用品ですらない。



「……だったら」


 声が、震える。


「だったら、俺は何なんだよ」


 勇者は、少しだけ考える素振りを見せた。


「バグ」


 即答だった。


「世界の進行を遅らせ、余計な犠牲を生む存在」


 視界が、歪む。


「君が選ぶたび、世界は余計に壊れていく」


「……黙れ」


「事実だ」


 勇者は、剣を抜いた。


 だが、それをこちらに向けはしない。


「君が選ばなければ、誰も悩まなくて済んだ」


 膝が、震える。


 今までの選択。

 救えなかった命。

 後悔。


 全部、胸の中で暴れ回る。


「……じゃあ、どうすればいい」


 絞り出すように言う。


 勇者は、静かに答えた。


「消えろ」


 それが、一番簡単な解決だとでも言うように。



 その瞬間、視界に文字が浮かんだ。


《選択可能》


 だが、いつもと違う。


《①勇者のルートを受け入れる

②拒絶する

③自分を否定する》


「……は?」


 ①を選べば、

 勇者の力を引き継げるかもしれない。


 ②は、これまで通り。


 ③は――意味が分からない。


 勇者が、静かに言った。


「①を選べば、君は“僕”になる」


「……それで、リリィは?」


「物語的に不要なら、消える」


 即答だった。


 胸の奥で、何かがぷつんと切れた。


「……ふざけるな」


 声が、低くなる。


「俺は、勇者になりたいわけじゃない」


 選んだ。


 ②拒絶する。


《選択確定》


 勇者の表情が、初めて歪む。


「……愚かだ」


「そうかもな」


 拳を、握りしめる。


「でも、俺は俺だ」



 勇者の姿が、霧のように薄れていく。


 消え際、彼は言った。


「君は、最後まで後悔する」


 世界が、闇に沈む。



 目を覚ますと、夜だった。


 焚き火の前で、リリィが眠っている。


 その寝顔を見て、胸が締め付けられた。


「……ごめんな」


 誰にともなく呟く。


 視界に、最後の文字が浮かぶ。


《勇者ルート:破棄

世界安定度:低下》


 そして、小さく。


《警告:自己否定が臨界点に近づいています》


 俺は、理解した。


 俺は、勇者にはなれない。


 だが――


 勇者じゃないからこそ、

 選べる道があるかもしれない。


 そう思わなければ、

 ここで折れてしまいそうだった。

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