第6章:勇者の亡霊
夢を見た。
――いや、これは夢じゃない。
夜のはずなのに、空は青かった。
草原は鮮やかな緑で、風は温かい。
色が、ある。
「……なんだ、ここ」
立ち上がろうとした瞬間、背後から拍手の音がした。
「いい景色だろ」
振り向く。
そこに立っていたのは――俺と同じ顔をした男だった。
ただし。
背筋は伸び、目には迷いがない。
剣を背負い、全身から“物語の中心”の匂いがする。
「……誰だ」
「勇者」
男は、あっさりと言った。
「正確には、本来この世界に来るはずだった存在」
胸が、嫌な音を立てる。
「……死んだんじゃ」
「消えた。君のせいでね」
笑顔だった。
だが、その笑顔が、何よりきつい。
◆
「見せてあげよう」
勇者が指を鳴らす。
景色が、切り替わった。
魔族を斬り伏せる自分。
称賛される自分。
仲間に囲まれ、笑う自分。
「これが、僕のルートだ」
淡々と語る。
「仲間は自然に集まり、魔法も剣も伸びていく。
失敗はあっても、致命的にはならない」
胸が、痛む。
「君みたいに、誰かを見殺しにする必要もない」
リリィの顔が、脳裏をよぎる。
「……やめろ」
「現実だよ」
勇者は、冷たく言う。
「この世界は、勇者が勝つ前提で作られている。
だから、選択肢も、救済も、君より多い」
言葉が、刃のように刺さる。
「君は、ただの代用品だ」
いや――代用品ですらない。
◆
「……だったら」
声が、震える。
「だったら、俺は何なんだよ」
勇者は、少しだけ考える素振りを見せた。
「バグ」
即答だった。
「世界の進行を遅らせ、余計な犠牲を生む存在」
視界が、歪む。
「君が選ぶたび、世界は余計に壊れていく」
「……黙れ」
「事実だ」
勇者は、剣を抜いた。
だが、それをこちらに向けはしない。
「君が選ばなければ、誰も悩まなくて済んだ」
膝が、震える。
今までの選択。
救えなかった命。
後悔。
全部、胸の中で暴れ回る。
「……じゃあ、どうすればいい」
絞り出すように言う。
勇者は、静かに答えた。
「消えろ」
それが、一番簡単な解決だとでも言うように。
◆
その瞬間、視界に文字が浮かんだ。
《選択可能》
だが、いつもと違う。
《①勇者のルートを受け入れる
②拒絶する
③自分を否定する》
「……は?」
①を選べば、
勇者の力を引き継げるかもしれない。
②は、これまで通り。
③は――意味が分からない。
勇者が、静かに言った。
「①を選べば、君は“僕”になる」
「……それで、リリィは?」
「物語的に不要なら、消える」
即答だった。
胸の奥で、何かがぷつんと切れた。
「……ふざけるな」
声が、低くなる。
「俺は、勇者になりたいわけじゃない」
選んだ。
②拒絶する。
《選択確定》
勇者の表情が、初めて歪む。
「……愚かだ」
「そうかもな」
拳を、握りしめる。
「でも、俺は俺だ」
◆
勇者の姿が、霧のように薄れていく。
消え際、彼は言った。
「君は、最後まで後悔する」
世界が、闇に沈む。
◆
目を覚ますと、夜だった。
焚き火の前で、リリィが眠っている。
その寝顔を見て、胸が締め付けられた。
「……ごめんな」
誰にともなく呟く。
視界に、最後の文字が浮かぶ。
《勇者ルート:破棄
世界安定度:低下》
そして、小さく。
《警告:自己否定が臨界点に近づいています》
俺は、理解した。
俺は、勇者にはなれない。
だが――
勇者じゃないからこそ、
選べる道があるかもしれない。
そう思わなければ、
ここで折れてしまいそうだった。




