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第5章:魔王軍幹部との邂逅

 森に入ったのは、街を出て三日目だった。


 木々は高く、光を遮る。

 昼だというのに、足元は薄暗い。


「……ここ、静かすぎない?」


 リリィの声が、小さく震える。


「獣も、いないな」


 その違和感は、すぐに正体を現した。


 倒木の影から、誰かが出てきた。


 人影。

 だが、その背には、黒い翼が生えている。


「――人間が、二人」


 低く、よく通る声。


 反射的に、リリィを背に庇う。


 相手は、魔族だった。


 だが、これまで見た魔族兵とは違う。

 整った顔立ち。無駄のない動き。

 そして、纏う気配が、圧倒的に重い。


「安心しろ。今すぐ殺す気はない」


 そう言って、魔族は剣を地面に突き立てた。


 視界が、微かに歪む。


《警告:高位個体》


 続いて、選択肢。


《①戦う

②逃げる

③会話する》


「……冗談だろ」


 ①は論外。

 ②も、この距離では難しい。


 残るは、③。


 俺は、喉の渇きを無視して口を開いた。


「……話がしたい」


 魔族は、わずかに目を細めた。


「ほう」


 興味を示したらしい。



「名を名乗れ、人間」


「……ユウトだ」


「私はゼファル。魔王軍、第六軍団長」


 軍団長。


 その言葉だけで、背筋が凍る。


「……なぜ、俺たちを?」


「気まぐれだ」


 ゼファルは、肩をすくめた。


「と言いたいところだが……お前、妙な匂いがする」


 視線が、俺を貫く。


「物語に干渉した者の匂いだ」


 息が、止まりかける。


「……分かるのか」


「完全ではないがな」


 ゼファルは、森の奥を一瞥した。


「この森は、近く魔族に焼かれる」


 淡々と告げる。


「お前たちは、巻き添えになる」


「……じゃあ、止めてくれ」


 思わず、そう言っていた。


 ゼファルは、静かに首を振る。


「できない。命令だ」


 それでも、彼は続けた。


「だが――逃がすことはできる」


 視界に、文字が浮かぶ。


《選択可能》


《①ゼファルを倒す

②逃走する

③ゼファルを逃がす》


「……え?」


 ③の意味が、理解できない。


「なぜ、俺が?」


 ゼファルは、少しだけ苦笑した。


「私は、この命令を好ましく思っていない」


 意外な言葉だった。


「この森には、魔族と人間が共存していた集落がある。

 だが、それは“物語的に都合が悪い”」


「……どういう意味だ」


「勇者と魔王が戦う物語に、例外はいらない」


 胸の奥が、冷える。


 ――世界は、そういうふうにできている。


「私は、その例外を消す役目だ」


 ゼファルは、剣から手を離した。


「だが、私はもう……うんざりだ」



 リリィが、小さく呟いた。


「……悪い人、なの?」


 ゼファルは、一瞬だけ黙った。


「私は、多くを殺してきた」


 否定はしない。


「だが、好きでやっているわけではない」


 俺の中で、何かが揺れる。


 ――殺すか、殺さないか。


 視界の文字が、重く瞬く。


 ここで彼を殺せば、

 森は救われるかもしれない。


 だが、俺は。


「……③だ」


 ゼファルを逃がす。


《選択確定》


 胸が、痛む。


 正しいのか、分からない。


「いいのか?」


 ゼファルが、低く問う。


「後で、後悔するかもしれないぞ」


「……もう、慣れた」


 自嘲気味に言うと、ゼファルは小さく笑った。


「奇妙な人間だ」


 彼は、剣を拾い上げ、翼を広げる。


「礼を言おう。ユウト」


 そして、去り際に言った。


「次に会うとき、私は敵だ」


 黒い影が、森の奥へ消えた。



 その夜。


 森の反対側で、火の手が上がった。


 ゼファルが去った方向とは、逆だ。


 ――命令は、別の誰かが引き継いだ。


 視界に、冷たい結果が表示される。


《結果:魔王軍幹部生存

被害:集落一つ消失》


 リリィが、俺の袖を掴む。


「……それでも」


 震える声。


「お兄ちゃん、間違ってないよ」


 俺は、答えられなかった。


 敵にも、物語がある。


 それを知ってしまった以上、

 もう、単純な選択には戻れない。


 そして、俺は理解し始めていた。


 この力は、

 世界を救うためのものじゃない。


 ――世界を悩ませるための力だ。

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