第5章:魔王軍幹部との邂逅
森に入ったのは、街を出て三日目だった。
木々は高く、光を遮る。
昼だというのに、足元は薄暗い。
「……ここ、静かすぎない?」
リリィの声が、小さく震える。
「獣も、いないな」
その違和感は、すぐに正体を現した。
倒木の影から、誰かが出てきた。
人影。
だが、その背には、黒い翼が生えている。
「――人間が、二人」
低く、よく通る声。
反射的に、リリィを背に庇う。
相手は、魔族だった。
だが、これまで見た魔族兵とは違う。
整った顔立ち。無駄のない動き。
そして、纏う気配が、圧倒的に重い。
「安心しろ。今すぐ殺す気はない」
そう言って、魔族は剣を地面に突き立てた。
視界が、微かに歪む。
《警告:高位個体》
続いて、選択肢。
《①戦う
②逃げる
③会話する》
「……冗談だろ」
①は論外。
②も、この距離では難しい。
残るは、③。
俺は、喉の渇きを無視して口を開いた。
「……話がしたい」
魔族は、わずかに目を細めた。
「ほう」
興味を示したらしい。
◆
「名を名乗れ、人間」
「……ユウトだ」
「私はゼファル。魔王軍、第六軍団長」
軍団長。
その言葉だけで、背筋が凍る。
「……なぜ、俺たちを?」
「気まぐれだ」
ゼファルは、肩をすくめた。
「と言いたいところだが……お前、妙な匂いがする」
視線が、俺を貫く。
「物語に干渉した者の匂いだ」
息が、止まりかける。
「……分かるのか」
「完全ではないがな」
ゼファルは、森の奥を一瞥した。
「この森は、近く魔族に焼かれる」
淡々と告げる。
「お前たちは、巻き添えになる」
「……じゃあ、止めてくれ」
思わず、そう言っていた。
ゼファルは、静かに首を振る。
「できない。命令だ」
それでも、彼は続けた。
「だが――逃がすことはできる」
視界に、文字が浮かぶ。
《選択可能》
《①ゼファルを倒す
②逃走する
③ゼファルを逃がす》
「……え?」
③の意味が、理解できない。
「なぜ、俺が?」
ゼファルは、少しだけ苦笑した。
「私は、この命令を好ましく思っていない」
意外な言葉だった。
「この森には、魔族と人間が共存していた集落がある。
だが、それは“物語的に都合が悪い”」
「……どういう意味だ」
「勇者と魔王が戦う物語に、例外はいらない」
胸の奥が、冷える。
――世界は、そういうふうにできている。
「私は、その例外を消す役目だ」
ゼファルは、剣から手を離した。
「だが、私はもう……うんざりだ」
◆
リリィが、小さく呟いた。
「……悪い人、なの?」
ゼファルは、一瞬だけ黙った。
「私は、多くを殺してきた」
否定はしない。
「だが、好きでやっているわけではない」
俺の中で、何かが揺れる。
――殺すか、殺さないか。
視界の文字が、重く瞬く。
ここで彼を殺せば、
森は救われるかもしれない。
だが、俺は。
「……③だ」
ゼファルを逃がす。
《選択確定》
胸が、痛む。
正しいのか、分からない。
「いいのか?」
ゼファルが、低く問う。
「後で、後悔するかもしれないぞ」
「……もう、慣れた」
自嘲気味に言うと、ゼファルは小さく笑った。
「奇妙な人間だ」
彼は、剣を拾い上げ、翼を広げる。
「礼を言おう。ユウト」
そして、去り際に言った。
「次に会うとき、私は敵だ」
黒い影が、森の奥へ消えた。
◆
その夜。
森の反対側で、火の手が上がった。
ゼファルが去った方向とは、逆だ。
――命令は、別の誰かが引き継いだ。
視界に、冷たい結果が表示される。
《結果:魔王軍幹部生存
被害:集落一つ消失》
リリィが、俺の袖を掴む。
「……それでも」
震える声。
「お兄ちゃん、間違ってないよ」
俺は、答えられなかった。
敵にも、物語がある。
それを知ってしまった以上、
もう、単純な選択には戻れない。
そして、俺は理解し始めていた。
この力は、
世界を救うためのものじゃない。
――世界を悩ませるための力だ。




