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第4章:選択の重み

 街を出て二日目、異変は突然起きた。


 朝、宿の裏で水を汲んでいたときだった。

 人々の間を、乾いた咳が連鎖するように広がっていることに気づいた。


「……咳、ひどくない?」


 リリィの声も、少し不安げだ。


「ただの風邪……にしては、多すぎるな」


 通りを歩く人間の何人かが、顔色を失っている。

 目の下には、黒い隈。

 指先が、妙に紫がかっていた。


 嫌な記憶が、胸をよぎる。


 ――ゲームイベントの前兆みたいだ。


 そして、その予感は外れなかった。


《選択可能:疫病》


 視界に浮かんだ文字は、これまでよりも重い。


《①治療法を広める

②権力者に情報を渡す

③黙殺する》


 文字の下に、補足が表示される。


《注意:いずれの選択も被害は発生します》


「……最悪だな」


 どれを選んでも、誰かは死ぬ。



 俺は、街の噂を集めた。


 この疫病は、数年前にも流行したことがあるらしい。

 そのときは、街の三分の一が死んだ。


 治療法が存在することも分かった。

 だが、材料は希少で、全員分は用意できない。


「……つまり、奪い合いになる」


 ①治療法を広めれば、

 情報は混乱を生み、弱い者から死ぬ。


 ②権力者に渡せば、

 選別が行われ、救われる命は増えるが、不公平が生じる。


 ③黙殺すれば、

 流行は広がり、多くが死ぬが、俺の手は汚れない。


 リリィは、俺の顔を見上げて言った。


「……助けられる人、いるんでしょ?」


「……ああ」


「じゃあ……助けて」


 単純で、残酷な答えだった。



 俺は、②権力者に情報を渡すことを選んだ。


 理由は、単純だ。


 ――助かる人数が、一番多い。


《選択確定》


 街の執政官は、俺の話を疑った。


 だが、症状と進行速度を告げると、表情が変わった。


「……隔離と、配給を始めろ」


 決断は、早かった。


 結果として、疫病は封じ込められた。


 だが。



 数日後、街の裏路地で、俺は見てしまった。


 隔離対象から外された老人。

 薬を回されなかった母親と、その子供。


 彼らは、静かに死んでいた。


 誰にも看取られず。


 視界に、無慈悲な文字が浮かぶ。


《結果:被害軽減

死者:推定47名》


 そして、追記。


《選択①の場合:死者 推定120名

選択③の場合:死者 推定300名》


「……正解、だったんだろ」


 数字だけを見れば。


 だが、リリィは黙ったまま、死体から目を逸らしていた。


「……わたし、あの子と話した」


 小さな声だった。


「昨日、一緒にパン食べた」


 胸が、軋む。


「ごめん」


 その言葉が、何の役にも立たないことは分かっていた。



 夜。

 街を出る準備をしながら、俺は一人で考える。


 この世界に、正解は存在しない。


 あるのは、結果と後悔だけだ。


 視界に、新しい表示が現れる。


《因果汚染:進行》


 そして、最後に。


《注意:次回以降、選択の負荷が増大します》


 ――重くなっていく。


 選択が、俺自身を削っていく。


 それでも、逃げるわけにはいかなかった。


 リリィが、俺の袖を掴む。


「……それでも、お兄ちゃんが選んで」


 その言葉が、何より重かった。


 俺は、頷いた。


 救えない命があることを、

 それでも選ばなければならないことを、

 もう知ってしまったから。

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