第4章:選択の重み
街を出て二日目、異変は突然起きた。
朝、宿の裏で水を汲んでいたときだった。
人々の間を、乾いた咳が連鎖するように広がっていることに気づいた。
「……咳、ひどくない?」
リリィの声も、少し不安げだ。
「ただの風邪……にしては、多すぎるな」
通りを歩く人間の何人かが、顔色を失っている。
目の下には、黒い隈。
指先が、妙に紫がかっていた。
嫌な記憶が、胸をよぎる。
――ゲームイベントの前兆みたいだ。
そして、その予感は外れなかった。
《選択可能:疫病》
視界に浮かんだ文字は、これまでよりも重い。
《①治療法を広める
②権力者に情報を渡す
③黙殺する》
文字の下に、補足が表示される。
《注意:いずれの選択も被害は発生します》
「……最悪だな」
どれを選んでも、誰かは死ぬ。
◆
俺は、街の噂を集めた。
この疫病は、数年前にも流行したことがあるらしい。
そのときは、街の三分の一が死んだ。
治療法が存在することも分かった。
だが、材料は希少で、全員分は用意できない。
「……つまり、奪い合いになる」
①治療法を広めれば、
情報は混乱を生み、弱い者から死ぬ。
②権力者に渡せば、
選別が行われ、救われる命は増えるが、不公平が生じる。
③黙殺すれば、
流行は広がり、多くが死ぬが、俺の手は汚れない。
リリィは、俺の顔を見上げて言った。
「……助けられる人、いるんでしょ?」
「……ああ」
「じゃあ……助けて」
単純で、残酷な答えだった。
◆
俺は、②権力者に情報を渡すことを選んだ。
理由は、単純だ。
――助かる人数が、一番多い。
《選択確定》
街の執政官は、俺の話を疑った。
だが、症状と進行速度を告げると、表情が変わった。
「……隔離と、配給を始めろ」
決断は、早かった。
結果として、疫病は封じ込められた。
だが。
◆
数日後、街の裏路地で、俺は見てしまった。
隔離対象から外された老人。
薬を回されなかった母親と、その子供。
彼らは、静かに死んでいた。
誰にも看取られず。
視界に、無慈悲な文字が浮かぶ。
《結果:被害軽減
死者:推定47名》
そして、追記。
《選択①の場合:死者 推定120名
選択③の場合:死者 推定300名》
「……正解、だったんだろ」
数字だけを見れば。
だが、リリィは黙ったまま、死体から目を逸らしていた。
「……わたし、あの子と話した」
小さな声だった。
「昨日、一緒にパン食べた」
胸が、軋む。
「ごめん」
その言葉が、何の役にも立たないことは分かっていた。
◆
夜。
街を出る準備をしながら、俺は一人で考える。
この世界に、正解は存在しない。
あるのは、結果と後悔だけだ。
視界に、新しい表示が現れる。
《因果汚染:進行》
そして、最後に。
《注意:次回以降、選択の負荷が増大します》
――重くなっていく。
選択が、俺自身を削っていく。
それでも、逃げるわけにはいかなかった。
リリィが、俺の袖を掴む。
「……それでも、お兄ちゃんが選んで」
その言葉が、何より重かった。
俺は、頷いた。
救えない命があることを、
それでも選ばなければならないことを、
もう知ってしまったから。




