第3章:祝福なき者の旅立ち
村を出てから、半日が過ぎた。
燃え跡は、もう視界の外だ。
それでも、鼻の奥に焦げた匂いが残っている気がする。
「……ねえ」
前を歩いていたリリィが、振り返った。
「わたし、どこに行けばいいの?」
答えられなかった。
俺自身、行き先なんて考えていない。
ただ、あの場所に留まる気にはなれなかっただけだ。
「近くに、街はある?」
「うん。大きいのが」
それだけで、十分だった。
――人がいる場所なら、何か分かるかもしれない。
◆
街の門は、思っていたよりも立派だった。
石造りの壁。見張り台。
そして、門番の視線は冷たかった。
「冒険者か?」
「……いえ」
正直に答える。
「じゃあ、難民か?」
「……たぶん」
門番は、俺とリリィを交互に見て、鼻を鳴らした。
「最近は魔族が活発だ。街に入るなら、ギルドで登録しろ」
それは、命令だった。
◆
冒険者ギルドは、騒がしかった。
酒の匂い。笑い声。
壁に貼られた依頼書。
剣と魔法が当たり前の世界。
「……場違いだな」
俺の服装も、雰囲気も。
受付の女性が、事務的な笑顔で尋ねる。
「登録ですか?」
「はい」
「能力測定を行います。水晶に手を」
言われるまま、水晶に触れる。
――何も、起きなかった。
「……?」
水晶は沈黙したままだ。
周囲の視線が、集まる。
「魔力反応、ゼロ……?」
「冗談だろ」
「祝福なし?」
ざわつきが、広がる。
受付の女性の表情が、わずかに引きつった。
「……測定不能、ではなく、完全な無能力者ですね」
言い切られた。
「登録は……?」
「できません」
即答だった。
「冒険者ギルドは、戦力を登録する場所です」
つまり――役立たずはいらない。
背後から、笑い声が聞こえた。
「ははっ、なんだそれ」
「子供連れで英雄気取りか?」
拳を握る。
だが、殴る理由も、殴れる力もない。
リリィが、俺の服の裾を掴んだ。
「……行こ」
小さな声だった。
◆
宿屋も、仕事も、簡単には見つからなかった。
祝福を持たない大人。
守るべき子供付き。
この世界では、厄介者でしかない。
夜。
安宿の一室で、俺は天井を見つめていた。
「……なあ、リリィ」
「なあに?」
「もし、俺がいなかったら……」
言葉を、途中で切る。
それ以上は、言ってはいけない気がした。
そのとき、視界の端に文字が浮かぶ。
《選択可能》
嫌な汗が、背中を伝う。
《①仕事を引き受ける
②無視する
③何もしない》
内容は――隣室から聞こえてくる、争う声。
宿屋の客同士が、金のことで揉めているらしい。
「……関係ない」
そう思った。
関われば、面倒になる。
俺には力がない。
③何もしない
視線を逸らす。
《選択確定》
その直後。
――悲鳴が、上がった。
駆けつけたときには、遅かった。
床に倒れていたのは、昼間、パンを分けてくれた男だった。
胸に、刃物が突き立てられている。
「……うそ、だろ」
リリィが、震えながら俺の背に隠れる。
視界に、冷たい文字が浮かんだ。
《結果:介入なし
死者:1》
続いて、追い打ち。
《警告:回避可能な分岐でした》
胸が、締め付けられる。
「……俺が、何もしなかったから」
選ばなかった。
それだけで、人は死ぬ。
それが、この世界だ。
◆
翌朝。
俺は、決めていた。
「街を出よう」
リリィは、驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
「……うん」
冒険者でもない。
英雄でもない。
祝福なき者の旅立ちだ。
それでも。
視界に浮かぶ文字が、少しだけ変わっていた。
《干渉精度:低下》
力は、失われていく。
だが、逃げるつもりはなかった。
俺は、剣も魔法も持たないまま、
それでも前に進くと決めた。
――後悔を、これ以上増やさないために。




