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第3章:祝福なき者の旅立ち

 村を出てから、半日が過ぎた。


 燃え跡は、もう視界の外だ。

 それでも、鼻の奥に焦げた匂いが残っている気がする。


「……ねえ」


 前を歩いていたリリィが、振り返った。


「わたし、どこに行けばいいの?」


 答えられなかった。


 俺自身、行き先なんて考えていない。

 ただ、あの場所に留まる気にはなれなかっただけだ。


「近くに、街はある?」


「うん。大きいのが」


 それだけで、十分だった。


 ――人がいる場所なら、何か分かるかもしれない。



 街の門は、思っていたよりも立派だった。

 石造りの壁。見張り台。

 そして、門番の視線は冷たかった。


「冒険者か?」


「……いえ」


 正直に答える。


「じゃあ、難民か?」


「……たぶん」


 門番は、俺とリリィを交互に見て、鼻を鳴らした。


「最近は魔族が活発だ。街に入るなら、ギルドで登録しろ」


 それは、命令だった。



 冒険者ギルドは、騒がしかった。


 酒の匂い。笑い声。

 壁に貼られた依頼書。

 剣と魔法が当たり前の世界。


「……場違いだな」


 俺の服装も、雰囲気も。


 受付の女性が、事務的な笑顔で尋ねる。


「登録ですか?」


「はい」


「能力測定を行います。水晶に手を」


 言われるまま、水晶に触れる。


 ――何も、起きなかった。


「……?」


 水晶は沈黙したままだ。


 周囲の視線が、集まる。


「魔力反応、ゼロ……?」


「冗談だろ」


「祝福なし?」


 ざわつきが、広がる。


 受付の女性の表情が、わずかに引きつった。


「……測定不能、ではなく、完全な無能力者ですね」


 言い切られた。


「登録は……?」


「できません」


 即答だった。


「冒険者ギルドは、戦力を登録する場所です」


 つまり――役立たずはいらない。


 背後から、笑い声が聞こえた。


「ははっ、なんだそれ」


「子供連れで英雄気取りか?」


 拳を握る。

 だが、殴る理由も、殴れる力もない。


 リリィが、俺の服の裾を掴んだ。


「……行こ」


 小さな声だった。



 宿屋も、仕事も、簡単には見つからなかった。


 祝福を持たない大人。

 守るべき子供付き。


 この世界では、厄介者でしかない。


 夜。

 安宿の一室で、俺は天井を見つめていた。


「……なあ、リリィ」


「なあに?」


「もし、俺がいなかったら……」


 言葉を、途中で切る。


 それ以上は、言ってはいけない気がした。


 そのとき、視界の端に文字が浮かぶ。


《選択可能》


 嫌な汗が、背中を伝う。


《①仕事を引き受ける

②無視する

③何もしない》


 内容は――隣室から聞こえてくる、争う声。


 宿屋の客同士が、金のことで揉めているらしい。


「……関係ない」


 そう思った。

 関われば、面倒になる。

 俺には力がない。


 ③何もしない


 視線を逸らす。


《選択確定》


 その直後。


 ――悲鳴が、上がった。


 駆けつけたときには、遅かった。


 床に倒れていたのは、昼間、パンを分けてくれた男だった。

 胸に、刃物が突き立てられている。


「……うそ、だろ」


 リリィが、震えながら俺の背に隠れる。


 視界に、冷たい文字が浮かんだ。


《結果:介入なし

死者:1》


 続いて、追い打ち。


《警告:回避可能な分岐でした》


 胸が、締め付けられる。


「……俺が、何もしなかったから」


 選ばなかった。

 それだけで、人は死ぬ。


 それが、この世界だ。



 翌朝。

 俺は、決めていた。


「街を出よう」


 リリィは、驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。


「……うん」


 冒険者でもない。

 英雄でもない。


 祝福なき者の旅立ちだ。


 それでも。


 視界に浮かぶ文字が、少しだけ変わっていた。


《干渉精度:低下》


 力は、失われていく。


 だが、逃げるつもりはなかった。


 俺は、剣も魔法も持たないまま、

 それでも前に進くと決めた。


 ――後悔を、これ以上増やさないために。

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